*9*


 真夜中。カラスミ一行は静かに宿屋を後にし、ココット町の暗い街道をの旧家に向かって歩いていた。は道案内をしなければという使命感を抱いていたが、宿を出るとすぐにカラスミが先頭に立った。どうやら彼には道が分かっているようだ。達は、粛々とカラスミの後に付き従った。カラスミが持つランプの光だけが、ぼんやりと行く先を照らしている。
 アバターの存在を確認したら、はあたかも叔父との約束を忠実に守りに来たかのようにブラックキーを渡す。そのまま二つの鍵で開く扉のもとに案内させ、ホワイトキーも扉も本物であることが分かり次第アバターから全てを奪う。
 は作戦を何度も反芻はんすうした。
 道中、モッツァレラが黙っての隣に来て、手をつないでくれた。はその手をぎゅっと握り返した。

 カラスミからランプとブラックキーを受け取り、はひとり、焼け落ちた家の跡地に向かった。すぐ近くでカラスミ達が見守ってくれていることを頭では分かっていても、闇の中からゆっくりと這い上る不安がの心臓に触れる。ランプに入った小さな灯火だけが唯一の味方のようだったが、それは頼りなげに揺れていた。
 旧家の跡地に立ち、しばらく待っていると、松明の光がに近づいて来た。アバターだった。
……来てくれたんだな。叔父さん嬉しいよ。」
 アバターのそれはそれは優しそうな微笑みが炎に照らされた。それからアバターは、あの頃もとヴァンは俺によくなついていて、と昔この家がまだあった時に行なった食事会の話などしだしたから、はしびれを切らしてアバターさん、とさえぎった。
「ヴァンさんが説明した通り、は記憶を失くしています。ヴァンさんのことを兄だとは認識できないし、あなたのことも全く覚えていない。」
 アバターは少し驚いたような顔でを見つめた。きっと彼の知るは、こんな冷たい物言いはしない可愛い姪っ子だったのだろう。だが今のはカラスミの忠臣。過去のことなど、関係ない。
「あなたの持っている、もうひとつの鍵はどこ。」
 アバターの優しそうな表情はうっすらと悲しみに覆われ、やがて狡猾なバンカーの嘲笑に変化した。
「へっ……そうだな。早いとこ仕事を片付けちまおう。こそ、ちゃんと鍵は持ってきたんだろうな。」
 言いながらアバターは、懐から鈍く光る白い鍵を取り出した。それはアバターの手の中に半分以上隠れていたが、大きさや凹凸の付き方など、の持つ黒い鍵とよく似ているようだった。
 ホワイトキー。カラスミ様の悲願。
 ははやる心を抑え、ゆっくり息を吸って、吐いた。あたかも叔父との約束を忠実に守りに来たかのように、はブラックキーを取り出し、差し出す。後に奪い返すつもりであるとはいえ、カラスミの大事なそれをアバターの手の上に預ける時には、不安と嫌悪にぎりぎりとさいなまれた。表情を必死に隠して、は手を離す。
「おお……これが、もう一つの鍵か……!」
 アバターは二本の鍵を手にし、感嘆のため息をついた。焦ってはいけない。このままアバターを泳がし、扉まで案内させるのだ。焦ってはいけない……は自分に言い聞かせ、アバターが感慨から戻って来るのを待った。
 強烈な殺気を感じたのはその時だった。憎々しげな視線と共に、激しく地面を蹴り走る音が迫り来て、一つの影がに襲いかかる! 振り下ろされた棒状の武器を、は危ういところで飛び避けたが、敵の攻撃は持っていたランプにかすって、の唯一の味方はあえなくはじけて消えてしまった。
 謀られた、とは悟った。アバターもバンカーだ。やはり無策で来るはずはなく、を裏切って二つの鍵を自らだけの手中に収める算段を隠し持っていた。がぎろりとアバターをにらみつけると、
「謀ったな、!」
 アバターが叫び、がえ? とつぶやいたと同時に、敵の第二撃が始まった。
「迎撃しろ!」
!」
 聞こえたのはカラスミの声、そしてタンタンメンの声だ。だが、最初一人かと思われた襲撃者の数はどうやら複数で、敵がどちらにいるかも判別できない暗闇の中、はカラスミ達の加勢を得る前に後方から鈍い一撃を受けた。吠える幾人かの男の声。ぐわんと沈む視界に、は逃亡するアバターの松明を見た。
 カラスミ様の鍵が、奪われる。
!」
 聞こえたのはピロシキの声だ。は地面に肩から激しくぶつかったが、アバターの逃げた方へ向かい、転がるようにして立ち上がった。
 カラスミ様の鍵を返せ!
!」
 聞こえたのはモッツァレラの声だ。突き刺すような痛みが身体に走った。
 アバターを逃すな、、追え!
 カラスミの声が聞こえたのか、それともカラスミの声を借りて自分で自分を鼓舞したのか、定かではなかった。
 混戦の悲鳴を背中に、は今にも見失いそうな小さな小さな松明の光を追いかけた。


To be continued...

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