*10*


 アバターを追い、は林の中を歩いていた。辺りは暗く、様子は分からない。松明の光はいつの間にか消えてしまっていた。だがアバターがここに逃げ込んだことは間違いない。神経を研ぎ澄まし、辺りの様子を探る。がさりと茂みの揺れる音がして、はちょっと迷ったが、意を決し音のした方向に火を放った。針金のような閃光が枯れた草の上でばっと花開いたかと思うと一瞬の姿を作り、燃え盛った。
 炎の中にアバターの姿が浮かび上がった。
 はぞくりとする。アバターはもう、優しい叔父の顔などしていなかった。青白い呪いに少しの驚きを足した表情で、アバターはを見下ろしていた。
……記憶を失っても、その力は健在だったか。」
 枯れ草が燃え尽き、辺りは再び闇に包まれる。さっと空気が動き、アバターの逃亡を感じ取ったは逃すものかと慌てて二匹目のを放った。が、それは生木に当たり、あえなく鎮火する。瞬間、は後ろ手に手首を捕まえられた。そのまま頭を押さえつけられる。手負いの身体がズキンと痛む。
「本当は、お前と手を組みたかった。ヴァンにはすっかり嫌われちまったし……もしかしたらって思っていたのかもしれない。とっくに戻れなくなっちまってたのに、俺は、くだらない償いを。」
 アバターが何を言っているのか分からない。は逃れようと必死にもがいたが、大人の男の力にかなうはずもなかった。強制的に視線を地面に向けさせられているのでアバターをにらみつけることも出来ず、放った炎はいたずらにの足元を焼くだけだった。
「先に裏切ったのはお前だからな。お前はもう、バンカーとしての敵でしかねえ。」
 あばよ、とアバターの言葉がひやりと首筋に落ちる。は息を飲み、カラスミ様、と声にならない叫びを上げた。その時、
究極武装アルティメット・アームズ! 硬化!」
 聞き覚えのある重低音、今のが最も聞きたかった声が、林の暗闇を切り裂き真っ直ぐにアバターを貫いた。
 アバターは悲鳴をあげる余裕もないほどの強い衝撃を受けて大きく吹き飛び、もそれに引きずられて地面に叩きつけられたが、アバターの拘束からは解放された。黒いマントがの側をはためき通り、アバターとの距離を一気に詰めて襲いかかった。ずどんと再び走る衝撃。
「二つの鍵を渡せ。」
 衝撃音が消えた後、カラスミの静かな声が聞こえた。彼の後ろ姿は、虚しく草木を焦がした残り火にぼんやりと浮かび上がっていた。伏したの側でもその火は弱々しく揺らめき、それでいて十分に危険だった。は身じろぎ、その火から離れる。熱い。そのまま立ち上がろうとしたが、ぼろぼろの体は言うことを聞かなかった。
「渡さぬというなら、奪うまでだ。」
 カラスミがアバターにそう伝えている。アバターの姿は見えないが、おそらくカラスミの足元に横たわっている。少し間があって、ぎゃっとアバターの悲鳴が聞こえた。黒い空気が震えた。
 カラスミはかがみこみ、しばらく探った後、ゆっくりと立ち上がって、そのまま動かなかった。
「カラスミ様……。」
 絞り出した声にはねっとりと鉄が混ざっていて、はげほげほと咳き込んだ。カラスミは背中を向けたままだ。
 破片のような炎が、わずかな燃料にしがみついて揺れている。死にかけなのは瞭然なのに、近付いた者にはぱくりと食らいつく。は足首に炎の牙が当たるのを感じて、びくりと体勢を変えた。起き上がることはできない。
 カラスミが動いた。カラスミはこちらを向き、そしてに歩み寄った。伏したの側に立ち、彼はを見下ろしている。はなんとか顔を上げ、かすれた声でもう一度、カラスミ様と呼んだ。
「鍵……は。」
 カラスミは、少しの時間応えなかった。その表情は消えかけの炎で照らすにはあまりにも暗く、ただ眼孔の深い闇がに向けられているのが分かるだけだった。
 かん、と金属が地面に当たる音がした 。が目をやると、鈍く光る白い鍵がそこに転がっていた。
「それはホワイトキーではない。」
 カラスミは短くそう告げた。は驚き、戸惑い、言葉を失ったまま、カラスミを見上げた。深い闇の中に一瞬真紅の閃きが見えた気がした。
「それは俺が探しているものではない。」
 カラスミはもう一度事実を突き付けた。
 疑問。謝罪。後悔。疲労。再び疑問と謝罪。に言葉を発せられるはずもなかった。呆然とするに、カラスミはきびすを返した。
「カラスミ様!」
 はめまいのするような痛みにも構わず、半身を起こして呼び止めた。カラスミは立ち止まり、振り返り、じっとりとを見た。
……。」
 暗くてカラスミの表情は見えないのに、は背筋が凍るのを感じた。
「アバターに敗けたんだな。」
「……はい。」
「では、もうお前に用はない。」
 我が配下に、弱者は要らぬ。
 先程まであんなにも聞きたかった声が、最も聞きたくない言葉を紡いだ。
 それはカラスミから何度も聞かされた言葉だった。だからは強くなろうと努力した。火を放ち、炎を上げ、カラスミのために戦った。だが、それでもまだ、足りなかったのだ。は弱者だ。さらに今となっては、ホワイトキー入手のための役割も失っていた。は、カラスミにとって、必要のない者。
「カラスミ様……もう一度、チャンスを。どんな罰も受けます。だからどうか。」
「去れ、。」
 の願いは退けられた。カラスミの命令は絶対だ。もうカラスミの傍にいてはいけないのだ。は頭が真っ白になった。 混沌とした感情が内から膨れ上がり、抑止という単語を浮かべる間もなく一気に弾けた。
 次の瞬間、突如巨大な爆発が起こった。閃光、轟音、熱風。は吹き飛ばされ、上にいるのか下にいるのかも分からなくなった。ただ木々が激しく燃える音と、殺意をむき出しにした空気に皮膚が焼かれるのを感じた。

 熱い。

 最後にそう思い、の意識は途絶えた。


To be continued...

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