その後、ずっと中庭にいるわけにもいかなかったので、二人はいったん別れを告げ、は部屋に戻ってきた。剣は結局リゾットに返せないままだった。
部屋に入ってすぐ、父親が現れた。そして案の定、彼は息子にもうすぐグランシェフを発つことを告げた。 「急すぎるよ、父さん。」 はふてくされた顔で抗議する。 「ここに来て、まだちょっとしか経ってないじゃないか。」 「仕方ないだろう。もう決まったことだ。王様にもすでにお話したし、そもそもグランシェフは通過だけの予定だったんだからな。いつまでもガキみたいにブーブー言うんじゃない。」 「だって、そんなにすぐに出発しなきゃいけない理由なんて……」 言いかけて、ははっとした。そして口をつぐむ。の父はちらっと息子のほうを見、それからフッと笑った。 「心配するな。お前たちがしでかしたことが問題で追い出された、というわけではない。これだけ早く発つのは、父さんのわがままだ。 ……すまないな、。せっかく王子とも仲良くなれたのに。」 「い、いいよ、別に。」 父が申し訳なさそうにこちらを見たので、はそう答えた。 まあ、いいか。旅先の父さんの気まぐれは、今に始まったことじゃない。 はそう割り切ることにした。そして出発に備えて、少しでも荷物をまとめておくことにした。 旅立ちの日は、それからいくばかりもしないうちにやってきた。王に挨拶をすませ、城の兵士に見送られた後、父子はグランシェフ城の門まで来た。城は丘の上に建てられていたから、そこからは城下が一望できる。陽光のもと、建ち並んでいるたくさんの民家。豊潤な作物の実る、広々と肥えた大地。彼方には深緑の森が光っていた。平和を絵に描いたらこんな感じかな、とは思った。これが、グランシェフ王国。 「ー!」 と、背後から聞こえてきた声にハッとして、は振り返った。はたしてリゾットがこちらに走ってきていた。は立ち止まり、彼に向かって手を振る。 「リゾット! 見送りに来てくれたのか!」 「ああ、良かった。もう行ってしまったかと思った。」 リゾットはたちの所まで来て立ち止まると、ほっとして息をついた。 「最後に挨拶もできないようじゃ、悲しいからな。 ……本当に、いろいろありがとう、。お前と会えて良かった。」 真正面からそう言われ、は少し恥ずかしそうに頬をかいた。 「べ、別にそんな……改まって礼を言うようなことじゃないだろ。だって……リゾットと知りあえて、楽しかった。こっちこそ、ありがとう。」 照れくささを隠せないまま言葉を続けるに、リゾットはにっこり微笑みかけた。 それから彼は、の父のほうを向き、一礼する。 「先生にも、短い間でしたがお世話になりました。」 「こちらこそ。王子に剣術を教えられるなんて、光栄だったよ。これからももっともっと腕を磨いてくれ。」 「あ、それは……」 リゾットはちょっと気まずそうにのほうを見た。それからまた向き直り、 「今は、自分の剣がないもので。」 「なに?」 「オレの剣、にあげたんです。」 の父はを見た。そして彼は、息子が見慣れぬ剣を差していることに初めて気がついた。 「……父さん、、言ってなかったっけ?」 「……聞いてないな。」 一瞬気まずい空気が流れた。は剣をリゾットに返せと言われるのではないかと思った。の父は二人の少年を交互に見、しばらく開口しなかったが、やがてフッと笑みを浮かべて、に尋ねた。 「ちゃんとお礼は言ったのか。」 はハッとした。 「そうだ……リゾット! ホントに、本当にありがとう! こんなに立派な剣……」 「気にしないでくれ。それにその剣、確かにいい剣なんだけど、オレが持っているよりはが持っているほうが、より価値が高まると思うんだ。それで、もし良かったら……」 リゾットは一呼吸おいてから、言葉を続けた。 「その剣を見て、グランシェフのことを、オレのことを、思い出してくれたら嬉しい。」 それが彼の本音だった。 「当たり前だろ!」 は強く応えた。 「忘れるもんか。」 リゾットもの言葉にこくりとうなずいた。 「それじゃあ、そろそろ行くか、。」 父が促した。はうん、と答え、最後にリゾットのほうを見る。リゾットはちょっと微笑んだ。 「気が向いたら、いつでもグランシェフに遊びに来てくれ。」 「ああ! その時までにはきっと、リゾットにもらったこの剣、使いこなせるようにしておくよ。」 言っては、手を差し出した。リゾットは彼のその手をしっかりと握り返す。 「元気でな、リゾット。」 「ああ、も。旅の幸運を祈ってるよ。」 そして少年たちは手を解いた。 グランシェフ城にきびすを返し、父子二人は歩き出す。は後ろを振り返って、リゾットに向かい大きく手を振った。 「またなー!」 リゾットも手を振り返した。グランシェフの城を背景に、王子の姿は少しずつ小さくなっていく。彼はたちが見えなくなってしまうまで、ずっとそこを去ろうとしなかった。 「いい国だったな。」 父がつぶやく。傍らで、はうなずいた。 グランシェフの青い空を横切って、一羽の鳥が空を舞った。それは高く高く舞い上がったかと思うと、一瞬剣のようなきらめきを見せ、やがて銀色の雲の中に、すうっと姿を消した。 Fin.
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