「今年のバレンタインデーは、みんなでお菓子作ろう!」
にそう提案したのは、マオだった。 「が前に住んでた所では、バレンタインデーに女性から男性へお菓子を贈るのがメジャーなんでしょ。アローラと逆だよね! だからあたしたちも、一回カントー流で楽しんでみたいなーって。」 スイレンとアセロラには、すでに合意を得ているらしい。というかそもそも、カントーのバレンタインデー面白そうだよね! とキャプテンガールズの間で盛り上がった話題らしい。 そういうわけでその年のバレンタインデー、とマオとスイレンとアセロラは一緒にお菓子を作るため、の家に集合していた。 本当はマツリカも誘っていたのだが、彼女いわく「風向きにもよるから、その日次第だね。とりあえずわたし抜きで始めといてください。行けなかったらごめんねー。」とのこと。乗り気なのかそうでもないのか、よく分からない口ぶりだったが、マツリカらしいといえばマツリカらしい。たちは彼女のことはあまり心配しすぎないようにして、さっそく準備に取りかかった。 「みなさんいらっしゃい。今日はとってもにぎやかね。ママは出る幕ないかしら?」 そう言ってママは自室に行き、たちにダイニングキッチンを譲ってくれた。お邪魔します、出来上がったら呼ぶので試食を手伝ってください、とマオたちがめいめい頭を下げていた。 本日作る予定のお菓子は、ココア味のプチカップケーキと、アーカラティーのロイヤルミルクシフォンケーキだ。アーカラ茶葉の豊かな香りと、オハナ牧場印のモーモーミルクの深いコクが味わえるふわふわケーキのレシピは、もちろんアーカラ島のキャプテン二人の提案だった。二人による茶葉とミルクの仕入れも完璧だ。 「アセロラちゃん担当の、純エネココアパウダーもばっちりでーす! しかもね、とびっきりのおまけも持ってきたんだよ。」 思わせぶりなアセロラの様子に、もマオもスイレンも興味津々で彼女のバッグの中身をのぞきこんだ。 じゃーん、とアセロラがごきげんで取り出したのは、ヒトモシ形のマグカップだった。丸っこいフォルムと、蝋を思わせる白くてやわらかなつやは、ヒトモシの特徴をよく表現している。たちは思わず「可愛いー!」「ヒトモシだ!」と歓声を上げた。 「いいでしょー。そしてこのヒトモシカップに、これだよ!」 続けてアセロラが出したのは、マシュマロの袋だった。 「せっかくココアがあるから、これでヒトモシのマシュマロココアも作ろうと思って。」 「うわー、すごい! ナイスアイデアっす!」 マオがマシュマロ袋を受け取って、感激していた。アセロラはえへへーと得意気な様子で、バッグからマシュマロ袋を次々に取り出した。 「アセロラ……これはさすがに、マシュマロ多すぎではありませんか?」 苦笑したのはスイレンだ。マシュマロは全部で六袋もあった。 「余ったらそのまま食べればいっかって思ったらつい……。ポケモンたちもいるし。」 ぺろりと舌を出すアセロラに、なるほどねーとたちは笑った。確かにポケモンたちは喜ぶだろう。 お菓子作りの手伝いを兼ねて、みんなはそれぞれポケモンをボールから出した。はドデカバシ。マオはアママイコ。アセロラはユキメノコ。スイレンは…… 「えっ、ニャース?」 「スイレン、水ポケモン以外も連れてたんだ。」 スイレンがボールから出した宵闇色のポケモンを見て、少し意外そうにする一同に、違うのです、とスイレンは首を振った。 「この子はわたしの手持ちポケモンではありません。家で一緒に暮らしている子です。さんの家にカントーの姿のニャースがいると聞いて、会いたがっていたんですよ。ね、ニャース。」 にゃー、とスイレンのニャースが返事をした。その声を聞きつけてか、宅のニャースもひょっこりと顔を出す。 「ぬにゃあー。」 「うーん白いニャースって、やっぱりなんだか不思議な感じ。」 しげしげと宅のニャースを眺めてそう言うマオに、 「も薄紫色のニャースっていまだに不思議な感じ。」 とは返した。 