* 3 *






 そらとぶタクシーの乗り場に向かって、たちはどんどん道を駆けていく。先頭はエースバーン。続いてとハウとインテレオン。しんがりはゴリランダーだ。
 ほどなくして向こうの方に、たくさん並んだタクシーのゴンドラと、その上でお行儀良く翼をたたんで待っているアーマーガアたちの群れが見えてきた。その内の一台が、今まさに客を乗せて飛び立つ準備を始めている。ゴンドラに乗り込もうとしているのは、ぴかぴかに剃りあげた頭とワルビアルの描かれた黒いジャケットが目立つ、一人の男だった。腕に何か緑っぽいものを抱えている。
「あの人だ!」
 が声を上げる。ハウもうなずく。
「もう間に合わない。おれたちもタクシーに乗って追いかけよう!」
 ハウがインテレオンをモンスターボールに戻した。もゴリランダーをボールに戻し、エースバーンにもボールを向けた。ところがエースバーンは拒否するように、に対してかぶりを振った。花冠がその頭の上でふわりと揺れる。
 がエースバーンの意思を図りかねている間に、彼は強く地面を蹴って飛び上がり、一番近くにあった二人乗り用のそらとぶタクシーの上に陣取った。
「どうやらエースバーンは、素敵な花冠をプレゼントしてくれたロージィを、自分の力で助けたいみたいだねー。」
 そう言ってからハウは、突然ポケモンが降ってきたので目を白黒させているアーマーガアとタクシードライバーの元へ駆け寄った。
「おれたちのエースバーンがすみません! いきなりだけどー、あのタクシーを追ってー!」
 ハウが叫んでいる間に、はゴンドラの扉を開けて中に入り込んだ。
「な、なんだあ、あんたら?」
「事情は後で説明するよー! 家族ともいうべきポケモンの命運がかかってるんだ。お願いします!」
 タクシードライバーが眉間にしわを寄せてとハウをにらんだのは無理もない。けれどもその視線にひるまず、真摯に頼みこんだハウの態度が、思いのほか強くドライバーの心を響かせたらしい。が先に乗りこんで、乗客という既成事実を作ってしまったのも一因だったかもしれない。
「……よし、分かった。うちのガアが嫌がってねえからな。あんたらを信じよう。乗れ!」
 話の分かるドライバーで助かった。ハウが勢いよくの隣に座る。ばんっと扉が閉まる音と、アーマーガアの鋭い声が響いた後、ぐんと上から押さえられるような力が体にかかった。
「追い付くためにちょっとスピード上げるぞ! あんたらのウサギちゃんに、振り落とされないよう言っておいてくれ。ゴンドラの上にシートベルトを設置するの、忘れちまったからな!」
 アーマーガアの背中から、ドライバーの声が落ちてきた。直後、ゴンドラが大きく揺れる。座席の上でうわっとバランスを崩したの体を、ハウがとっさに抱き支えた。
 それからハウは少し身を乗り出し、エースバーン大丈夫ー? と上に向かって呼びかけた。すぐにエースバーンの元気な声が返ってきた。しっかりつかまっててね! とも声をかける。
 シュートシティのビルが、広場が、街が、どんどん後ろに流れていく。
「そんで? あんたらのご事情、説明してもらえます?」
 ドライバーの声は荒かったが、単純に風圧に飛ばされず声を届けるために叫んでいるだけで、怒っているわけではなさそうだった。それでとハウも負けじと声を張りあげて、先のタクシーにはシュートシティの花屋さんからロゼリアを奪って逃げているポケモン泥棒が乗っていて、自分たちはそれを追っていることを説明する。
「普通のロゼリアなんだけど、訳あって花びらを染めちゃっててー。それを色違いのロゼリアだと勘違いしてさらっちゃったんだ。色違いじゃないと分かれば返してくれると思うからー、とにかく話ができる距離に近づいてほしい!」
 ドライバーは少し間を置いて、どう思う? とアーマーガアに問いかけた。アーマーガアは大声で鳴き、ぶんと強く翼を打って加速した。ドライバーはどこか楽しそうに、そうかいとつぶやいた。
「お客さんら、運がいいぜ。ガラル交通トップクラスのベテランコンビのフライトを楽しめるんだからな。大船に乗った気でいな! ま、船じゃなくてタクシーだが!」
 がはは、とドライバーの笑い声が風に乗って流れていった。なんとか理解してもらえたことに、とハウもほっとして頬をゆるめた。
 たちの乗ったベテランコンビの操るタクシーは、先を行くタクシーにぐんぐん迫っていった。しかしそう思えた時間は長くなく、縮まっていたはずの両者の距離はやがてぴたりと一定になり、今度は逆に離れ始めた。こちらのアーマーガアが羽ばたきを弱めた訳ではない。向こうのアーマーガアが、羽ばたきを強めたのだった。
