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開けた平野にぽつんと建つ診療所にいるその医者は、どんな超獣でも治すことができると言われていた。火に棲むものも、水に棲むものも、機械で出来たものだって。
ところがその日診療所を訪れた機械竜の体をあちこち調べているのは、およそ医者の風格からは遠い、浅黒い肌を生成りのマントに包んだ、ぼさぼさ頭のヒューマノイドだった。大きすぎて建物に入りきらない竜を草むらに座らせて、彼は手際よくスパナを当て、ドライバーを差し込み、ゴーグルに仕込んだ拡大レンズ越しに竜の体内を精査している。 「どうだメンテ。治りそうか。」 診療所から一人の男がふらりと出てきて尋ねた。白衣を着て、額に円い鏡をつけた診療所の主、ドクター・メテオだった。 「うん、なんとか大丈夫そう。」 メンテは顔を上げて返事をすると、もうちょっとで終わるからね、と物憂げな様子の竜に微笑んだ。 ドクター・メテオを訪れた後、メンテは彼の資料を元に時空の穴を探すことを決意した。メテオの実験は診療所の周りの土地から始まっていたから、メンテもそれにならい、ここに腰を据えるための野営地を準備しようとした。 「おいおい、だったらうちに泊まってけよ。野営なんて不便が多くてしかたねえだろ。」 「で、でも、それじゃメテオに迷惑がかかるし……。」 「バァーカ。ここをどこだと思ってるんだ。診療所だぞ。一人や二人寝泊まりするぐらいの余裕はあらあな。」 「だけど……。」 なお遠慮するメンテに、ああもうよしじゃあこうしよう、とメテオが提案したのが、診療所の手伝いだった。 「泊めてやる代わりに、メンテには診療所の雑用をやってもらう。それならギブアンドテイクだろ。」 それでメンテも納得して、診療所に厄介になりながら、時空の穴を探す日々を始めたのだった。 だが、メテオはメンテに雑用をやってもらうつもりなどさらさらなかったようだ。それはメンテを説き伏せるための口実であり、丸見えではくすぐったい同情の隠れみのに過ぎなかった。 ところがある日たまたま小さな機械兵士が診療所にやって来た時、メテオが診察を終える前に、横で見ていたメンテがあっという間に故障を治してしまった。 「すごく単純なネジのゆるみだよ。偶然ボクのいた所から落ちそうなネジが見えただけ。」 メンテはそう言って謙遜したが、メテオには分かった。こいつはものすごい機械技師だ。あの機械兵士には古代技術が複雑に組み込まれていて、ネジの一本でも下手に触れば再起不能になりそうだった。だからメテオは慎重に診察していたのだ。それをいとも簡単に。 以来メテオは、機械の患者が来るとメンテに治療を頼むようになった。メンテも機械いじりは得意だし、誰かの役に立てるのが嬉しかったから、喜んでその依頼を受けた。そうしてメンテは名実ともにメテオとギブアンドテイクの関係を結ぶことができた。 「はい、治療おしまい。」 メンテに言われて、機械竜はおそるおそる翼を広げ、ちょっと動かしてみて、ぱっと嬉しそうに口中の歯車を回した。 「わあ……動く!」 「しばらくはあんまり激しく動かしちゃ駄目だよ。それと油は定期的に差してね。」 「分かりました、メンテ先生。」 それから竜はお礼を言って、元気よく空へと舞い上がった。ものすごい風圧にひっくり返りそうになりながらも、メンテは手を振って患者を見送った。 「メンテ先生だってよ。」 メテオがにやあっと笑う。 「さしずめ機械博士ドクター・メンテってところだな。」 「や、やめてよメテオ。ドクターだなんてそんな。」 メンテは照れて顔を赤くする。 「ボクはマシンイーターに育ててもらったから、自然と機械の扱いを覚えちゃっただけで。」 そう言って自分の中で一線を引いておかなければ、本当にメテオと共に医者になってしまいそうなぐらい、診療所での生活はメンテにとって居心地が良かった。 ところで診療所にはメテオの他にもう一人常駐者がいた。メンテが診療所を訪れた時、最初に扉を開けて招いてくれた小さなドリームメイトだ。 「ボクはシュシュ。縁あってメテオのお手伝いをしているんだ。よろしくね!」 シュシュはくるくるとよく動き、書類や薬棚を整理したり、足りないものを調達しに出かけたり、食事を作ってくれることもあった。 時空の穴の手がかりに触れることすらできず、メンテがすっかり意気消沈していた時に、黙って温かい飲み物を持ってきてくれたのもシュシュだった。シュシュはメンテの傷心には深入りせず、代わりに自身が森で道に迷ったあげくドラゴンに遭遇し、なんとか仲間の力を得て危機を脱出した時の冒険譚などを、情緒たっぷりに語り聞かせてくれた。 「メテオってちょっと変わってるでしょ。」 ある一日の終わり。メンテが時空の穴探しの記録ノートを閉じた頃、洗い物の片付けをしながらシュシュが言った。メテオは机に突っ伏してうたた寝している。 「そうかもね。だけどいい人だよ。」 「そう。ほんとは誰よりも超獣の健やかな状態を願ってるのに、どうしてすぐにバァーカって言っちゃうのかなあ。」 