翌日。は部屋でぼうっとしていた。父は朝からいなかった。にとっては、それはそれで幸いだったかもしれない。昨日のことはもう引きずってはいない、と言うと嘘になってしまうから。
特に何かをする気分にもなれなくて、はぼんやりと宙を眺めていた。とその時、トントンと部屋の扉をたたく音が響く。 「はーい。」 誰だろうと思いながらは扉を開けた。扉の向こうにいたのは、銀髪の少年。 「リゾット!」 リゾットはに向かってちょっと微笑んだ。 「どうしたんだよ、リゾット?」 「いや、散歩でもどうかなと思って。忙しかったらかまわないけど。」 「ううん。ヒマしてたところさ。」 それならよかった、とリゾットは嬉しそうな様子を見せた。にとっても彼の訪問はありがたかった。これで憂うつな気分も少しは晴れるかもしれない。そういうわけで二人の少年は、一緒になって歩き始めた。 「リゾット、傷はもう平気なのか?」 「ああ、たいしたことない。の父上がきちんと処置をしてくれたから。」 言ってリゾットは、軽く左腕を動かしてみせた。それから今度は彼のほうから口を開く。 「、あの後怒られただろ。」 は少しドキッとした。 「な、なんで知ってるんだよ。」 「廊下まで聞こえてたぜ。『このバカ息子が!!』ってな。」 ああ、とはため息をついた。同時に、怒りの中、わずかに恐れと安堵の色を宿した父の顔を思い出す。さすがに、罪悪感がないわけではなかった。 「リゾットは? あれからなんか言われたりした?」 「うん……まあな。」 リゾットは決まり悪そうに苦笑した。 「怒られたよ……父上に。しばらくは謹慎だ。……それに、母上がとても悲しそうな顔をしていた。」 リゾットの表情に影がさす。 「心配かけてしまったんだ。みんなに。」 「……だから、あの時逃げればよかったんだよ。」 「あの時?」 リゾットが問い返した。 「バンカーたちと戦いになる前に、リゾットに言っただろう。先に城へ帰って兵士を呼んでこい、って。」 ああ、とリゾットは納得し、それからちょっと怒ったような顔でぼそっと言った。 「そんなこと、できるわけないだろ。」 「なんで。」 「……。……オレがいなきゃ、なんかすぐにやられてしまっただろうからな。」 一度は違う言葉を選んだが、やっぱり飲み込んでしまったような沈黙の後、リゾットはちょっと小バカにした笑みを浮かべ、から目をそらしてそう言った。少しカチンと来たはなんだと! と言い返す。 「リゾットだってがいなかったらやられてただろー。」 リゾットは小さく声をたてて笑った。もそれ以上は彼を責めることはしなかった。リゾットが本気でをバカにしているのではないことぐらい、には分かっていたから。 「なあ、ところであのバンカー三人組って、どうなったんだよ。」 少し気になったのでは尋ねた。 「ああ、もうとっくにお縄さ。あいつらのことは昨日、オレたちが浜を後にしてから、城の兵士たちが始末をつけてくれたらしい。」 「へえ、良かったじゃん。」 「うん、そうなんだが……。」 リゾットが手を口元に運び、なにやら難しそうな顔をした。 「妙なんだよな。」 「なにが?」 「いや、どうも父上の様子が変なんだ。バンカーたちはとっくに戦意喪失してるし、やつらが城に忍び込もうとした目的も洗いざらい聞きだしたはずなのに、なんていうか、焦ってる感じなんだ。」 「ふうん……。それだけバンカーが危険ってことかな?」 「あるいは、バンカーたちの言う『宝』に何かあったか……まあ、いずれにしろオレにはよく分からない。」 リゾットは小さく肩をすくめた。 「あー、でもさリゾット。昨日の戦いはホントに惜しかったよな!」 がため息とともに言う。リゾットは難しい顔をやめ、フッと笑った。 「の父上が現れなかったら、危なかったじゃないか。」 「で、でも途中まではいいところまで追いつめてたと思わないか?」 「それはそうだな。」 「、あんなふうに本物のバンカーと戦ったの初めてだった。こんなこと言うとまた父さんに怒られるかもしれないけどさ……」 は前後左右をキョロキョロ見回し、誰もいないことを確認してから、少し声を落としてリゾットにささやいた。 「本当は、ちょっとワクワクしてたんだ。」 