「、たき火の用意できたよー。火つけて。」
モッツァレラの声がした。は振り返り、そこに積まれたたきぎの山をちょっとにらんだ。一瞬閃光が走り、ぼっと音がしたかと思うと、たきぎはすでに炎に包まれていた。モッツァレラはありがと、と軽く礼を言った。 「がいると本当に楽でしゅね。」 ちょうど水くみから帰ってきたピロシキが、タンタンメンに話しかけた。 そう、これがの能力。たちの旅に火打石の類は必要ない。なぜなら自身が火打石だからだ。彼女はどんなところにでも火が出せた。たきぎだろうが、森だろうが、家だろうが、関係ない。の意思に応じて炎は踊り、そして何もかも飲み込んだ。何もかも。 タンタンメンは、ああと短くピロシキに答えると、食料袋から干し肉の切り身をいくつか取り出し、木串に刺し通すと、早速の火でそれを炙り始めた。 じりりと肉の焼けるいい匂いが漂う。夕闇の足音が聞こえる森はひっそりと静まり、たき火の明かりはその中にぽっと浮かんでいた。ふと木々を仰ぐと、梢の間から夜空とも青空ともつかぬ微妙な薄紫色の空が見えていた。きれいな色だった。 ピロシキはタンタンメンと同じくたき火の側に座りこみ、自分も肉を焼き始めた。モッツァレラは地面に虫や変なものが落ちていないか入念に調べてから、座った。続いてもたき火を囲んだ。 「カラスミ様、どうぞ。」 干し肉に良い焼き色がついた頃、タンタンメンはそう言って隣に座っていたカラスミに串を差し出した。カラスミは少しタンタンメンの方を見たが、 「いや、いい。お前が食べろ、タンタンメン。」 「しかし……。」 「今はあまり腹が減っていない。いいから、食べろ。」 タンタンメンは少しだけためらったが、素直に手を引っ込めると、それではいただきます、と肉を口に運んだ。 「タンタンメーン。モッツァレラにもお肉焼いてちょーだい。」 「自分で焼け。」 「……なによそれ。あんた、もうちょっと女の子に優しくできないわけ?」 「まあまあ。モッツァレラにはぼくのをあげるから。」 二人の会話が怒鳴り合いに発展する前に事を制したのはピロシキだった。彼は美味しそうな焦げ目のついた肉をモッツァレラに渡すと、さらにいくつかの干し肉を串に刺し、 「にも焼いてあげるでしゅね。」 にこりと笑った。 「ピロちゃん優しいー。どっかのけちんぼとは大違い。」 皮肉たっぷりに言うモッツァレラを、タンタンメンはなんだと、とにらみつけた。すかさずモッツァレラも、なによとにらみ返す。 「もう……やめなよ。も、も。」 半ば苦笑しながらが止めると、二人はふんっと互いにそっぽを向いた。いつもの光景だ。これはこれで仲が良いんだから不思議だよなあと、は心の中でこっそり笑った。 「はい、焼けたよ、。」 ピロシキが串を差し出した。 「ありがとう、。」 は礼を言い、それを受け取った。 それからピロシキは、ちらっとカラスミの方を見た。だが、先ほどのカラスミとタンタンメンとのやり取りはピロシキも見ている。余計な世話はかえって失礼だと判断したのだろう、ピロシキは何も言わず自分用に三串目の肉を焼き始めた。 カラスミは黙って火を眺めていた。はもぐもぐと口を動かしながら、そっとカラスミの様子をうかがう。彼の赤い瞳の奥には、たき火の炎がゆらめいていた。冷徹な表情はその光に濡れ、どこか、哀しそうにも見えた。 この男がの命の恩人だった。カラスミはを死の淵から救い、すべてを失ったに生きる意味を与えてくれた。そう、は本当にすべてを失っていた――自分の過去をも。の記憶は、カラスミに救われた所から始まっていた。それ以前のことは何も覚えていなかった。カラスミがいたからこそ今のがいるのであり、だからはカラスミに畏敬の念と信頼の情を寄せ、絶対の忠誠を誓っていた。他の三人――タンタンメン、モッツァレラ、ピロシキと同じように。 「ぼく思うんだけど、の火って、」 一定の間隔で火にかざした肉をくるくると回しながら、ピロシキがつぶやいた。 「なんだか生き物みたいに見えるんでしゅよね。」 「生き物?」 は目の前のたき火を眺めた。炎はパチパチと音を立てて燃えている。それはそうすることしか知らぬかのように、ただゆらめき、煙を噴き出し、踊っていたが、命ある踊りではなかった。 「ああ、違うでしゅよ。もう燃えだした火じゃなくて、が火を出した瞬間の火。あれが何か生き物みたいに見えるんでしゅ。」 不思議そうに炎を観察しているを見て、ピロシキは付け加えた。 自分が出した瞬間の火についてなんて深く考えたこともなかったは、ふーんとしか答えられなかった。何かって何? と話を聞いていたモッツァレラが横から尋ねる。ピロシキは少し考え、 「……。うん、に見えるでしゅ。」 上手い例えを見つけたらしく、顔を輝かせてそう答えた。 「ああー、言われてみればそうかも。あたしもの火、そんな感じに見えたことある。」 モッツァレラも賛同した。 「そうなんだ。自分では分かんないな。そんなつもりで火を出したことないから。」 「じゃ無意識であんな形の炎になるんでしゅか。」 「すごーい。かっこいいじゃん! 炎のなんて。……あっ、そういえばさあ、もなんかっぽいもんね。」 「えー、そう?」 「そうだよ。ほら、目が赤いとことかさ。」 