* 3 *






 ニャースたちのけんかというハプニングはあったけれど、お菓子作りは問題なく進んだ。しっかり角の立つまで泡立てたメレンゲを、は先の卵黄ボウルに混ぜていく。この混ぜ方がシフォンケーキ作りのポイントだそうで、メレンゲの泡を潰さないよう丁寧に、かつムラのないよう均一に混ぜる必要があるらしい。少し難しかったけれど、マオに具合を見てもらいながら、は生地を完成させた。
 その間にハウが型を用意し、カップケーキ班は焼きあがった第一陣をオーブンから取りだした。生地をシフォンケーキ型に流しこみ、あとはオーブンに入れて焼きあがりを待つばかりだ。
「上手く焼けるといいなー。楽しみだねー。」
 とハウは並んでオーブンをのぞきこみ、生地と一緒にわくわくもふくらませる。
 そこでライチュウの呼び声が聞こえたので、ハウは「なにー?」と答えながらダイニングへ行った。入れ替わりにアセロラとスイレンがやってきて、オーブンをのぞきこんだ。ユキメノコも一緒に来ていたが、オーブン周りが熱いことに気づくと、ぴゅっとダイニングに戻ってしまった。
「おおー、焼けてる焼けてる。」
「いい香りですね。アーカラティーのケーキに決めて良かったです。」
 マオはママとお菓子作りについて話していた。生地をしっとりさせる方法とか、生クリームを上手く泡立てるポイントとか、マオが教えてあげている。料理のお手伝いが得意なポケモンの説明もしていたが、なんだか半分くらいはアママイコの自慢話のようだ。でもママはポケモンの話を聞くのは好きなので、にこにこだった。アママイコもマオの隣で嬉しそうに体を揺らしていた。
「なーなーー。」
 ダイニングからハウの声がした。「なにー?」とはオーブンの前で答える。先ほどまでボウルの中で自分が混ぜていたケーキ生地が、今はオーブンランプの赤い光に照らされてぬくぬく温められている様を見るのはけっこう楽しくて、目が離せなかったのだ。いつ頃ふくらみ始めるだろうか。
「このマシュマロは、何に使うのー?」
 あっそれはね、とと並んでオーブンの中を眺めていたアセロラが、ハウに答えた。
「アセロラが持ってきたんだよ! ヒトモシのマシュマロココア作ろうと思って。ヒトモシカップもそこに置いてるでしょ?」
 たぶんユキメノコがヒトモシカップをハウに見せてあげているのだろう。ユキメノコの鳴き声の後、わーこれはいいねー、とハウが応じるのが聞こえた。ライチュウも楽しそうに鳴いている。
「なーなー、もう一つ聞きたいんだけどさー。」
 ちょっと間を置いて、またハウの声が聞こえた。
「このマシュマロ持ってってるツツケラたちは、のドデカバシの友達?」
「ツツケラ?」
 はようやくオーブンから目を離して顔を上げ、ハウの指している先を見た。すると、マシュマロ袋をくわえた一羽のツツケラと目が合った。いや一羽だけではない。開け放したガラス戸から野生のツツケラの群れが次々と家の中に入ってきて、マシュマロ袋を運び去っている!
「え、いや、友達じゃない……マシュマロ泥棒だ!」
「マシュマロ泥棒!?」
 の叫びを聞き、キッチンにいた他のみんなも驚いて顔を上げた。ツツケラたちはピッ、チッ、パッ! といたずらが見つかった子供みたいな声を残して、マシュマロ袋と共に飛びだした。
「あー待て! ライチュウー!」
「ユキメノコ、止めて!」
 とっさにハウがライチュウを、アセロラがユキメノコをけしかけたが、急なことでポケモンたちも体が動かなかったか、放った電撃と雪のつぶては群れの最後にいたツツケラの尾羽をちょっぴりかすめただけだった。
「あたしのマシュマロ! 返してよー!」
 アセロラがツツケラを追って、玄関から外に飛びだした。すかさずユキメノコが付いていく。ハウとスイレンもアセロラたちに続いた。
「オーブンはあたしが見ておくよ。はマシュマロをお願い!」
 一瞬戸惑ったに、すかさずマオが申しでた。マオが付いていてくれるなら、ケーキは心配ないだろう。
「よろしくね、マオ。焼きあがるまでには戻ってくるよ!」
 そう言い残しドデカバシと共に急いで家を出るを、マオとアママイコ、ママとニャースたちが手を振って見送ってくれているのが、閉まるドアの向こうに見えた。