「追われてることに気付かれたみたいだねー。」
 むーとハウが口をへの字に曲げた。
 それから少しの間は、距離が縮まりそうで縮まらない一進一退が続いたが、やがてタクシードライバーのうなり声が聞こえてきた。
「まずいな。やつらシュートシティを出るつもりだ。あの方角はまさか……ヨロイ島か?」
「ヨロイ島ー?」
「そこに逃げこまれたら厄介だ。入るには特別なパスがいる場所でな。なんとか行き先だけでも変えさせないと。」
「よーし、分かった! おじさん、少しの時間でいいから、もうちょっとだけあっちのタクシーに近付けるー?」
 タクシードライバーの顔はもちろんたちには見えなかったが、その時彼がにいっと自信ありげに口角を上げたのが、声音で分かった。
「うちのガアを甘く見てもらっちゃ困るね! 二人用ゴンドラも余裕で運べる、一等大きなアーマーガアだぜ!」
 ドライバーの言葉にアーマーガアの鋭い一声が応じ、タクシーがスピードを上げた。ハウがひゅうと口笛を吹く。
「よーし、エースバーン! 相手のタクシーに向かって、火炎ボールだ! でも当てちゃだめだよ。ヨロイ島に行かないように、アーマーガアを驚かせるだけでいい。できるー!?」
 今度はエースバーンが「甘く見てもらっちゃ困るね」と吠える番だった。ゴンドラの屋根の上でタン、タンと軽やかなリズムが刻まれた後、燃える光の線が前方のタクシー目がけて一直線に走った。
 突然苦手な炎の弾丸に体の真横を通られたアーマーガアは、とっさに航路を変えた。それでもなお当初の方角を保とうとするそらとぶタクシーのプライドに、エースバーンは連続で繰りだす火炎ボールの追撃で挑む。もちろんハウの指示を守って、ぎりぎりのところで外している。
 エースバーンのさらに上方からは、ドライバーが無線機に向かってがなる声が聞こえていた。おそらく、相手のタクシードライバーと話をしているのだろう。しかし話が通じないのか、こちらを警戒されているのか、一向に叫び声が止む気配はない。もちろん相手のタクシーは減速しない。
 そうこうしているうちに、向こうのアーマーガアが高度を落とし始めた。エースバーンのおかげで、ヨロイ島に行くのは諦めたようだ。追随して、こちらのアーマーガアも降りていく。
 シュートシティの街並みはとっくに抜けていた。眼下に迫るのは広大な砂の海だった。吹き荒れる激しい風に空気は黄色くけぶり、砂の先は見えない。
「ワイルドエリアに着陸するぞ!」
 ドライバーの大声が、無線機を離れてたちに向けられた時だった。先を行くタクシーのゴンドラから、男が飛び降りた。着陸間際とはいえ、とても人間が着地できる高さではない。あっと目を見張った瞬間、閃光が空気を裂いた。モンスターボールの開放光だった。一体のカビゴンが砂地の上に召還されていて、男はその腹をクッションにして無傷で地面に降り立った。男が抱えている小さな緑色のポケモン――ロージィも無事だ。
 男とポケモンたちは、砂嵐の中を駆けだした。輪郭が次第に見えなくなっていく。
「逃げられる! おじさん、早くー!」
「ええい、乗客の安全確保がタク屋の最優先事項なんだがな! 頭打つなよ、お客さん!」
 とハウは座席の上で歯を食いしばり、ぎゅっと身を縮め、互いをかばい合った。直後どどんっと、そらとぶタクシーではおよそ経験するはずのない豪快な衝撃がゴンドラを震わせる。タクシーが止まった。
「大丈夫、!?」「大丈夫、ハウ!?」
 とハウは顔を見合わせて、少し微笑み、うなずいた。それからハウはの手を握り、ゴンドラの扉を開けた。
 エースバーンはゴンドラの屋根から降りて二人を待っていたものの、すっかり疲労しているのは明らかだった。あんな足場の悪い中で技を出し、着地の衝撃にも耐えたのだから当然だ。
「お疲れ様、エースバーン。ありがとー!」
「よくやったよ! しばらく休んでてね。」
 二人はそう労い、エースバーンをボールに戻した。
 それからとハウは砂地を駆け出そうとしたが、その前に一度振り返り、つないでいないほうの手を高く掲げて振った。
「おじさん、アーマーガア、ありがとう!」
「最高のフライトだったよー!」
 誇らしそうに翼を広げたアーマーガアの背中の上で、ドライバーが親指を立てた拳をぐっと突き出しているのが、砂煙の向こうに見えた。




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