「目が赤いのとは関係ないだろう……。」 それまで黙々と食事を続けていたタンタンメンが、ぼそりと言った。ちょっと思っただけじゃない、とむくれるモッツァレラ。 「でもぼくもはっぽいってちょっと思うでしゅ。目も、みたいにすてき。」 「ほら、ピロちゃんもあたしと同じ意見。」 「だから色は関係ないだろ。」 は一口肉をほおばると、ふふっと笑った。 「まあ悪い気はしないな。って嫌いじゃないから。」 「がだったら、」 モッツァレラが思いついたようにピロシキの顔を見た。 「ピロちゃんは何かしら。」 「ぼ、ぼくを動物に例えるとでしゅか?」 モッツァレラはうーん、と考え込んだ。もピロシキを眺めてみる。四人の中で一番身体が大きくて、力持ちで、優しい。彼を動物に例えるなら……。 「熊」「熊」 パチッと火の粉が二つ飛んだ。 とモッツァレラはぶつかった言葉と重なった意見に顔を見合わせ、同時に笑い出した。 「あはっ、分かってるー。」 「もね! じゃは熊で決まり決まり。」 「まあもっと言うなら、白熊だな。」 タンタンメンが言った。なんで? とモッツァレラが問う。 「分かった。ツンドラだからだ。」 が横から答えると、タンタンメンはうなずいた。なるほど、氷使いのピロシキには白熊の方がふさわしい。 ピロシキ本人はというと、喜んでいるのか、照れているのか、顔をちょっと赤く染めていた。 「へへ。じゃあ、タンタンメンは、そうでしゅねー……。」 彼は一度タンタンメンを上から下まで眺めると、鷲かな、と遠慮がちにつぶやいた。 「ええーっ、鷲ー? こいつがー? そんないいモンじゃないわよー。」 「モッツァレラ、それどういう意味だ。」 「だ、だめだったでしゅか? ごめんでしゅ。」 「ううん、だめじゃないよ、。いいじゃない、鷲。」 ねえ、とはタンタンメンに同意を求めたが、彼は黙って肉の最後のひとかけを口に入れると、串をぽいと火に投げ込んだだけだった。もしかすると鷲はお気に召さなかったのか。だが、たき火の光に赤く照らされた彼の横顔には、まんざらでもない表情が浮かんでいた。それでは一安心して、ふと顔を上げると、ピロシキもタンタンメンの無言の表情に気付いたようだった。と白熊は、互いにこっそりと笑み交わした。 「……ねえねえ。あたし、あたしは?」 モッツァレラが身を乗り出した。そうだなあ、とはうなる。だが、 「ちょうちんあんこう。」 いくらも考えないうちに、タンタンメンが素早くつぶやいた。 「は? 何それ!?」 「ちょうちんあんこう、知らないのか? 深海に棲み、頭の突起を光らせて獲物を……」 「それぐらい知ってるわよ! そうじゃなくて、なんであたしがちょうちんあんこうなのよ。」 タンタンメンは何も答えず笑っている。するとピロシキが、あっとひらめいた。 「前髪……。」 「え?」 「いや、言われてみれば、モッツァレラの前髪がちょうちんあんこうの頭の突起と……。」 ぱちんと火の粉がひらめく間があった。直後、モッツァレラはちがうー! と叫んだ。 「似てないわよー! ピロちゃんひっどーい!」 「さ、最初にちょうちんあんこうって言ったのはタンタンメンでしゅよー。」 「タンタンメン!」 「お前が、自分を動物に例えるとって聞くから……。」 「それでどうやったらちょうちんあんこうなんて答えられるのよ。信じらんない。ちょうちんあんこうだなんて……」 「まあ、良いではないか。」 不意に割り込んだその意見に驚いて、四人は一斉に声の主に視線を集めた。それまで黙って火を見つめ、四人の会話を聞き流していたカラスミは、その時わずかに笑んでいたようにも見えた。 「ちょうちんあんこうも悪くないだろう。」 「……本当? カラスミ様。」 モッツァレラがおずおずと尋ねた。カラスミは目線だけを火からモッツァレラへちらりと移した。 「深海の闇に潜む勇気と、獲物をあざむく狡猾さも、時には必要だ。」 カラスミの声は低く静かで、いつもたちの中に深く響いた。 モッツァレラは少しの間その響きの余韻にひたっていたようだったが、やがてためらいがちに、 「カラスミ様がそう言うなら……ちょうちんあんこうも、いいかも。」 とつぶやいた。 カラスミはフッと笑うと、たき火越しに四人を見まわした。 「さあ、お前たち、食事が済んだら早く修行に移れ。特に、お前はもっと大きな炎を扱えるよう特訓しなければな。」 カラスミの視線はに向けられていた。はちょうど口に入れた干し肉を慌てて飲み込むと、はいカラスミ様、と返答した。 「それでは、お先に。」 最初に立ち上がったのはタンタンメンだった。カラスミの要求を一番始めに、しかも忠実に実行するのは、いつも彼だった。は木串を火の中に投げ捨てると、タンタンメンの背中を追った。モッツァレラもほぼ同時に立ち上がった。 「わわっ、待ってよみんなー。」 一歩遅れてたき火の側を離れたのはピロシキで、それでも彼はすぐに三人に追いついた。 そうして四人はもっと強くなるために、もっとカラスミの期待に応えるために、森の奥へ進む。 暗い木立の中に消えていく四つの小さな獣たちの影を、カラスミは炎の向こうに見つめていた。 To be continued... ←BACK NEXT→ ![]() |