 マシュマロ袋をぶら下げて、ツツケラたちは一番道路を逃げていく。数は六羽。袋の運搬も仲良く一個ずつだ。
「ねえ待ってツツケラ! マシュマロ返してー!」
 アセロラが叫ぶも、ツツケラたちは羽ばたきを止めない。それどころか、追手を振りきろうと思ったのだろう。三羽ずつの二手に分かれて、一群はリリィタウン方面へ、もう一群はハウオリシティ方面へ舵を切った。
 先頭のアセロラとユキメノコが、リリィタウン方面に逃げた群れを追う。
「あたしたちはこっちを追いかける! 誰かハウオリの方を!」
「よーし、おれたちに任せてー!」
 答えたハウはを振り向き、にっと笑った。
「行こう、!」
 そしてハウはの手を握った。ハウの手は温かく、いつもの行く道を力強く導いてくれる。は自分の体にぐうんとスピードが乗るのを感じながら、ハウと目を合わせ、うなずいた。
「ではわたしはアセロラさんに助太刀いたします。お二人ともご武運を!」
 スイレンがアセロラに続いてリリィタウン方面へ駆けていった。キャプテンとしての実力も相当高い彼女たちがタッグを組むのだから、あちらは心配いらないだろう。は自分たちが追うべき三羽のツツケラに意識を集中させた。
「ライチュウ、十万ボルト! でもマシュマロ取り返すだけだからー、一万ボルトくらいでいいよー。」
「ドデカバシはタネマシンガン! これも弱めでね!」
 相手は小さな野生ポケモン三羽だ。そう苦労せずに片は付くだろうと、もハウも心のどこかで高をくくっていた。ポケモンたちに手加減の指示を出したのもそのためだ。
 ライチュウの一万ボルトがツツケラの足をつかまえ、マシュマロ袋が一つ落ちてきた。よし、この調子ならすぐ終わりそう。袋を拾いあげ、とハウが目を合わせてうなずいた時だった。突然、ツツケラたちが逃走の軌道を変えた。向かった先はトレーナーズスクールだ。
「さてみなさん。教室で勉強した補助技について、実戦で学んでいきましょう。オドリドリ、おいかぜ!」
 校庭には生徒たちが並んでいて、先生がぱちぱちスタイルのオドリドリに指示を出すのを、熱心に観察していた。オドリドリが踊るように羽ばたくと、強い風の流れが生まれ、オドリドリの動きが一気に加速する。
「『おいかぜ』を使った後、自分のポケモンはしばらくの間、素早く動けるようになります。」
 ツツケラたちが飛びこんだのは、オドリドリが起こしたその風の中だった。
 あっと思わず声をこぼしたとハウを尻目に、ツツケラたちの飛行は一気に加速し、たちとの距離を大きく開けた。幾人かの生徒が乱入者に気がついて空を指した。先生も最初少し驚いたようだったが、
「このように、『おいかぜ』は味方全体に有効な技です。上手に使いましょう!」
 機転を利かせて教材にしてしまった。
「ま、まさか授業を利用して逃げるなんて……。」
「びっくりしたねー。この辺に詳しいポケモンなのかなー? とにかく追いかけよう! ハウオリシティまで行っちゃうみたいだよー。」
 ハウがぎゅっとの手を握り直す。
 そう、驚いている場合ではない。ツツケラたちを見失っては大変と、たちは急いでハウオリシティに入った。



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