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 その日のデュエル・マスターズ地区大会は無事に閉幕した。会場となったショッピングモールの中は、楽しいイベントを終えた決闘者デュエリストと観戦者たちの、ゆったりとした余韻に満ちている。
 麻那タメルもそこに身を置く一人だった。彼の結果は初戦敗退だったが、その後に観戦した上位の試合はとても熱く、未だに興奮が抑えきれなかった。特にタメルの印象に残ったのは、準決勝第一試合、火文明の速攻デッキ使いのプレイングだ。デッキ自体はごく普通の作りで、特別レアリティの高いカードがあったとか、奇抜なコンボが炸裂したとかいうわけではない。ただ彼のカードを扱う姿――手札を引くときの丁寧な指遣いや、場に出す直前の一瞬カードを見つめる表情など――からは、まるで本当にクリーチャー達と一緒に戦っているような雰囲気が感じられて、タメルの心にちりちりと残って離れなかった。結局その人は惜しくも負けてしまったが、準決勝第一試合は間違いなく良い決闘デュエルだった。タメルと同じくらいの歳の、火文明速攻デッキ使い。その決闘者の名前は確か、一撃といった。
 だからタメルは、次第に日常の空気を取り戻しつつあるショッピングモールの、休憩ベンチに腰かけている一人の決闘者を見つけたとき、一撃選手だとすぐに分かった。彼もまた大会の余韻に心地よく浸りながら、手持ちのカードを眺めていた。
 タメルはどうしようか少し悩んだが、意を決してベンチに近づいた。
「あの……。」
「やっぱりお前は最高だぜ、ヴァルボーグ。」
 タメルがかすれた第一声を発したのと、一撃が独り言をつぶやいたのは同時だった。いや独り言というよりは、カードに話しかけたと表現したほうが正確だろう。それで一撃はタメルに気が付かなかったのだが、タメルは確信した。彼も自分のカードに、デュエル・マスターズに深く思いを寄せている決闘者だ。
 タメルは今度こそ気付いてもらえるようにすうっと息を吸い込み、
「君、一撃くんだよね?」
 発した声があまりに熱かったか、一撃はびくりと驚いて顔を上げた。
「じゅ、準決勝見てたよ! すっごい速攻デッキだったね! あんまりすごかったから、ごめん、つい話しかけちゃって……。」
 自分でも何を言おうかどう伝えようか、きちんと考える前に紡いでしまったタメルの言葉は、しどろもどろに聞こえただろう。けれども一撃はタメルの持っているデュエル・マスターズカードの束を見て、一生懸命に話すタメルの様子を見て、ああいいんだ、と先の驚きを決闘者同士の共感に変えた。
「お前も大会出てたの?」
「うん。でも一回戦で負けちゃった。」
「良かったらデッキ見せてくれよ。」
 一撃の申し出に、タメルの表情はパッと花咲いた。
「いいよ! 僕も一撃くんのデッキ見せてもらってもいい?」
 一撃の隣に座りながら尋ねると、彼はもちろんと答えた後、焔でいいよ、と言った。
「俺の名前は一撃焔っていうんだ。お前は?」
「麻那タメル。よろしくね、焔!」
 にこりと笑顔のデッキ交換が、二人の握手代わりだった。
 焔のデッキはヒューマノイドを中心に、スピードアタッカー、進化クリーチャー、除去呪文などがバランスよく組み込まれた構成だった。速攻で勝つと決めたその意思が一筋の芯となり、真っ直ぐ上を目指して燃える炎を体現したようなデッキで、タメルは気が付けばすごい……と言葉を落としていた。
「僕、こんなデッキに当たったらひとたまりもないや。ヒューマノイド、好きなの?」
 尋ねられ、最初返事をしなかった焔は、じっと見つめていたタメルのデッキから顔を上げ慌ててああと答えた。
「そうなんだ。特に好きなのは……こいつ!」
「機神装甲ヴァルボーグ。」
 焔がデッキから一枚引き抜いて見せてくれたカードは、タメルが話しかける直前に焔が手にしていたクリーチャーだった。そのカードの縁には所々に白い点が浮かび、表面には細かな傷が入っているのが見えた。それは数ヶ月やそこらの使用ではつくはずのない、深く重い共闘の証だった。
「ずいぶん使い込まれてるね。」
「へへ……まだカードプロテクターも知らなかった頃から使ってるやつさ。タメルの好きなカードは?」
 デッキをタメルに返しながら焔が尋ねた。僕は、とタメルはカードをぱらぱらと繰り、数枚を選び見せた。
「あれ?」
 タメルが差し出すカードを眺めていた焔が不意に声を上げた。
「ほとんど不死鳥スペクタクル・ノヴァ編のカードじゃん。それから……極神バイオレンス・ヘヴン編か。」
 タメルは言われて初めてはっと気が付いた。そうだ。これはみんな、メテオと一緒に作ったデッキに入れていたカードだ。不死鳥編や極神編のブースターパックが発売されていたあの頃。メテオが隣にいた頃の。
「タメルはこの編が好きなのか!」
「う、うん。そうなんだ。」
「俺もだぜ! この頃のクリーチャー、ほんとカッコいいよな。あっ、あのカードとか……。」
 言って焔は鞄からカードファイルを取り出す。見せてくれたのは、ビトレイヤル・ドラグーン、韋駄天モー、ドクガンリュー・パイン……。どれもタメルがよく知っているカードだった。デッキにどう組み込めばいいのか戦略を考え、彼らの活躍する姿を想像し、何度も何度も手にしたクリーチャーたちだった。
