三日目になると、技神はずいぶん回復し、意識もはっきりとして食欲も出ていた。用意してきた握り飯をぺろっと平らげてしまった技神を見て、はもっと食べ物を持ってくれば良かったと後悔した。
「オレの顔に何かついてるか。」 もっくもっくと口を動かしながら、技神がけげんそうに尋ねる。 「米粒がいっぱいついてる。」 ふふっと笑って答えてやると技神はぷいと顔を背け、腕で乱暴に口周りをぬぐった。 技神は粗野で愛想のない少年だった。自由に動けない技神のために身の回りの世話をしてやるにも決して礼の言葉を言わず、そもそもニコリとすることすらなかった。 ただに対して悪意はないようで、が差し出す食べ物は何でも好き嫌いせず食べたし、 傷の手当てをされている間もじっとしていた。彼の体温は相変わらず低かったが、が触れた場所はその一瞬少しだけ、熱を受け取るようだった。 前日の反省を生かし、食料やら菓子やら何やらを山のように持って来たら、こんなに食えるかと技神に呆れられた四日目のこと。 「は、なぜオレに構う。お前はここで何をしてたんだ。」 初めて技神がについて尋ねた。はちょっときょとんとした。 「まー、のことに興味あったんだ。」 「るっせぇな。ヒマ潰しだ。それで、なんでなんだよ。」 「なんでって言われても……。」 最初の日を思い出し、あんなボロボロで死にそうになってる人間ほっとけるわけないだろ、とは答えた。 「まーを見つけたのはたまたまだよ。はこの時期いつもこの辺りで……その、大根を採ってんだ。」 「大根?」 「そっ。その筋で結構高値で売れんだ。他に言いふらすなよ……ここ穴場なんだから。」 「くだらねえ。」 「そのくだらないことのお陰で命拾いしたのはどこのどなた様?」 技神はフンと息を吐いた。言いくるめられて悔しいような、改めて生じた有り難みに気付かないふりをしているような、どちらともつかないため息だった。それで技神が会話から逃げてしまったので、じゃあも聞くけどさ 、とは技神の顔をのぞきこむ。 「まーはなんで傷だらけでこんな山奥にいたんだよ。誰かとケンカでもしたのか?」 技神は、黙っていた。言いたくなくて口をつぐんだというよりも、何かを考えているようだった。しばらくして、 「……分からねえ。」 と呟いた。 「覚えてないってこと?」 「知るかよ。オレにもよく分からねえんだ。ただ……。」 技神はそこで言葉を切ると、ごろんと背中を見せて寝転んでしまい、ただ……なんだよ、とが続きを促しても、うるせえと突っ返したきりこちらを向きもしなかった。食べきれずに積んでいた菓子の小さな箱がひとつ、彼が横になった拍子に落ちてこつんと頭に当たったが、それに八つ当たりするのさえ面倒なようだった。 なんだか技神を怒らせてしまったみたいだ。何が悪かったのかは不明だが、この空気のままというのも面白くないので、は話題を変えることにした。 「なあ、まーは何が好物なんだよ。」 「……あ?」 技神がけだるそうな様子で肩越しにを見る。 「好きな食べ物だよ。持って来られそうなもんだったら、持って来てやる。」 「好きな食べ物……か。」 技神はちょっと考え、 「ネコマタギって呼ばれてる魚がいてよ。」 ごろんとひっくり返って、寝たままの状態でに向き直った。 「しなびた港町で食ったんだけどな、まあまあうまかったぜ。血みてぇにどす黒い赤色しててよ……寿司で食ったんだ。」 「ふうん。寿司、ね。」 それはまた山奥に持って来るには難しそうな物だな、とは口に出さずにが相づちを打ってやると、技神はそうだ寿司は悪くねえなと話を続けていた。 「自分の城を作ったら、寿司屋でも入れるか。」 「なんだそれギャグ漫画かよ。っていうか自分の城? まーは世界征服でもする気なのか。」 「フッ……オレは最強のイチバンになる男だからな。、お前は特別に側近に置いてやってもいいぜ。」 技神がにやあっと歯を見せるので、そりゃどうも考えとくよ、とは苦笑した。 ともかく技神の機嫌が治ったようで良かった。傷の原因をどうして話さなかったのか、話せなかったのか、は少し気になったが、無理に聞き出してもしょうがない。技神は無愛想で乱暴な態度の少年だが、の持ってきた食べ物を口にする毎、傷の手当てをするの温かい肌に触れる毎、少しずつ打ち解けてきているような気がする。いつか、今は語れぬ彼のことについて話してくれる時も来るだろう。 ←前 次→ 戻る |