2.ハウとハラの写真





 早くみんなの写真を撮りたくてうずうずしているロトム図鑑を、とりあえず鞄の中に入れて、「写真撮影の時になったら呼ぶからね」と声をかけた。ロトムは「了解ロト!」と素直に返事をしたが、が歩き始めてもいないのに、ぴょっこ、ぴょっこ、との鞄から顔を出し、引っこみ、を繰り返していた。発音せずとも、まだかなまだかなの声がもれている。
 とハウはそんなロトムの様子を見て、気を悪くさせないようにこっそり笑った。
 さて誰の写真から撮ろうかと考えて、とハウがまず向かったのはククイの研究所だった。ククイとバーネットの夫妻にはリーリエも並々ならぬ恩義を感じているようだったし、なによりそこがの家から一番近かった。
 ところが、あいにくククイが留守。
「ごめんねー。ちょっと他の地方に出張してて、しばらく帰ってこないのよ。」
 応対してくれたバーネットが、申し訳なさそうに事情を説明した。
「大丈夫です。先に他の人の写真を撮って回ってるので。」
「ククイ博士が帰ってきたら教えてねー!」
「ええもちろんよ。」
 ごめんねと重ねて謝るバーネットに、また来ますと約束して、二人は研究所を後にした。
「さてさて、次はどこに向かおうか、ー?」
「次に近いのはリリィタウンだね。」
「やっぱりー。おれもそう思ってた!」
 答えを分かって聞いたのだろうハウは、えへへーと笑ってから、一つお願いがあるんだけど、と続けた。
「カプの遺跡に寄っていかない?」
「戦の遺跡? いいよ。」
「ありがとー。戦の遺跡だけじゃなくてー、他の島のカプの遺跡にも寄りたいんだ。せっかくだからカプたちに、島巡りを無事に終えられたことのお礼を言っとかなきゃと思ってさー。」
 それはたぶん、生まれた時からカプの加護について教わり、古の風習を受け継いだ生粋のアローラ人だからこその発想だった。その信仰を妨げる理由はにはない。むしろもアローラに住民票を移したのだから、ハウと一緒にその文化に身を浸すのも悪くなかった。は快くハウの願いを受け入れた。


 そういったわけで、とハウが戦の遺跡で参拝を終え、リリィタウンに戻る頃には、太陽もすっかり天頂高くに昇っていた。
 カプ・コケコ留守だったね、まあ気まぐれな神様だからねー、なんて登山道を降りながら交わしていた会話も、リリィタウンに近づくにつれ、どんな写真を撮ればリーリエが喜んでくれるか、という話題に変わっていった。鞄からぴょっこり顔をのぞかせ、二人の会話に参加してくれているロトムは「ボクもリーリエに喜んでもらえるよう、頑張るロ!」と頼もしい。
「やっぱりとびっきり元気なしまキングの姿を撮りたいよねー。あ、でもじーちゃんならどの姿を撮っても、とびっきり元気に映りそうな気もするけどー。」
 ハウが話すのはハラを撮ることばかりだ。思わずはにやにやと笑って、ハウの顔をのぞきこんだ。
「リリィタウンならもう一人忘れちゃいけない、大事な人がいるんじゃないの?」
 きょとんとしてを見つめるハウ。彼がの含意を把握しきらず、もまだ答えを言わない沈黙の時間を破ったのは、ロトムだった。
「分かったロト! ハウのことだロー!」
 ああ、とハウは得心してはにかみ、それから少し考える仕草をした後「あのさ」とつなげた。
「だったら、撮ってほしい姿があるんだけどー。」