「僕もこのカード、好き。」
「本当か!? じゃあさじゃあさ、これは?」
 焔が見せてくれるカード一枚一枚に、タメルだけの思い出があった。それはきっと焔もそうだった。二人はそれぞれのカードとの出会い、どんなデッキに入れようか考えたこと、実際に決まったコンボ、イラストやフレーバーテキストの好きなところを夢中になって語り合った。
 ただ、タメルの話には一つだけ欠けている部分があった。それらのカードをタメルと一緒に覗き込んでいた、ドクター・メテオの姿だ。
 ドクター・メテオは、デュエル・マスターズの世界からやって来た医者だった。人間に間違った使い方をされ、傷つき病んだ超獣たちを治療するために、こちらの世界に来たと言う。荒っぽい口調と過激な態度の少年で、タメルも何度彼の特大注射器で殴られたか分からない。しかしその根底にあるのは、超獣の健やかな状態を願う医師の優しさだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
 メテオがいなければ、タメルが今こうしてデュエル・マスターズの大会に出場していることもなかったかもしれない。デュエル・マスターズカードで遊び始めた頃、全然勝てないのでもうやめようかと思っていた、ちょうどその時に現れたのがメテオだった。彼はタメルに傷ついた超獣を見せつけた後、どうすれば超獣を癒せるか、つまり決闘に勝てるか、助言と導きをくれたのだった。何度も何度も。タメルが新しいカードに出会う度、そのカードの能力をもてあまし誤った方向にクリーチャー達を動かそうとする度、メテオが道を正してくれた。
 だからタメルとカードの思い出は、本当はメテオ抜きには語りえない。けれどもデュエル・マスターズ界に友達がいるんだと焔に打ち明けたところで、一笑に付されるか、良くて不思議そうな顔をされるだけだろう。
 それと、メテオのことを話しにくいもう一つの理由があった。タメルはメテオときちんと別れができていないのだ。メテオはある日を境に突然いなくなってしまった。期せずしてメテオが側にいる最後となった決闘のことを思い出すと、タメルの胸はきゅっと締め付けられる。
「俺、ちょっとアイス買ってくる。」
 話が一段落した後、焔はそう言って立ち上がった。自販機コーナーに向かい、しばらくして戻ってきた彼は二本のアイスをタメルに見せ、
「ソーダとバニラ、どっちが好き?」
 にいっと笑うので、タメルも喜んでお礼を言った。
 デュエル・マスターズイベントの撤収作業はもうほとんど終わっていた。タメルと焔は自販機アイスの包装紙をぺりぺりとめくり、これ時々アイスに紙残るよねなどと会話しながら、ショッピングモールの日常に溶けていく。
 ベビーカー一体型のカートに子供とたっぷりの買い物袋を乗せた家族連れ。ファッション小物の専門店を指差しながらきゃあきゃあはしゃいでいる女子高生。
 タメルはアイスをかじりながら、ぼんやりと空気を眺める。
 四、五人で固まっている少年たちはデュエル・マスターズ大会の帰りだろうか。今は携帯電話の店にたむろして、最新機種の試験台を皆でのぞきこんでいる。
 奥の方にあるポップな看板の歯科医院から出てきたのは小学校中学年くらいの少年とその母親だ。どこかうきうきとした様子の少年は、もう虫歯ないんだって、と母に報告していた。頑張ったねと温かい言葉が返ってきたので、少年は白い歯を見せて嬉しそうに言う。
「うん。ボク、もうお医者さんいなくても、大丈夫!」

「タメル!」
 不意に焔が大声を出したのでタメルはびっくりしてベンチに戻ってきた。いや、焔は何度かタメルの名前を呼んでいたようだ。
「大丈夫か、タメル?」
「う、うん。何でもないよ。どうしたの?」
「えーと……。」
 焔は話すリズムを失ったらしく少し迷ったが、タメルはさあ、とおもむろに口を開いた。
「アイス五百本って食べたことある?」
「アイス五百本?」
 突拍子もない質問だったのでタメルはちょっと吹き出し、そんなたくさんのアイス見たこともないよと答える。
「焔はあるの?」
 尋ね返すと焔はそれには答えず、少し間を置いた後、俺さ、とどこか寂しそうにつぶやいた。
「デュエル・マスターズ界に友達がいるんだ。」
 焔が続けた言葉に、タメルはどんな驚きの音をあげたのか自分でも聞こえないほどに驚いた。ただタメルを見つめる焔が少し眉を上げていたので、余程すっとんきょうな声を出してしまったんだなということは推測できる。そこまで反応を見せてしまったのだから、もう乗りかかった船だった。タメルはごくりと乾いた唾を飲み込み、
「ぼ……僕もだよ。」
 震える声でやっとそう言うと、今度は焔が目を丸くした。一笑に付されるか、良くて不思議そうな顔をされるだけだと思っていたのだろう。
「えっ……お前も!?」
 タメルの手に持つアイスから、雫がぽたりと流れて落ちた。
 思いがけない共通点を見出だした二人の決闘者の長い長い一日は、ようやく折り返し地点に差し掛かったところだった。















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