が言うと、モッツァレラは元気いっぱいにはいはーい! と手を挙げた。
「あたしとが組めばばっちりだもんね!」
「ふん、どうだか。すぐに寄り道したがるやつがいるからな。」
 誰のこと言ってんのよっ、と詰め寄るモッツァレラに対して、タンタンメンは素知らぬ顔だった。もとよりそれを承知の上で嫌味を言っているのだ。はピロシキと目を合わせると苦笑いした。
行くよっ! 男どもには絶対負けないんだから!」
「あっ、待ってよー。」
 先にすたすたと歩き出してしまったモッツァレラを急いで追うを、タンタンメンとピロシキは半ば同情するように眺めていた。それでも、モッツァレラが憎めないのは皆分かっているのだ。また後でね、とが手を振ると、ピロシキは手を振り返し、タンタンメンはそっぽを向いた。

 ココット町は静かな町だった。二人が探索を開始した町の東のはずれには、いくつもの果樹園が広がっていたが、モッツァレラはすたすたとそこを歩き抜けた。
「人もいないし、こんな所で情報収集なんて効率悪いわよ。虫も多いし。」
 というのが彼女の言い分。はモッツァレラの意見に従った。
 町の中央に向かってなだらかに続く坂道を下りながら、二人はあれやこれやとおしゃべりを楽しんだ。この前立ち寄った町で見かけた服が可愛かったとか、ピロシキが捨て犬を拾った話とか、カラスミの禁貨を狙ったもののとモッツァレラにあっさり撃退された先日のバンカーは弱かったけど顔はまあまあ格好良かったよね、とか。はもちろんタンタンメンのこともピロシキのことも大好きだが、同性ということもあってかモッツァレラといる時間は格別に気に入っていた。あんまり二人がおしゃべりに熱中しすぎて、タンタンメンに文句を言われたりピロシキを困らせたりすることもしばしばだった。
、どうしてるかなー。何かいい情報拾ったかな。」
「おや、ってば気になるんだ。」
 それから一呼吸置いて、
「ね、はさ、タンタンメンとピロちゃん、どっちが好きなの?」
「えっ。」
 モッツァレラのここで言う「好き」には特別な意味が込められている気がして、の頬はぽっと赤く染まる。
「そ、そんなの考えたことないよ。二人とも大好きだよ。」
「ふーん……。」
「そういうはどうなのよー。」
「えっ。あたしは……もちろんピロちゃんに決まってるじゃん! だーれがタンタンメンなんか!」
 が疑いの眼差しでほんとー? とモッツァレラの顔をのぞきこむと、モッツァレラはほんと! と語気を強めた。その頬は、やっぱり赤く染まっていた。
 そんなこんなで話をしているうち、二人は町の商店街に到着した。通りをはさんで、八百屋、肉屋、果物屋などの食料品店はもちろんのこと、薬屋、眼鏡屋、機械修理店、本屋、菓子店、服飾雑貨店など、様々な店が軒を連ねている。時刻はまだ昼を過ぎたところだ。昼食の片付けを済ませ商店街にやって来た町人たちは、皆ゆっくりと午後の買い物のひとときを楽しんでいた。
、聞き込み開始だよ!」
 町はずれとは違うにぎやかな空気を吸って、モッツァレラははりきり出した。うん! と返事をしてもモッツァレラに続いた。
 道行く人に、あるいは店の販売員に、二人はそれとなく話しかけ、こちらの事情を明かさず相手の情報を得られるように聞き込みを行った。白い鍵、バンカーの隠された宝、何でもいい、話の中で何か一つでも引っかかる言葉はないものかと、二人は無邪気な少女を演じ続けた。あわよくばの記憶の手がかりとなるものが見つかることも期待していた。
 だが、二人の努力空しく結局何も見つからなかった。
「はー、だめねえ。」
 ぐったりした様子でモッツァレラは道に置かれた長椅子に腰かけた。
「得た情報といえば、この町の名産品がよく分からない漬物だってことぐらいね。、あの漬物で何か思い出さないのー。」
