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 ライヤの母――花屋の店主は、まださっきの男女の対応を続けていた。山のような花の束を抱えて、そこに新たな種類の花を乗せたり、差し色を変更したりしながら、アレンジメントの具合を相談している。かなり豪華な花束ができあがりそうだ。
「うちの花はすっげーだろ。普通の花だけじゃなくて、ロゼリアの左花みたいに青いバラとか、キレイハナみたいな二色の花だってあるぜ。」
 ほら、とライヤが自慢げに黄と緑の二色花のバケツを二人に差し出して見せる。これに大きめの赤い花を二輪合わせたブーケが、キレイハナのトレーナーに大人気なんだと説明してくれた。それから黒い花束は悪タイプのトレーナーとか、ガラル交通に勤めている人への贈り物としてもよく選ばれているそうだ。
「そらとぶタクシーのアーマーガアの、かっこいいつやつやの黒を表現するためには、自然の花色だけじゃ難しいからな。葉っぱとか花びらにきらきらの粉を振ったやつもあるんだぜ。見て!」
 もはやとハウのためにいい花を選んでくれるというよりも、完全にライヤの好きな花を紹介したいだけだ。とはいえ、二人に一生懸命花の説明をするライヤの姿は、小さいけれども立派な花屋の店員さんだった。ライヤは、たちの連れているゴリランダーやエースバーンやインテレオンが興味津々で花バケツをのぞくのにも、丁寧に話を聞かせてやっていた。花とポケモンとこの店が、彼は本当に大好きなんだなと、にはよく伝わってきた。
「とっておきは、へへへ、驚くなよー。じゃーん! 虹色のバラ! どーだ、すごいだろ!」
 ライヤの笑顔は、七色のバラよりもなお輝いて見えた。ハウがにこにことうなずいた。
「うん。おれねー、これ好きだよ。こんなふうに染まるなんて、すごいよねー。」
「あれっ? なーんだ、もう知ってたの。」
「実はさっき店長さんに教えてもらったー。」
 花屋の店主は、ちょうど商談をまとめ終えたところだった。豪華な花束を注文してくれた客たちと握手を交わし、二言三言親しげな挨拶をやりとりしながら、店の外まで見送っていた。
 見送りを終えると、店主はたちの方を向いた。
「ライヤ帰ってたのね。お帰り。ありがとうね、トレーナーさんたち。うちの子に付き合ってもらっちゃって。」
「ぼくがお客さんに花の説明してあげてたんだよう。」
 あらあらそれは失礼しました、と店主は慣れた様子で微笑みながら謝った。
「ところでライヤ、ロージィはどうしたの? 今朝から会ってないんだけど。」
 続いて発された母の言葉に、ライヤはぎくりとして体をこわばらせた。息子のわずかな表情の変化は、母親にはすぐに知れたらしい。
「どうしたの? ロージィに、何かあったの?」
 少し声音を低くして、彼女は尋ねた。ライヤは答えなかった。少し困った母親の視線は、とハウに向けられた。
 あなたたち、ロージィについて何かご存じ?
 同時にライヤのすがるような視線も、とハウに注がれる。
 お願い、ママには何も言わないで。
 二つの視線の板挟みになって、さあどうしようかとがハウと顔を見合わせた時だった。
「ライヤ!」
 甲高い子供の声が店の外で響いた。直後、ばたばたと激しい足音と共に、数人の少年たちが花屋に飛びこんできた。入口近くにいたエースバーンが驚いて場所を空けた。
「ライヤ、大変だ! ロージィがさらわれた!」
 少年たちの数は三人。歳はライヤと同じくらいだ。ライヤの学友だろうか。耳を疑うような彼らの知らせに、ライヤはすぐには反応できなかった。
「ロージィが……えっ? なん、だって?」
 しかしライヤの問いに答える前に、三人の中で一番背の高い子が、わっと泣きだしてしまった。
「おれが、おれが悪いんだ。ライヤが本当に色違いのロゼリア持ってたから、おれ、うらやましくて、悔しくて、ロージィなんかいなくなっちゃえばいいのにって思っちゃって、それで、あんな怪しいおじさんにロージィのことを教えて……」
 その後の言葉は、泣き声に飲みこまれて聞き取れなかった。うわああぁんと涙を流す友人を、一人は背中をたたいて慰め、もう一人は事情の説明を引き継いだ。
「オレたちがポケモンドロボーに、色違いのロゼリアのこと、教えちゃったんだ。それでロージィがさらわれた。ライヤ、ほんっとうにごめん!」
