本章

セキトとのARペット





 とセキトはしばしばアンダーバンク深部の調査に出掛けた。何者かがアンダーバンク内の危険データにアクセスしている可能性があると安立は言う。その履歴の有無を確認するのがセキトの仕事で、セキトが無事に仕事を終えられるよう補佐するのがの役割だった。
 が、セキトはそうしなかった場合を数えるほうが早いくらい頻繁に、を置いて一人で進んだ。
、待ってよー!」
 呼ぶと一応振り向いて止まってくれる。そして黙ったままじっとの目を見つめ、またぷいと一人で行ってしまうのだ。が遅いわけではない。セキトが意図的にから離れているのだった。それはまるで、オレひとりでやれる、お前の助けなんかいらない、とでも言っているような態度だった。
「うん。それは多分、オレひとりでやれる、お前の助けなんかいらないと言いたいんだろうねえ。」
 帰還して、セキトがいない時にこっそりそのことを安立に相談すると、安立は天気の話でもするかのような口ぶりで、相変わらずよく分からない機械の画面に見いったまま答えた。はがっかりして小さくため息をつく。
「やっぱり最初のヒーローバトルで完封したのがまずかったんでしょうか……。 のこと嫌いかも。 」
「そんなことないと思うがね。ま、あの子はそういう性質なんだよ。それに最初のバトルについては気にしなくていい。ああしなければセキトは君の同行に納得しなかったから。」
 とはいえ今の状態が長く続くのもあまりよろしくない、そこでだ。と安立は手元の操作盤を数度タンタンと鳴らすと、最後に一番大きなキーを押した。
とセキトが仲良くなれるように、とっておきを差し上げよう。」
 安立が言った直後、二人の間の宙にふわりと丸い光が現れた。光は見る間にボール大に凝集し、何かの輪郭を形作る。ころんとした薄ピンクの体、長い耳、がま口の頭の……ブタだった。
「じゃっきーん! ブーはブーチョッキン! よろしゅうのう。」
 ブタはに向かって元気よく挨拶した。がびっくりして返事もままならないでいると、セキトが二人(と一匹)の側にやって来た。
「安立純守、用とはなんだ?」
 安立の答えを聞く前に、セキトはの目の前に浮かんでいるブタに気が付いた。そしてに問うような視線を向ける。もちろんに答えられるはずはなく、ただ肩をすくめて愛想笑いした。
「例のARが完成したんだ。」
「まさか用ってのは……。」
 その通り、と安立はにんまりする。
「このブーチョッキンをお前たちに託す。ペットとして可愛がってやるんだよ。」
「ブーはペットじゃないじゃきん!」
 言いながらブーチョッキンはふわふわと三人の間を行きつ戻りつし、セキトの顔を下からのぞきこんだり、安立の頭の上に止まったりして、結局の腕の中にすぽんと飛び込んだ。それでもようやく、はじめまして、です。とブーチョッキンに挨拶できた。
「ペット……? ブーチョッキンはオレの補助コマンドだと聞いていたが。」
「まあね。しかしそれだけじゃあ面白くないだろう。なかなかユニークな仕上がりになったと思うから、よろしくしてやってくれ。」
 はブーチョッキンを抱え、そうっと頭をなでてやった。予想していたよりもすべすべとなめらかで、弾力がある。ブーチョッキンが心地よさそうに目を細めるので、も愛着がわき、さらに大きく手のひらを当ててその柔らかな体をなぞった。
「すごーい、もちもちしてる……。」
「お手入れ完璧なブーのもち肌じゃきん。」
「あはは。もっともちもちしてもいい?」
「しょうがないのう。特別じゃきん。」
「それはどうも恐れ入ります。」
 もちもちもちもち……と夢中になってブーチョッキンと遊ぶを、セキトと安立は眺めていた。
「ブーチョッキンのアプリケーションはセキトのバンクフォンに入れたから、管理を頼んだよセキト。」
「えええ、このクソ生意気そうなガキじゃきん? ブー、のほうがいいじゃきんー。」
 にすり寄りながら憎まれ口を叩くブーチョッキンをちらりと見、セキトは黙ってバンクフォンを操作した。するとブーチョッキンがほのかに光りだし、と思う間もなく、じゃきいぃんという声と共に姿が消えてしまった。立体映像の投影が終了させられたのだった。
「アプリケーションの設定は後で確認しておく。用はこれで終わりか、安立純守。」
「……ああ。」
 そうか、じゃあなとセキトはその場から離れた。残されたは、少し不安げに安立のほうを見やる。
「大丈夫、でしょうか。」
「私は心配していないよ。とブーチョッキンがいるのだからね。セキトにもブーチョッキンをもちもちする方法を教えてやるといい。そういうのはまだ下手だろうから。」
 冗談なのか本気なのかよく分からない物言いだった。は、はあ……とあいまいにうなずき、セキトが去ったアンダーバンクの虚空を見つめた。



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