 しっかり頭部を保護するヘルメット。ぴんと伸びた背筋が凛々しいライドウェア。ブラックの側線が体のラインをなぞり自然に落ちているので、その姿勢が設計者の意図通りの適切なものであることが分かる。
 またがったケンタロスが鼻息を荒くして頭を上下に振るのを、ハウは優しく首筋をたたいてなだめてやった。それから、に笑顔を向けた。
 ケンタロスライドしている写真を撮ってほしい、というのがハウの希望だった。
「おれー、ケンタロスに乗るの怖がってたでしょー。だけど島巡りして、ちゃんとケンタロスライドもできるようになった。それをリーリエに見てほしくってさー。」
 怖がりなままの印象だとかっこ悪いもんねー、とハウはライド装置のハンドルを握った。はロトム図鑑を両手で掲げた。
「行くよー、ケンタロス!」
 ケンタロスが前肢を蹴りあげて上体をそらし、いなないた。ハウは体幹にぐっと力を入れてバランスを取る。呼吸を合わせた一人と一頭が、駆けだした。
「ハウの姿を追いかけるロト! ピント合わせはボクにお任せロトー!」
 の手の中でロトムが叫んだ。うん、とはうなずくと、図鑑の画面の中にハウとケンタロスを捉える。
 村の中央に設置された武舞台の周りを巡るように、ハウはケンタロスを疾走させた。絶妙な曲線コースもばっちりだ。連写モードに設定したカメラのシャッターボタンをが数回押す間に、ハウはすっかりケンタロスを乗りこなしていた。
ー!」
 ハウがこちらに向かって手を振っている。
「シャッターチャンスロト!」
 ロトムとの判断は同時だった。カシャカシャカシャッと、軽快なシャッター音が連続で響く。すぐに画像を確認すると、十数枚ある写真の内の一枚が、リリィタウンの濃緑を背景にしてケンタロスに乗ったまま手を上げるハウの姿を、くっきりと写していた。
「上手く撮れたー?」
 ハウがケンタロスをたちの隣で停めた。
「いい感じだと思う。見てくれる?」
 がハウにロトム図鑑を差しだすと、ハウはヘルメットを外して、ぷはあっと大きく息をつき、受け取った。「これ着けてると暑くってさー」と言いながら、ケンタロスに乗ったまま、撮れた写真を眺める。
「おっ、これいいねー! おれもケンタロスもブレずに映ってるし、村の様子もよく分かる。、ロトム、ありがとー!」
 ハウがロトム図鑑を返して、にっこりと笑んだ時だった。
 ダダダッと激しく地面を打ち鳴らすひづめの音がして、茶色の塊がすぐ側を駆けぬけていった。ケンタロスだ。
「あー、じーちゃん!」
 ケンタロスには、しまキングのハラが乗っていた……というよりは、立っていた。それもライド装置を使わずに。
「わはは! ハウたちの駆け回るのを見て、こやつもいてもたってもいられなくなったようでしてな。少々散歩をさせておりますぞ!」
 ケンタロスの背に両足だけを付けて乗りこなすしまキングを、とハウはぽかんとして見送った。さすが日々ポケモンと鍛えているというだけのことはある。とんでもない筋力とバランス感覚だ。
「あ……はは。いくらケンタロスライドが怖くなくなったとはいえ、あれはちょっと、無理かもー。」
 ケンタロスの上でハウが苦笑いをした時だった。
 ぶるるぅっと鼻を鳴らし、ケンタロスが動いた。不意のことにハウは「うわ!」と声を上げ、持っていたヘルメットを地面に取り落としてしまったが、自身の落下は危ういところでまぬがれた。ケンタロスはそのままハラを追いかけるように走り始めてしまう。
「むむっ、競走ですかな? しまキングとその愛ケンタロス、簡単には負けませぬ!」
「そ、そういうつもりじゃなかったんだけどー。でも、ケンタロスが競走したいって言うなら、おれたちだって負けないよー!」
 ハウがケンタロスの上で体勢を整えた。そのまま並走する二人と二頭を眺めるの視界に、ビビビッ! と激しい電子音を鳴らしながらロトムが割りこんだ。
「シャッターチャンス、シャッターチャンスロトー!」
 ロトムの言葉の意味をすぐさま理解したは、はっとして図鑑を構えた。画面の中にハウとハラとケンタロスたちを捉える。ハラはどこからか取り出した扇を掲げ、先程よりもさらに驚異的なバランスを見せていた。そんな祖父に追走するハウの視線は真っ直ぐに前を見つめ、精悍な表情の中で少しだけ口の端を上げていた。
 今だ!
 は確実にシャッターを押した。けれどもその音は誰の耳にも届かなかった。
「カプゥーコッコ!」
 メレメレ島の守り神カプ・コケコの鳴き声が、ちょうどその時、村中に高く響き渡ったからだった。
 おお、とケンタロス上の二人も、もロトムも、村人たちも、青空の中に小さくなっていく気まぐれな神の姿を見送る。
 ロトム図鑑には、ケンタロスに乗って競走するとびっきり元気な二人と、彼らを天から見守るカプ・コケコの映った写真のデータが保存されていた。


「最高。最っ高の写真だよ、ー。」
 ケンタロスから降りてライド装備も解いたハウは、これでもう何度目になるか、ロトム図鑑の写真を眺めながら満足そうなため息をついた。
「いい写真が撮れて良かったね。」
「うん。偶然カプ・コケコが映ってくれるなんて、すごく幸先いいよねー! この調子でどんどん撮っていこう!」
 寄せ書きに筆を走らせていたハラが、リーリエもさぞ喜ぶことでしょう、と言って顔を上げた。ハラはすでにハウからこの計画について聞いていたようだ。
「いわば二人の二周目の島巡り。二周目も、多くのポケモンや人との出会いを、大切にするのですな。」
 ハラは書き終えた寄せ書きをハウに手渡し、二人の顔を順番に眺めると優しく微笑んだ。
「ポケモンや人に出会うことで、人生は面白くなります。しかしポケモンも人も、一面で語れるものではありません。何度でも彼らに会いなさい。それが互いの理解を深め、人生をさらに面白くすることにつながりましょう。」
 ハウは祖父の言葉をしっかりと心に刻むように、寄せ書きと共に抱きしめると、うん、とうなずいた。
「ありがとう、じーちゃん。それじゃあ、いってきまーす!」
 ハラに大きく手を振って、とハウは次の目的地、ハウオリシティに向けて出発した。







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