はタンタンメンを指名した。
「オレか……まあモッツァレラと組むよりはマシだな。」
「ちょっとあんたそれどういう意味よ!」
「そのままの意味だが。」
「まあまあ二人とも。こんな所でけんかしててもしょうがないでしゅよ。」
 ピロシキが仲裁し、がくすくす笑うと、タンタンメンとモッツァレラに笑うな! と同時に怒られた。
 ともかく、とタンタンメンは共に行くことになった。
「じゃあ、また後で。」
 とタンタンメンは町の東側、あとの二人は西側から探索を行うことにした。

 ココット町は静かな町だった。二人が探索を開始した町の東のはずれには、いくつもの果樹園が広がっており、赤ん坊のこぶし程の大きさの青い実が鈴なりにぶら下がっていた。一人の中年女性が、その実を取ってはかごにいれ、取ってはかごに入れしていた。
「こんにちは。これはもう食べられるのですか。」
 は彼女に声をかけた。もちろんただの好奇心や雑談などではない。れっきとした情報収集の前段階としての会話だ。
「ああ、こんにちは。これはね、実を間引いているところなんだよ。養分が分散してしまわないようにね。でも、この小さな青い実も、このままじゃとても硬くて酸っぱくて食べられないけど、砂糖や塩なんかに漬け込めば美味しくいただけるんだ。ココット町の名物なの。ココット漬っていうんだけど、知らない?」
 タンタンメンがちらとを見る。だが、そのような特産品については全く記憶していない。女性に向かって愛想笑いを浮かべながら、は首を振った。
 気のいい女性は、それで二人のことを観光客か旅人だと判断したのだろう。ココット漬に色んな味の種類があること、また同じ味付けでも作り手ごとに微妙な違いがあり、特にどこそこの店で売っているものが絶品だとかいうようなことを親切にも語り聞かせてくれた。
 タンタンメンの袖の下で、青爪がかちかちと小刻みに鳴っている。苛立った時のタンタンメンのくせだった。は畑の女性に気づかれないように彼を小突き、話が一段落した所ですかさずありがとうございますと礼を述べた。
「ココット町には他にどんな名物がありますか。例えば……きれいな鍵が置いてある博物館とか、ないでしょうか。」
 はあ、と女性は首をかしげる。
「博物館は、ないねえ。ココット町と言えば、あとはやっぱり大聖堂かしらね。」
 女性が指したのは、ここからでも見える、あの中央の白い教会だった。
 達は大聖堂への道順を教わると、丁寧に礼を言って果樹園を後にした。

「まったく。あんなふうにだらだらと話を続ける女は嫌いだ。」
 果樹園の女性に声が届くか届かないかという所まで来ると、タンタンメンはずっと止めていた息を吐き出すかのようにそう言った。
「まあまあ、。おばさんに悪意はないんだから。」
「善意の塊だから余計に腹が立つな。いつまでも漬物の話を……。」
「はは。ココット漬について詳しくなっちゃったね。」
だって半分聞いてなかっただろ。それで、どうなんだ。漬物をきっかけに昔の記憶は蘇ったか。」
 そう聞かれると、辛い。は笑みを失いうつむいた。目線の先にあるこの道は、幼いがはしゃぎ駆け回った道なのだろうか。あるいはこの道を歩きながら眺められるこの景色は、かつて町の様々な場所から様々な角度で幾度となく眺めた景色なのだろうか。分からなかった。町の中央にそびえる白い大聖堂。それに群がるように肩を並べる家々の間を優しく縫って海へと向かう河の堤は、遠目からでもあちこちに見えた。何度眺めて見ても、この町の景色がに懐かしさを思い起こさせることはなかった。
 もし少しでも懐かしいと思えたら、鍵のことも思い出せるだろうか。それならばいくらでも懐かしいと思いたい。だがそう考えれば考えるほど、ココット町はから疎遠になっていく気がした。もとより、郷愁が考えによって得られるものではないということは、分かっていた。
 を黙らせてしまって、タンタンメンはちょっとすまなさそうだった。
「まあ……なんだ。その、ココット町も、数年前とは少し景色も変わったようだからな。以前はあそこにあんな建物などなかったし。」
「そっか。は、ココット町に来たことがあるんだよね。」
 タンタンメンははっとの方を見た。それをが知っていることが意外だったらしい。
「カラスミ様に聞いたの。禁貨ゴーグルのうわさがあったんでしょ。」
 とが添えると、ああ、とうなずいた。
「そうだ。だが結局何も見つからなかったから、ココット町に来たのはその一度だけだ。」
 そこまで話し、タンタンメンは言いよどんだ。が、やはり続けた。
「お前がカラスミ様と初めて会った日だ。」
「うん。」
 は自らの記憶のはじまりを思い出す。燃え盛る炎の恐ろしい場面。そこからを助け出したカラスミの腕の温もり。
、すごい火事の中にいたのを覚えてるんだ。もう少しで焼け死ぬところだった。そこにカラスミ様が現れて……。」
 半分独り言で、はつぶやいた。
もあの火事の中にいたの?」
 タンタンメンは首を振る。
「オレ達は遠目から見ていただけだった。カラスミ様の帰りを待っていたら、カラスミ様はぐったりしたお前を抱えて戻ってこられた。」
「そう……。」
 しばらく二人は黙って歩いた。再び開口したのは、珍しくタンタンメンが先だった。
……。あの火事の日のことを思い出せば、記憶は戻りそうか。」
 その時タンタンメンは、彼らしからぬ不安げな表情での方を見つめていたので、は正直言って驚いた。いつも冷静で隙がなくてすました顔をしているタンタンメンだが、彼もと同じようにまだ十年かそこらしか生きていない少年なのだった。
「うーん、分かんない。」
 間の抜けた返事だと思いつつも、はやっと回答した。そうか、とタンタンメンは視線をそらす。あどけなさの残る横顔は、何かを言おうか、言うまいか、迷っている様子だった。
 ああ、タンタンメンはあの始まりの記憶からのそれ以前の記憶を、ホワイトキーに関わるかもしれない記憶を引き出せるかもしれないと思っているんだ。そう判断したんだったら、そうすればいいのに。どうして迷っているのだろう。
、もしかして……のこと心配してくれてる?」
「なっ……!」
 タンタンメンの顔をのぞきこむようにして尋ねるから、彼は反射的に身を引いた。
「そういうわけじゃない! 記憶が戻らないのなら、火事の日のことを話す必要はない。さあ行くぞ!」
 分かりやすい図星だった。はふふと笑って、逃げるように先を行くタンタンメンを追う。やっと追いついてから、、と話しかけた。
「ん、なんだ。」
「あの日のこと、思い出したって全然平気だよ。だってあの日は大好きなカラスミ様と、たちみんなに出会った日なんだから。」
 タンタンメンは一瞬面食らったようだった。それから、呆れたように微笑んだ。



To be continued...

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