*7*


 その後、ずっと中庭にいるわけにもいかなかったので、二人はいったん別れを告げ、は部屋に戻ってきた。剣は結局リゾットに返せないままだった。
 部屋に入ってすぐ、父親が現れた。そして案の定、彼は息子にもうすぐグランシェフを発つことを告げた。
「急すぎるよ、父さん。」
 はふてくされた顔で抗議する。
「ここに来て、まだちょっとしか経ってないじゃないか。」
「仕方ないだろう。もう決まったことだ。王様にもすでにお話したし、そもそもグランシェフは通過だけの予定だったんだからな。いつまでもガキみたいにブーブー言うんじゃない。」
「だって、そんなにすぐに出発しなきゃいけない理由なんて……」
 言いかけて、ははっとした。そして口をつぐむ。の父はちらっと息子のほうを見、それからフッと笑った。
「心配するな。お前たちがしでかしたことが問題で追い出された、というわけではない。これだけ早く発つのは、父さんのわがままだ。
 ……すまないな、。せっかく王子とも仲良くなれたのに。」
「い、いいよ、別に。」
 父が申し訳なさそうにこちらを見たので、はそう答えた。
 まあ、いいか。旅先の父さんの気まぐれは、今に始まったことじゃない。
 はそう割り切ることにした。そして出発に備えて、少しでも荷物をまとめておくことにした。

 旅立ちの日は、それからいくばかりもしないうちにやってきた。王に挨拶をすませ、城の兵士に見送られた後、父子はグランシェフ城の門まで来た。城は丘の上に建てられていたから、そこからは城下が一望できる。陽光のもと、建ち並んでいるたくさんの民家。豊潤な作物の実る、広々と肥えた大地。彼方には深緑の森が光っていた。平和を絵に描いたらこんな感じかな、とは思った。これが、グランシェフ王国。
ー!」
 と、背後から聞こえてきた声にハッとして、は振り返った。はたしてリゾットがこちらに走ってきていた。は立ち止まり、彼に向かって手を振る。
「リゾット! 見送りに来てくれたのか!」
「ああ、良かった。もう行ってしまったかと思った。」
 リゾットはたちの所まで来て立ち止まると、ほっとして息をついた。
「最後に挨拶もできないようじゃ、悲しいからな。
 ……本当に、いろいろありがとう、。お前と会えて良かった。」
 真正面からそう言われ、は少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「べ、別にそんな……改まって礼を言うようなことじゃないだろ。だって……リゾットと知りあえて、楽しかった。こっちこそ、ありがとう。」
 照れくささを隠せないまま言葉を続けるに、リゾットはにっこり微笑みかけた。
 それから彼は、の父のほうを向き、一礼する。
「先生にも、短い間でしたがお世話になりました。」
「こちらこそ。王子に剣術を教えられるなんて、光栄だったよ。これからももっともっと腕を磨いてくれ。」
「あ、それは……」
 リゾットはちょっと気まずそうにのほうを見た。それからまた向き直り、
「今は、自分の剣がないもので。」
「なに?」
「オレの剣、にあげたんです。」
 の父はを見た。そして彼は、息子が見慣れぬ剣を差していることに初めて気がついた。
「……父さん、、言ってなかったっけ?」
「……聞いてないな。」
 一瞬気まずい空気が流れた。は剣をリゾットに返せと言われるのではないかと思った。の父は二人の少年を交互に見、しばらく開口しなかったが、やがてフッと笑みを浮かべて、に尋ねた。
「ちゃんとお礼は言ったのか。」
 はハッとした。
「そうだ……リゾット! ホントに、本当にありがとう! こんなに立派な剣……」
「気にしないでくれ。それにその剣、確かにいい剣なんだけど、オレが持っているよりはが持っているほうが、より価値が高まると思うんだ。それで、もし良かったら……」
 リゾットは一呼吸おいてから、言葉を続けた。
「その剣を見て、グランシェフのことを、オレのことを、思い出してくれたら嬉しい。」
 それが彼の本音だった。
「当たり前だろ!」
 は強く応えた。
「忘れるもんか。」
 リゾットもの言葉にこくりとうなずいた。
「それじゃあ、そろそろ行くか、。」
 父が促した。はうん、と答え、最後にリゾットのほうを見る。リゾットはちょっと微笑んだ。
「気が向いたら、いつでもグランシェフに遊びに来てくれ。」
「ああ! その時までにはきっと、リゾットにもらったこの剣、使いこなせるようにしておくよ。」
 言っては、手を差し出した。リゾットは彼のその手をしっかりと握り返す。
「元気でな、リゾット。」
「ああ、も。旅の幸運を祈ってるよ。」
 そして少年たちは手を解いた。
 グランシェフ城にきびすを返し、父子二人は歩き出す。は後ろを振り返って、リゾットに向かい大きく手を振った。
「またなー!」
 リゾットも手を振り返した。グランシェフの城を背景に、王子の姿は少しずつ小さくなっていく。彼はたちが見えなくなってしまうまで、ずっとそこを去ろうとしなかった。
「いい国だったな。」
 父がつぶやく。傍らで、はうなずいた。
 グランシェフの青い空を横切って、一羽の鳥が空を舞った。それは高く高く舞い上がったかと思うと、一瞬剣のようなきらめきを見せ、やがて銀色の雲の中に、すうっと姿を消した。


Fin.

BACK




男性主人公夢小説メニューのページに戻ります