 途中で寄った漬物屋で試食と共にそういう説明をされたのだった。ココット漬といういかにも名物らしい名のそれは、赤ん坊のこぶし程の大きさの青い実の塩漬けで、かじるとかなりしょっぱく、甘いような苦いようなとても奇妙な味がした。
「あんなの初めて食べたよ。」
 モッツァレラの隣に座り、同じように疲労のため息をつく。二人はそうしてしばらく会話をする元気もなく座っていたが、、とモッツァレラがふと呼びかけた。
「なんかいい匂いしない?」
 言われてみれば、甘く香ばしい匂いが辺りに漂っている。見回すと、すぐ近くに菓子の店があった。道に面した陳列棚の上方がそのまま店内とつながる売台になっていて、心地よく鼻をくすぐる香りはそこからもれているのだった。
「おいしそう! 行ってみよう!」
 の返事を聞く前にモッツァレラは立ち上がっていた。
 陳列棚の中には、食べ歩きには丁度良い大きさの、丸くてふわふわの焼き菓子がずらりと並んでいた。甘い香りがぐんと近くなって、は思わずこくんとつばを飲んだ。菓子には列ごとにチョコレート、クリーム、ココットクリームと名札がついており、それぞれ中身が違うらしかった。
「わあー、、ひとつ買っちゃわない?」
 モッツァレラが目を輝かせて問いかける。値段を見ると、子供のこづかいで十分買える金額だった。どうしようかな、とが悩んでいると、
「いらっしゃいませ。」
 細身の若い女性がやって来て、売台から二人に微笑みかけた。
「食べ歩きですか? 一個単位でお買い求めいただけますよ。」
「あっ、えーと。」
 買っちゃおうよ! とモッツァレラは目で訴える。店から漂ってくる匂いも、さあお食べよと誘っていた。はたまらず決心した。
「一個ください。」
「ありがとうございます。味はどれにしますか?」
「ココットクリームってなあに?」
 モッツァレラが尋ねると、店員は笑顔を絶やさぬまま答えた。
「ココット町名物のお漬物を、お菓子に合うように調味してクリーム状にしたものですわ。当店のオリジナルなんです。」
 の口の中に、甘苦い塩味が思い出される。モッツァレラも同じような顔をしていた。
「あたしは……普通のクリームちょうだい。」
 とモッツァレラ。
「じゃあはチョコレートで……。」
 店員はありがとうございますと言いながら二人にそれぞれの味の物を包んで渡してくれたが、自慢のココットクリームを選んでもらえず少し残念そうだった。
 たちは支払いを終えると、先程の長椅子まで戻り再び腰かけ、いただきまーすと一緒に口を開けた。
「あまーい! おいしーい!」
 目を細めるモッツァレラ。
 生地のふわふわ食感の後、とろりと舌に触れたチョコレートの甘さにもんー、と笑みをこぼした。
「おいしいねー。」
「ね、ね、。そっちも一口ちょうだい! こっちの一口あげるからさ。」
「いいよ。」
 二人は互いの菓子を交換して、一口頬張る。そしておいしいーとまた笑み合った。
「モッツァレラもチョコレートにすれば良かったかも。」
「クリームだって捨て難いよ。」
 うん、それもそうだと言いながらモッツァレラは自分のを受け取りのを返した。こういうことは甲乙つけられないものである。
「それにしても、ココットクリームってちょっと味を想像できないよねえ。あれをお菓子にするって、どういう発想なのよ。ねえ。」
「そうだよね。でもああやって売ってるぐらいだし、意外と美味しいのかも?」
「えー。じゃあ食べてみてよ。」
「えー。やだよ。普通のでいいです。」
「あっ、じゃあ、タンタンメンへのお土産にしよう! で、大丈夫だったらまた買いに来よ!」
「わあ……かわいそうな……。」
 二人は声を上げて笑った。それからもう一度お互いの菓子を食べっこし、内容のない雑談で笑い合った。穏やかな休息のひとときと、ふんわり甘い香りに二人は優しく包まれていた。


To be continued...

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