*5*


ーーーっ!!」
 ホワンが鉄球を振り上げるのが見えた。リゾットが自分の名を叫ぶのが聞こえた。そして次の瞬間、は自分の体が強く突き飛ばされたのを感じた。そのままどっと砂浜に倒れこむ。ほぼ同時に、リゾットもの隣に倒れこんだ。それで、ははっとした。
「リゾット!」
 おそらくリゾットは、の剣が折れたことに気づいたのだろう。自分の武器を失い、立ち尽くしているをホワンの鉄球から守るため、リゾットはとっさに自らの体もろとも、を突き飛ばしたのに違いない。
「リゾット、大丈夫か!?」
「あ、ああ。」
 起き上がりながら彼は答えた。続いても起き上がる。
「オレは平気だけど、。剣が……。」
「……しくじった。まさか折れるなんて……。」
 突き飛ばされた時に、わずかに刃の残った剣の柄も落としてしまっていた。からっぽになった手で、は拳を固く握りしめた。
「ごめん、リゾット。」
「いいって。気にするな。」
 リゾットはそう答えた。彼の言葉に、も思わず安堵する。
「おしゃべりしてる場合じゃねえだろー!?」
 少年たちはハッと振り向いた。ホワンが再び鉄球を振り上げ、こちらに勢いよく迫ってきていた。
「くたばれ、くそガキー!!」
「させるか!!」
 鉄球がたちめがけて襲いかかった。即座にリゾットが剣を持ち直し、ホワンの攻撃を阻止すべく飛び出す。柄を両手で握りしめ、彼は鉄球を受け流そうとしたようだった。ガキンと剣と鉄球がぶつかり合う。リゾットはそのまま鉄の玉を横に流そうとする。瞬間、リゾットがわずかにうめいた。そして彼の手から、剣が離れた。
「!!」
「リゾット!」
 リゾットの左手が震えていた。先ほど傷を負ったその手の力では、ホワンの鉄球の衝撃を吸収するには不十分すぎたのだ。受け流そうと構えた剣は、逆に鉄球になめ取られてしまった。弾き飛ばされ宙を舞う剣は、のそれと同じように、むなしく砂浜に打ちつけられた。
 ホワンが嫌な笑いをうかべた。
「さあ、どうする、小僧ども。武器はもうなーんにもなくなっちまったなあ。」
「くっ……。」
 少年たちはたじろいだ。の額を冷たい汗が流れる。と、リゾットが再び動いた。
「まだ……終わってはいない!!」
 ホワンに向かい、リゾットは大量の蹴りをくりだした。森の中で見せてもらったあの技だ。素早く、鋭い蹴りがホワンに襲いかかる。よし、いけるぞ! は思った。だが、
「……どうした王子様。まったく効かねえぜ。」
 ホワンは蹴り続けるリゾットの足をがっとつかんだかと思うと、思い切り彼を突き飛ばした。なすすべなく、リゾットはのほうに吹っ飛ばされる。
「うわああっ!」
 は彼を受け止めようとしたが、勢い余り、二人は一緒になって砂浜に転がった。
「ううっ……いてて。」
「ふふ……ハーハハハ!! 小僧どもがこのバンカーホワン様にたてつくからよ!」
 伏した少年たちを、ホワンとマオタイが見下ろしていた。は倒れこんだまま、彼らをにらみつける。
「なんだあ、その目は!?」
 言って、マオタイがを蹴りつけた。突然飛んできた男の足に、は小さくうめき声をあげる。
……。」
「遊びは終わりだ。」
 鈍く輝く刃物のような声で、ホワンは低くつぶやいた。そして二人のバンカーたちは、少年たちに狙いを定めてそれぞれの武器を構える。
「あばよ、小僧どもー!」
 はぎゅっと目を閉じた。瞬間、耳元を風が吹き抜ける。誰かの気合の叫び声が聞こえた。それから、バンカーの悲鳴が聞こえた。
「え……?」
 はそっと顔を上げた。
 目の前の男の数がいつの間にか一人増え、三人になっていた。男たちはとリゾットのすぐ側で、乱戦をくりひろげている。横ではリゾットがと同じく、あぜんとしてその光景を見つめていた。
……あれは、もしかして……」
 リゾットが言葉を続けようとしたその時、男たちの戦いの中に銀の閃光がきらめいた。剣が光をはね返す時のきらめきだった。そしてそれは、がよく知っているきらめきだった。
「父さん!!」
 は叫んだ。
 の父は、ホワンが操る鉄球を身軽に避けつつ、マオタイのこん棒をはじき飛ばした。高く空へと舞ったそのこん棒が地面に落ちる前に、彼はマオタイに接近し、鋭い一撃を放つ。ぐはっとうめいて、マオタイは崩れた。さらにの父は攻撃直後のスキを狙いせまってきたホワンを剣でけんせいしたのも束の間、素早く相手の懐に飛び込み、拳を一発、腹に入れた。
「か……はっ!」
 ホワンの体がどさりと砂浜の上に落ちた。の父はしばらく剣を構えたまま警戒を解こうとしなかったが、男にもう戦う力が残っていないことを知ると、ゆっくりと剣を鞘に収めた。
「大丈夫か、二人とも。」
 の父が振り返った。砂浜に倒れたまま、ぽかんとして目の前の出来事を眺めていた少年たちは、彼の声にハッと我に返った。
 二人が無事なのを確認すると、の父はほっとして小さく息をもらした。それから今しがた倒した男たちを見、爆弾と激しい戦闘によっていびつな形になった砂浜と、そこに落ちていた二本の剣を見、そして、もう一度傷だらけで倒れている少年たちのほうに顔を向けた。
「……何があったんだ。」
 は答えなかった。何かをもごもごとつぶやいたような気もするが、それは父にこの状況を伝えるにはあまりにも頼りなさすぎる言葉で、彼は結局また口を閉じてしまった。リゾットも何も言わないままだった。何をどこからどう話せばいいか、それをまとめるよう今の少年たちに強いるのは、あまりにも酷であるようだった。
 の父はしばしの間二人の返事を待っていたようだが、おそらく彼ははじめからまともな答えなど期待していなかったのだろう。しばらくすると、
「とにかく城へ戻ろう、な。」
と、うつむく二人に優しく言った。
 少年たちは、小さくこくんとうなずいただけだった。