リゾットはわずかに笑みをこぼす。 「嘘をつかないとしたら――オレもに同意する。」 「なーんだ、やっぱり。」 それから二人の少年は声を上げて笑った。 歩いているうちに、二人は中庭まで来た。中庭には誰もいなかった。ただ静かに噴水が水をたたえ、よく手入れされた植え込みの木の枝に、数羽の小鳥が止まっていた。隅のほうに並べられている武具は、今は誰にも使われることなく、整然としている。以前ここでリゾットと手合わせした時に借りた剣も、その中に見えた。 「もしあの時剣が折れてなかったら、」 はつぶやいた。 「どうなってたかは分からなかったかもな。」 「そうだ、そのことなんだけど、。」 思い出したようにリゾットはそう言い、それからどこかに座ろうか、ともちかけてきたので、二人は噴水の所まで行き、腰かけた。そこでリゾットは改めて話を切り出す。 「、剣が折れてしまっただろう。」 「うん。」 「それで、提案があるんだけど……。」 リゾットが腰につけていた剣を鞘ごとはずして取り出した。彼が剣を身につけていたのに、はその時初めて気づいた。 リゾットは剣を差し出した。 「受け取ってくれないか。」 「……えっ?」 噴水からこぼれ落ちる水が、澄んだ音を響かせていた。 はためらいを隠しきれないまま、目の前の剣とリゾットの顔を交互に眺めた。 「リゾット……それは、どういう……?」 「そのままの意味だ。この剣を、受け取ってほしい。」 はもう一度剣に目を落とした。それからそっとそれを手に取ってみる。 銀の刃がむやみにものを斬りつけてしまわないよう制御する力強い鞘は、なめらかで、使う者に違和感を与えない。さらにそこに複雑なパターンを織りなして彫り込まれた紋様と、さりげなくはめられた小さな宝石とが、その価値をより高めていた。 は剣を抜いた。剣は一瞬光を放ち、その剣身を日の光のもとにさらし出した。その美しさは、それを初めて見せてもらった時から全く変わっていない。持ち主を守る使命をおびた鷲は、剣の中で、今まさに空に飛び立ったところだった。本当に、素晴らしい剣だった。 は剣を再び鞘に収めると、リゾットのほうを向いた。 「でも、いいのかよ。なんかがこれもらっちゃって……。」 「お前の剣が折れたのは……オレにも責任がないわけじゃない。は、オレをかばってずっと相手の攻撃を受け続けてたんだろ。反撃することだってできたはずなのに。」 「……。」 「だから剣が折れた。半分はオレのせいだ。償う義務がある。」 「そんなことない! あれはが」 「それに!」 をさえぎり、リゾットは半ば叫ぶようにしていった。その剣幕に押され、は一瞬口を閉じたが、リゾットは何も続けようとしない。不思議そうな顔で彼を待っていると、リゾットはちらりとのほうに目をやり、またそらし、何をどう言おうか考えているようだったが、やがて息を吐き出し、とうとう口を開いた。 「は……行ってしまうんだろう、もうすぐ。」 「は!?」 唐突な彼の言葉に、は思わずリゾットのほうへ身を乗りだした。 「どういうことだよ、それ!」 「えっ!? ……まさか、聞いてないのか?」 逆に驚いたのはリゾットのほうだった。だから何なんだよ、とは少し荒い口調で問い返す。リゾットはすぐにはの質問には答えず、そうか、まだ知らなかったのか……などということをつぶやいていたが、やがてのほうに向き直った。 「オレは父上から聞いたんだ。たちが、もうすぐグランシェフを発つって。」 「そ、そんなの聞いてねーよ!」 「たぶん、の父上は後でに話すつもりだったんだろう。遅かれ早かれ。」 「……そんな。」 は黙りこんだ。様々な気持ちが次々に浮かんできたが、どれひとつとして言葉に表すことはできなかった。 「だからさ……」 少しの沈黙の後、リゾットがの手にしている剣に目をやりながらつぶやいた。 「に、オレの剣、受け取ってほしいんだ。」 は答えなかった。 一段と澄みわたった青い空の下、流れる水の音と小鳥の歌の中で、二人の少年はどちらから口を開くこともなく、ただ黙って、そこにたたずんでいた。 To be continued...
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