「なるほど。いわばリージョンギャップってことだね。でもどっちのニャースもいい味出してる!」 ニャースたちは、うにゃうにゃと鳴き声を交わしながら、けっこう親しげにコミュニケーションを取っているようにも見えた。ポケモンたちにとって、リージョンギャップはどのように感じられるのだろうか。 製菓材料と人員が出そろったので、いよいよたちはお菓子作りを始めることにした。 「なんだかいつもと違うバレンタインで、わくわくしちゃうね。みんなは作ったお菓子、誰にあげるの?」 ミミッキュみたいな淡いクリーム色のエプロンをユキメノコに着せて、ひもを結んでやりながら、アセロラが尋ねた。マオはアママイコとおそろいの花柄エプロン、スイレンは防水加工がしっかりとされた、どちらかというとお菓子作りよりは魚介の解体に向いているエプロンを、ばっちり身に着けている。 「あたしは父ちゃんと兄ちゃんかな。カントーのバレンタインデーについて教えてあげるんだ。」 「わたしも、家族に。小さな妹たちがいるので、バレンタインデーが何か分からずとも、きっと喜んでくれると思います。二人とも甘い物は大好きですから。アセロラは?」 「アセロラはハウスの子供たちに! 今日のことは話してきたから、楽しみに待ってくれてるんじゃないかな。みんなの笑顔を見るのが待ち遠しいよ!」 わいわいと家族の話で盛り上がった後、アセロラたちはの顔を見てにーっと笑った。 「は、聞くまでもないよね。」 「えー。も話に入れてよ。」 「のプレゼント相手は、ハウでしょ。っていうかそれがメインっすから。」 「メインなんだ。」 「そうだよ。今日のテーマはカントー流バレンタインデーだもん。」 「ハウさんならきっと、お菓子喜んでくれるでしょうね。島巡りの時も、マラサダをたくさん食べたと仰っていましたし。」 「うんうんー。アーカラ島のマラサダもねー、すっごく美味しかったよー。ロイヤルドーム前のショップで売ってる酸味を効かせたマラサダが、おれ的にはイチオシかなー。」 不意に聞こえたその場にいないはずの人物の声に、みんなは一斉に顔を向けた。開け放したガラス戸の向こう、庭からラナイ(アローラ式のベランダ)越しに家の中をのぞきこんで、ハウが笑顔で手を上げていた。 「アローラー! に会いに来たんだけどー、ベル鳴らしても出てくれないから、こっちまで回ってみたんだよー。今日はみんな勢ぞろいなんだねー。」 「ええっ、ごめんハウ。全然気が付かなかった。すぐ開けるね!」 は慌てて玄関ドアに向かい、庭から戻ったハウを迎え入れた。 あらためてアローラと両手で円を描くハウに、みんなもアローラ! と挨拶を返した。 「で、今日はなんでみんな集まってるのー? おれのうわさ話なんかしちゃってさー。」 マオはどちらかといえば、バレンタインデーのプレゼントをサプライズに仕立てたかったらしい。ちょっと申し訳なさそうにを見た。けれどもとハウはそもそも隠し事をするような間柄ではないのだ。気にしていないことを示す笑顔をマオに向けてから、はハウに答えた。 「実はね、ハウのためにとってもいいことを計画してたんだ。」 みんなはハウに、今からお菓子を作ろうとしていること、それはバレンタインデー用のもので、完成したら届けに行くつもりだったことを説明した。 「うわー、すごい! 楽しそうー!」 きらきらと目を輝かせるハウ。 「お菓子作り、おれも混ぜてもらってもいいー!?」 思いがけない申し出に、たちは目をぱちくりさせた。プレゼントされる側が一緒にプレゼントを作る、とは。けれどもみんなでお菓子を作るほうが、きっと楽しい時間になるだろう。ハウを仲間に入れることに、異論を唱える者はいなかった。はうなずいた。 「いいよ。ハウも一緒に作ろう!」 「やったー!」 ハウはお菓子作りのパートナーとしてライチュウを出した。早速ハウとライチュウも、手を洗って準備を整える。に借りたエプロンが、二人ともよく似合っていた。 次→ もどる |