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「それじゃあ早速、ケーキ作り開始ー!」
 マオの号令に一同はおーっと手を上げた。
 とハウはシフォンケーキ、スイレンとアセロラはカップケーキ、マオが二組の様子を見ながらレシピの確認とアドバイスをする役割に、それぞれ分かれた。作業場所は、シフォンケーキ班がキッチンで、カップケーキ班は作業台として整えたダイニングテーブルだ。
 オーブンに火が入り、ぶうんと音が響く。
「砂糖ー、小麦粉ー、モーモーミルクー。」
 がアーカラ茶を煮だしている隣でハウが必要食材を読みあげ、その通りにライチュウが材料を持ってきてくれた。サイコパワーを使って、複数種類もお手のものだ。
「ありがとー、ライチュウ。」
 食材を受け取ったハウが必要量を計っていく。
 カップケーキ班はかなり順調で、がアーカラ茶の準備を終えた頃にはもうボウルの中をかき混ぜ始めていた。
 出番を終えた食材を元の場所に戻すため、スイレンのニャースが小麦粉袋を抱えての足元を過ぎていった。先導しているのはママのニャースだ。収納場所を教えてあげるのだろう。二体でにゃーにゃーと会話らしきものをしていたが、スイレンのニャースは何か言われてちょっとつんとしている。ずいぶん気が強い子のようだ。アローラのニャースはプライドの高いものが多いから、一人でできるよと抗議しているのかもしれない。
「そうそう、ちょっとのドデカバシに手伝ってもらってもいいかな?」
 マオのご指名を受け、は「出番だって」とドデカバシに声をかける。ドデカバシは承知とばかりに一鳴きし、マオの隣に移動した。
「くちばしをすこーし温めてほしいんだ。」
 ドデカバシがうなずくと、ほどなくしてくちばしが赤っぽくなった。バトルの時はあの発熱を利用して激しいキャノン砲を撃つのが得意だが、今はほんのり色づいている程度だ。普段は目にしない色合いで、なかなか可愛い。
「いい感じ。そのままじっとしててね。」
 そのくちばしに、マオは小さめの耐熱ボウルを押し当てた。ボウルの中にはバターが入っていて、見る間にとろりと丸みを帯びた。ドデカバシのくちばしの熱で溶けているのだ。
「オッケー、ありがとう! もう大丈夫だよ。」
 マオはドデカバシをなでてやると、とろけたバターをアママイコに託し、カップケーキ班のもとに運ばせた。
「はー、そうやってバター溶かすんだー。すごいなー。」
 ハウも手を止め、感心していた。するとドデカバシが自慢気にくちばしを掲げて見せたので、「きみのくちばしはバトルでも料理でも大活躍だねー」とハウはドデカバシを褒めてやった。
「ポケモンと一緒だと、細かいところで助かるんだよね。もう一つポケモンの力を借りたいことがあるから、卵黄と卵白を分け終わったら呼んでね、、ハウ。」
 オーブンの温度を見ながら、マオが言った。とハウはなんだろうと不思議そうに顔を見合わせつつも「はーい」と答え、卵の殻にひびを入れた。
「卵、全部分け終わりました、マオ先生!」
 がかしこまって報告すると、「うむ、ご苦労様でっす!」とマオも同じノリで返事をくれた。マオは卵白を分けたほうのボウルを預かると、アセロラのユキメノコを呼んだ。
「このボウルを持っててくれるかな、ユキメノコ。しっかり抱きかかえてね。」
 ユキメノコはマオに言われたとおりにし、首を傾げて中をのぞいた。
「ユキメノコに預けたら、いいことあるのー?」
 ハウも首を傾げる。
「うん。この後、卵白を泡立ててメレンゲを作るんだけど、温度が低いほうがしっかりしたいい泡になるんだ。だから冷やしてもらってるんだよ。素材を生かすためのちょっとしたコツだね。」
「なるほど。できればユキメノコ連れてきてねってマオが言ってたのは、こういう理由だったんだ。」
 オーブントレイを運んできたアセロラも納得した。トレイの上には、ココア色の生地が入ったハート型のカップがずらりと並んでいた。
「おー、カップケーキはあと焼くだけ? 早ーい!」
「こちらは材料を混ぜるだけですから。これで半分なので、シフォンケーキの生地が整うまでにこちらを焼き、シフォンケーキを焼いた後にもう半分を焼くことで、効率良くたくさん作れるのです。」
「すごーい! スイレン頭いい!」
「いえいえ、マオさんのレシピ通りに進めたらそうなっただけですよ。この段取りはレシピの時点ですでに計算されていたのです。ね、マオさん。」
 いやぁスイレンとアセロラがてきぱき進めてくれたからだよ、とマオが照れていた。いずれにせよの周りは、頼もしく賢い人とポケモンに恵まれていることは間違いない。
 ユキメノコに卵白を冷やしてもらっている間に、が煮だしたアーカラ茶と、ハウが計量した砂糖と小麦粉とモーモーミルクを、卵黄のボウルに入れて混ぜあわせた。
 メレンゲを作るためにハンドミキサーを起動させたところで、オーブンから漂う香りに誘われ、ママが部屋から出てきた。
「ああ、いい匂い。幸せが焼きあがっていく匂いだわ。あら、ハウくんも来てたのね。いらっしゃい!」
「お邪魔してまーす。」
「まあそれにポケモンたちも。みなさんいらっしゃい。ニャースもお友達ができたのね。」
 ニャースたちは手伝いにも飽きて、今はソファの上でごろごろじゃれあっていた。いや、じゃれあいと表現するにはちょっと雲行きが怪しい。爪を立てて取っ組みあい、にゃあーと張りあうように声をあげ、
「あっ!」
 スイレンが叫んだ直後、スイレンのニャースの腕が振りおろされた。ママのニャースは間一髪その攻撃を避けたが、空振った爪はソファに置いてあったクッションに引っかかり、びりりと布を引き裂いた。
「ああー、ニャース! だめ!」
 スイレンが慌てて駆け寄り、ニャースを抱きあげたが後の祭りだ。破れたところから白い綿がふわふわとこぼれ落ちた。
「あーあ……破れてしまいました。わたしのニャースが、申し訳ございません。」
「ううん、いいのよスイレンちゃん。気にしないで。」
 ママも自分のニャースを抱きあげて、けんかしちゃだめでしょ、と言い聞かせた。ニャースたちはそれぞれの腕の中で、ふてくされたりしょんぼりしたりしている。
「このクッションは古いやつでね、遊び用としてニャースにあげたのよ。だからぼろぼろにしても大丈夫なの。ほらニャース、お友達と仲良く遊べる?」
 ぬにゃ、とニャースが返事した。スイレンのニャースも「あなたもけんかしないって約束できますか?」と問いかけられ、ちょっと不服そうながらもにゃあと答えていた。
 解放されたニャースたちは一瞬だけにらみあったが、終戦協定を結ぶのが一番いいと互いに判断したようだ。ぬにゃあー、にゃにゃにゃ、と鳴き交わすと、一緒にクッションの綿を引っぱり出し始めた。あっというまに綿まみれになったニャースたちを、みんなは笑って眺めていた。



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