序章

桜田セキトとの対面





「それで、。桜田セキトはどこにいるんですか? の守るべき対象は。」
「まあ待て待て、慌てるな。」
 安立は少し機械に触れ、今セキトは仮設のヒーローバトル空間にいる、と言いながらにモニターをのぞくよう促した。
 画面には円形のバトルリングが映っていた。ここと同じく青黒い光にうっすらと包まれていて、中央に人影が見える。クレジット・ローンウルフを身にまとった桜田セキトだった。
「今からには、セキトと戦ってもらう。」
 は驚いて安立を見た。
を守るんですよね? どうして戦わないといけないんですか?」
 安立はがそんな反応をするのは百も承知だという風だった。
「君と戦うことで、セキトはヒーローバトルの経験値を増やし強くなるのだから、巡りめぐってこれはセキトの守護になるんだよ。」
「はあ……。」
「まあそう心配するな。君は根本的にセキトを傷付けることが出来ない。そう造られているからね。この戦いにおいて君がセキトに与えるのは、あくまでもヒーローバトルシステム上の仮想ダメージさ。」
 それでもまだ納得がいかない様子のを置いてきぼりにして、安立はえーっととつぶやきながらまた機械を操作した。
「あったあった。これが用にしつらえたヒーロー着だ。。今そっちに送ったが、上手くダウンロード出来たかな?」
 は自分の首にバンクフォンGがかかっているのに気が付いた。ほんのりと赤く光る丸い画面には、ダウンロード完了しました、と乾いた文字が浮いている。指先で軽く触れるとカシャンと軽快な音が鳴って、の新規ヒーロー着データを表示した。ヒーローバトル空間に降り立った時にこのデータを身に付ける――シューショックする方法は直感で理解できた。
 、君が好きだろうと思ってね。きっと似合うよ。気に入ってくれるといいんだが。などと安立は言い、その詳細な使い方や戦闘システムの構造については言及しなかったので、おそらくそういう基礎情報はすでににプログラムされているのだろう。ヒーローバトルをするのはもちろん初めてだったが、シューショック方法が勝手に分かったように、バトルもなんとかなる気はした。
「ちなみに君はね、とても強い。セキトは君に勝てないだろう。軽く遊んでやってくれ。」
 そしてを送り出そうとして、安立はおっとそれから、と付け足した。
「セキトは君がデータ人間であることを知らない。君の存在役割に優先することではないが、出来ればそのことは隠しておいてほしいんだ。」
「なぜですか?」
「桜田セキトを守ることに加え、君のもうひとつの役割は、君の人間性を桜田セキトに伝えることだ。君がデータ体だとセキトに知られれば、その効果が小さくなるかもしれないからね。」
 ではよろしく頼むよ、と安立はをセキトが待つリングに転送した。はうなずいて見せ、その体をに包んだ。

「お前がか。」
 ヒーローバトル空間でと顔を合わすなり、セキトは強い語気でそう言った。安立から説明されていたのだろう、セキトはの名前も、今からと手合わせすることもすでに知っていた。
「はじめまして、。よろしくお願いします。」
 とが言い終わるが早いか、セキトは待ちくたびれたぜ、行くぞ! とに迫り来た。は一瞬ひるんだが、回路はすでに戦闘体制に切り替わっているらしく体はとても軽やかで、クレジット・ローンウルフの攻撃の筋もよく見えた。
「ピボットクロウ!」
 振り下ろされたバスケットボールに生えた青い爪を防御すると、がきんと鈍い音がして、破片のような光が散った。青い爪が折れた。
 がほぼ無傷であることをセキトは瞬時に理解し、顔には出さなかったが多分おののいた。その隙を察知してまずは一撃。なんとかふんばって距離を取ろうとしたセキトを追い、さらに第二撃。ふらつきながら繰り出したセキトのフェイドアウェイローンを再び防御し三撃目を叩き込んだところで、セキトのヒットポイントが尽きた。
 倒れて動かなくなったセキトにが駆け寄ったのと同時に、二人はヒーローバトル空間を離脱し、安立の側に戻された。

!」
「うう……。」
「ごめんね、ごめんね。大丈夫?」
 セキトを助け起こし今にも泣き出しそうな顔で謝るの姿が、彼の赤い目に映っていた。セキトはチッと舌打ちすると、大丈夫だとから顔を背け起き上がった。安立が言ったとおり、先のバトルによってセキトに損傷があったわけではないらしい。は毛糸が刺さったほどのちくりとした痛みを心に感じながらも、一応ほっとした。
「素晴らしい。良い戦いだったよ、二人とも。」
 安立が微笑みを浮かべ手を叩いていた。
「セキト、これで納得したかい? 想定している敵の強さは、でも上回れるかどうか分からない。彼女をボディガードとして……その表現が嫌ならタッグパートナーとして、任務に当たってほしいんだ。」
 セキトは不機嫌そうな様子だったが、反論は不可だと悟ったらしい。分かった、と低い声でぼそりと呟くと、改めてに向き合った。
「オレは桜田セキト。安立純守が自分の息子をモデルとして作成した自律型プログラムだ。今日からあんたと共に仕事を行う。……よろしく頼む。」
「こちらこそ、よろしく。」
 はにっこり笑って右手を差し出した。セキトは表情を変えないまま、不思議そうな様子でを見る。
「握手。挨拶だよ。」
 とが教えると、セキトはそれが人間流の親愛表現だと学んだのか検索したのか、ああと言って控えめにの手を握った。
 データとデータの疑似接触に血は通っておらず、それは自分が人間ではないことのみに由来するとセキトは思ったかもしれない。ただとセキトが、お互いのプログラムなりの感情を前向きに重ねることを約束し合えたなら、今はそれで良かった。
 そんな二人のやり取りを、安立は悦に入った表情でじっとりと眺めていた。



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