 三人は城への道をゆっくりと歩いていった。日はとうに暮れていて、彼らの頭上では星がいくつかまたたいていた。バンカーたちと戦っているときは気が回らなかったが、いつの間にかだいぶ時間がたっていたのだ。
「……父さん。たちがあそこにいるってこと、なんで分かったんだよ。」
 道すがら、は父にそう尋ねた。
「ん。……そうだな。暗くなっても帰ってこなかったからな。」
「オレたちを探していたんですか。」
「妙な爆発音も気になった。」
「そっか……。」
 道中、彼らが交わしたまともな会話といえば、それぐらいだった。
 月がさらに高く夜空で輝く頃、三人は城に到着した。それからまず医務室に向かい、たちの傷の手当をすることにしたが、あいにく医師が不在だったので、の父が消毒液とガーゼを取った。改めてよく見ると、の体にもリゾットの体にも、あちこち小さなすり傷やら打撲やらがあった。特にこん棒の直撃を受けたリゾットの左腕はひどかったが、幸いなことに、それ以外は二人ともケガらしいケガは負っていなかった。
 手当てを受けながら、とリゾットは何があったのかを、最初から順に話した。何度もつっかえつっかえ、言い足らないことを互いに補いながら、どうにかこうにかとうとう全てを話し終えた時には、手当てはとっくにすんでいて、夜もさらに深まっていた。話を聞いた後、の父は腕組みをしたまま、しばらく黙りこんでいた。
「……とにかく、もう部屋に戻りなさい。」
 ようやく口を開いた彼は、そう言った。
「二人とも、だいぶ疲れているだろう。」
 異存はなかった。もリゾットも慣れない戦闘の後で、一秒でも早くベッドに飛び込みたい気分だった。そういうわけで彼らはの父の提案を喜んで受け入れる。二人して、部屋を出ようとドアのほうへ向かった。
。お前はちょっと残れ。」
 呼ばれては立ち止まった。父の声は妙に重かった。リゾットは少し心配そうにと、の父を見た。
「ああ、王子はいいんだよ。部屋でゆっくり休みなさい。」
「……はい。」
 リゾットはもう一度のほうに目を向けたが、は軽くうなずいて彼を促した。リゾットはまだ少しためらいながらも、静かに部屋を出て行った。
 彼の姿が扉の向こうに消えた後、の父はを手招きし、ベッドの上に座らせた。父は厳しい目つきをしていた。あ、これはまずいな、とは直感した。父がこんな目をするのは、たいていは怒っている時だ。がこくんとつばを飲み込んだ直後、
「このバカ息子が!!」
 父の怒鳴り声がの体を震わせた。そしてこの後、強く叩かれるのだ。父の拳にはもう慣れっこだったし、それに怒られるのも無理はないことをしてしまったと分かっていたから、はあきらめて覚悟を決めた。
 だが、いつまでたっても父は手をあげなかった。はそっと父の様子をうかがう。彼は、一度叫んだきり黙ったままだった。そしてその瞳の色が、いつも息子を叱る時とは微妙に違っているのに、は初めて気づいた。
「……無事で、良かった。王子も。お前も。」
 父は先程とはうって変わった、低く静かな声でつぶやいた。はうつむき、唇をかんだ。父のその言葉は、怒られるよりもつらいものだった。
「……ごめんなさい。」
 彼がやっと言えたことはたったそれだけだった。すると、父がくしゃっと乱暴にの頭をなでる。
「またこんな無茶なことしたら、絶対に許さないぞ。」
 は小さくうなずいた。それからの父は息子を立たせ、さ、お前ももう部屋に行きな、と言った。の胸中はまだすっきりとは晴れないままだったが、促されるままに彼は医務室を出る。
 一人きりで部屋へと続く廊下を歩く足音は、には妙に大きく、響いて聞こえた。


To be continued...

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