カチャリカチャリと食器を収納していくシュシュは、何がどこに置かれるべきか全て把握している。だから形は疑問のその発言も、本当に答えを求めているわけではなく、メテオとシュシュの信頼に基づく言葉遊びのようなものだった。 メテオがうーんとうなってもぞりと動き、また静かになる。 「ボクはねメンテ。メテオがとっても優しい人だってすぐに気がついたよ。そういう手当てをしてくれたんだもの。友達と喧嘩したって理由でも、メテオはちっとも嫌な顔しないで治してくれた。モーも喜んでた。」 「モー?」 「うん、ボクの友達のドリームメイト。あれメンテ、モーのこと知ってるの?」 「あ、いや……どうだろう。同じ名前の人を知ってるんだけど。」 「ふーん? ボクの友達のモーはね、みんなから韋駄天って呼ばれてるよ。」 「韋駄天……。」 「モーはどんな困難に出会っても、誰より速く立ち向かっていくんだ。炎のように勇敢でありたいって、モーは言うよ。自然文明なのに火文明みたいで、面白いやつでしょ。」 「ホノオのように……。」 それは焔が守った世界に生きる超獣の心に、いつまでも赤く燃え続ける言葉だった。 メンテはうんとうなずいた。 「シュシュには素敵な友達がいるんだね。」 シュシュは嬉しそうに、えへへと笑った。 その日メンテは、対ドラゴン用虫歯治療器具の定期点検をしていた。そこにメテオがやって来て、ゴーグルを一つ差し出した。 「これちょっと調子悪いみたいなんだよ。見てくれねえかな。」 「うん、いいよ。」 メンテは虫歯治療器具にささっと片を付けると、メテオのゴーグルを受け取った。 「これの使い勝手はどう?」 ゴーグルの表側、それからひっくり返して裏側を眺めながらメンテが尋ねる。 「上々だ。メンテが調節してくれたおかげだな。ああ強いて言うなら、もう少しだけ視界が明るくなると助かる。」 「分かった。まかせて。」 メンテは工具箱から極小のドライバーを取り出して軽くゴーグルに突き刺した。と思う間もなく、メンテの手の中に小さなネジがいくつかコロンコロンと転がり込む。外れた部品の中身を拡大鏡で観察すると、一本の線が不自然にねじれていたので正しい位置に戻す。 ふと顔を上げると、メテオがメンテの流れるような手際を感心してのぞいていた。少しの憧れと期待のこもったその眼差しが、急に焔と重なって、メンテの胸はきゅっと締め付けられる。 すげえなあ、メンテは。いつもオレのグローブ直してくれて、ありがとな。 「どうした、メンテ?」 止まってしまった修理の手をメテオがいぶかしんだ。メンテは慌てて、いや何でもないよと作業を再開する。 「焔と一緒にいた頃のこと、ちょっと思い出しちゃって。」 そうか、とメテオは静かにうなずいてくれた。そして一拍置いた後、良かったら聞かせてくれよと言うので、メンテは少し意外そうにメテオを見つめた。 「炎のヒーロー、一撃焔の話をさ。」 「……うん。」 焔の武器もね、とメンテは再びドライバーを手に持ちながら言った。それは先程使ったものとよく似た形状だが、先端の形がやや異なる。メンテは今度はゆっくりと丁寧にネジを回した。 「ボクが作ってあげたんだ。初めて作ったグローブはその日の内に壊れちゃったけど。グローブで力を制御してる余裕もないくらい強い超獣が襲ってきたから。」 その後作り直したグローブを、焔がどんな風に使いこなしたか。火竜が浮かび上がる焔の攻撃。より高みを目指して完成させた新しい剣。武器の性能のことで喧嘩したこともあった。だけど最終的には仲直りして……。 言葉はとめどなく溢れてきた。それはとても懐かしく、それでいて昨日のことを思い出すように鮮明で、少し寂しかった。そこにとっぷりと浸りながら、細やかに機械の中を触るのは心地がよかった。 メテオは時々短く相槌を打つ以外、余計な口をはさまなかった。それが焔を思うメンテの孤独に対するメテオの処方だと、メンテが気付いたのはずっと後になってのことだった。 やがて修理も終わり、メンテは至福の時間をちょっと名残惜しく思いながらも、仕上がりには十分自信と満足をもってメテオにゴーグルを手渡す。 「お待たせ。これでどうかな。」 メテオはゴーグルを装着し電源を入れると、おっと声を上げた。 「バッチリだ。視界も明るくていい感じ。」 「良かった。」 「……なあ、メンテ。」 オレはさ、とメテオがゴーグル越しにこちらを見る。彼の左目の前には青く丸い光が生じていて、テスト起動中を表す「試」の文字が白く浮かんでいた。 「会えると思うんだ、きっと。」 「えっ?」 「もちろん確証はねえけどさ。このゴーグルを着けてると、なんか先まで見通せるような気がしてよ。きっといつかこいつを着けて、タメルやあいつらに会いに、また人間界に行けるように思えてくるんだ。」 メテオは少し寂しそうに微笑んだ。とても懐かしい記憶を、昨日のことのように鮮明に思い出している顔だった。 「……うん!」 メンテは強くうなずいた。 次 戻 「スケブのはしっこ デュエル・マスターズ」のページまで戻る カイの自己紹介ページまで戻る 夢と禁貨とバンカーと☆トップページまで戻る |