 少年たちが、そろってがばりと頭を下げた。ライヤの顔は真っ青だ。花屋の空気は、およそ花など咲きそうにないぐらいの温度に、冷たく凍りついた。
 店内に再び芽吹きの風を送ったのは、ライヤの母だった。
「ちょっと待って、どういうこと……? ロージィは普通のロゼリアよ? うちには色違いのポケモンなんていないわ。」
 三人の少年たちが、そろってがばりと頭を上げた。誰かが何かを言いだす前に、今度はライヤがわっと泣きだした。
「ごめんなさい! ロージィが色違いのロゼリアっていうのは、うそなんだ。ぼくが、ロージィの花に、染色用のパウダーをかけただけなんだよ。」
 間。
 それから、えーっ! と誰かが声を上げたのを皮切りに、「うそ!?」「パウダー!?」「ロージィ色違いじゃないの!?」と少年たちは口々に叫んだ。
 つまりこういうことらしい。ライヤは友達に色違いのロゼリアを持っていると嘘をついてしまい、後に引けなくなってロージィの花を色違いのロゼリアのように染めた。友達はロージィが色違いであることを信じたが、嫉妬が高じてポケモン泥棒に色違いのロゼリアのことを教えてしまい、ロージィはさらわれた。
「染色粉の青と黒が急に減ってておかしいなと思ったら……そういう理由だったのね。」
「ごめんなさい……。色水にして吸わせるのは怖かったし、時間もなかったから、そのまま振りかけたら思ったより本物の色違いっぽくなって……。」
 ライヤが光の石を受け取らず、母にロージィのことを秘密にしてほしいととハウに頼んだのも、そういう訳だった。進化すればあっという間に色違いのポケモンではないことがばれてしまうし、ライヤと母親の会話から察するに、どうやら内緒で店用の備品を使ったらしい。
 ぐすぐすと泣いて謝るライヤの涙は、嘘をついてしまったことと、そのせいでロージィを危険な目に遭わせていることに、とどまるところを知らなかった。
「とにかくこれで、ロージィが色違いのロゼリアだって勘違いしてるのは、ポケモン泥棒さんだけってことだよねー。」
 ハウがかがんでライヤの両肩に手を置き、真っ直ぐにその目を見つめた。
「嘘をついたのは良くなかったなー。でもライヤは、色違いになったから、ロージィのことが好きなの?」
「そっ、そんなわけないだろ! ロージィはぼくの家族だぞ! スボミーの時からずっと一緒なんだ。色違いだろうが何だろうが、ロージィがぼくの一番大切なロゼリアだ。ロージィじゃなきゃだめだ。ロージィじゃなきゃ……ロージィ……うっ、うっ、うわああーん!」
 再び大泣きしてしまったライヤを、ハウはぎゅっと抱いて頭をなでてやった。
 それからハウは、ライヤを抱きしめたまま、首を動かしてのほうを見、目線だけで意思を伝えた。
 ロージィを、助けにいこう。
 は力強くうなずいた。の隣に立っていたインテレオンも、二人と同じ気持ちを込めた鳴き声を、低く短く発してくれた。
「よく言ったよー、ライヤ。大丈夫、おれたちに任せて。必ずロージィを連れ戻してくるよ。」
 涙に濡れたライヤの瞳が、驚きに揺れてハウの顔を見つめた。驚いたのはライヤだけではない。花屋の店主も、三人の少年たちも、目を丸くしてたちを見つめていた。
 はっと冷静になって引き止めようとした店主の言葉を、ゴリランダーが二人に賛同する勇ましい吠え声でさえぎった。
「店長さんは警察に連絡をお願いします。安心してー。なるべく穏便に済ませてくるからー。」
 そしてハウは、行こう、との手を取った。インテレオンとゴリランダーが後に続き、エースバーンはもう外に出て豪速で駆けて行ってしまった。が慌てて「エースバーン!」と呼ぶと、同じ速度で戻ってきた。
「ロージィをさらった泥棒さん、どっちに行ったか分かるー?」
 ハウが三人の少年たちに尋ねると、彼らは異口同音にあっちだよ! と指差した。
「そらとぶタクシーの乗り場の方!」
「きっとタクシーに乗って逃げる気なんだ。」
「髪の毛のないおじさんだったよ。ワルビアルのジャケットを着てた!」
 少年たちにありがとう! と礼を言うと、とハウとポケモンたちは、花屋を出て道を走り始めた。




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