*4*


 砂塵がおさまってきたころ、はそっと目を開けた。すると、すぐ目の前にリゾットの背中があった。もしかして、をかばってくれたのか?
「リゾット、大丈夫か!?」
「ああ。もう少しのところで爆弾をはじき飛ばしてやった。のほうこそ、大丈夫か?」
「まだまだ平気さ!」
 少年たちは顔を見合わせ、互いに力強く微笑んだ。それから敵のいたほうに向き直ると、だんだんとおさまってくる煙の中から、激しい怒鳴り声が聞こえてくる。どうやらホワンとシャオシンが再び言い争いを始めたようだった。
「馬鹿か、テメェ! せっかくオレ様が追い詰めてたのに砂巻き上げやがって!」
「そうやっていつも一人で飛び込んでいっては返り討ちにあってたのはどこのどなたでしたっけ?」
「あんなガキに返り討ちにあってたまるかよ! すっこんでろ!」
「あなたのほうこそ少し慎んだらどうなんですか?!」
 完全に仲間割れモードである。今が好機と、リゾットはにささやいた。
「あいつの爆弾は厄介だ。あれを何とかしないと……。」
「そうだな。あいつから狙うか?」
 リゾットはこくりとうなずいた。
「先にオレが斬りかかって、あの二人を引き離す。はオレの後ろにぴったりついてきて、やつらが離れたスキに、爆弾使いのほうを何とかしてくれるか?」
「不意打ちを狙おうってわけだな。分かった。」
 二人は剣を握り直し、バンカーの男たちを見た。彼らはまだ言い争いを続けていた。
 とリゾットは顔を見合わせてうなずいた。
「いくぜ。」
 リゾットが駆け出した。は上体を少し傾けて体を低くし、リゾットの背中を追いかける。
「うおおお!」
 リゾットが大きく剣を振りかぶって、二人の男に斬りかかった。直前のところで彼に気づいたホワンとシャオシンは、間一髪、剣の軌跡から逃れてばらばらに飛び下がる。
 今だ! はリゾットの背後から飛び出し、爆弾使い、シャオシンにせまった。
「何!? 後ろにもう一人ガキが……!」
「はああっ!!」
 は素早く、刃が自分に向くように剣を持ち替え、柄で思いきり男のみぞおちを突いた。
「ぐは……!」
 シャオシンは低くうめいたかと思うと、ばったり地面に崩れ落ちた。男は起き上がらない。完全に気絶していた。の心臓は大の男を倒したという興奮にバクバクと鳴っていた。その鼓動を静めるようにしてふうーっと息をつき、剣を元のように持ち直すと、はリゾットたちのほうを振り向いた。
 一瞬の出来事にホワンはぽかんと口を開け、驚きを隠せないでいるようだった。だが彼はやがてその口を閉じ、いまいましそうにギリッとはぎしりする。
「貴様あ……ふざけた真似を……!」
 ホワンは鎖をジャラジャラ鳴らしながら、をにらみつけた。は彼の殺気にひるむことなく、男をにらみ返した。
「バンカーっていうのもたいしたことないんだな、おっさん!」
「はっ。オレ様をあの二人と一緒にしてもらっちゃ困るぜ。オレたちにたてついたこと、今からじっくり後悔するがいい!!」
 ホワンが鉄球を少年らめがけて投げつけた。とリゾットは別々の方向に飛び下がってそれを避けた。散り散りになった彼らに、敵は攻撃目標を見失う。そのスキを見切って、は一気にホワンに迫り、大振りの剣の一撃をくりだした。
「うおおっ!!」
「なめるな、小僧ーっ!」
 ホワンに操られ、鉄球がに牙を向いた。振り下ろされた剣は鉄球と衝突し、そのままホワンが鉄球で剣を払うと、反動での体は大きくよろめいた。
 と、その瞬間、リゾットが逆方向からホワンに斬りかかった。ホワンに鉄球を引き戻して剣をなぎ払う時間はなく、代わりに彼は瞬時に身をひるがえしてリゾットの攻撃を避けた。逃げる敵に、リゾットはしつこく斬りをあびせかける。その間には体勢を整え、リゾットに加勢した。
 同時に襲いかかってくる二本の剣に、さすがのホワンも苦戦を強いられる。このままいけば勝てるぞ! がそう思ったとき、わずかにホワンの足元がふらついた。チャンスだ! は剣を振り上げた。リゾットも同じ判断を下したらしく、ほぼ同時に斬りかかる構えを見せた。
「はあああっ!!」
 二人の少年の声がこだました。直後の手に伝わったのは、硬く冷たい金属を斬る感触。ホワンがとっさにピンと張った鎖を突き出し、それで二本の剣をしっかりと受け止めていたのだった。
「こしゃくな……」
 怒りか焦りか、わずかに震えた低いつぶやきが、ホワンの喉の奥で鳴った。そして次の瞬間、彼らは少年らもろとも鎖で剣をなぎ払う。
「うおおーーっ!!」
 ホワンが吠えた。それから彼は自らの感情のおもむくまま、鉄球をめったやたらに振り回し始める。目標も定めずに暴走するそれを、とリゾットは巧みにかわし、反撃の機会をうかがった。がちらりとリゾットのほうを見ると、リゾットは目でうなずいた。
「くらえ!」
 リゾットがホワンの小さなスキを見つけて斬りかかった。それによってできたさらなるスキを、今度はが攻撃する。少年たちの連携攻撃に鉄球の勢いは徐々に衰え、再び先ほどの、一人の男に二人の少年が交互に攻撃をあびせる戦闘が展開した。
 今度は鎖なんかで防御させないぞ――は相手の鉄球を避けつつ、慎重に決定打を出す瞬間を狙った。形勢は完全にこちら側に傾いている。激しい戦いで荒くなったの呼吸の中に、その時どこか勝利の確信めいた響きがあったということは、否定できなかった。
 と、その時。
「ぐうっ!」
 リゾットがうめいた。ホワンの鉄球はたった今が避けたところだった。つまり彼に鉄球が当たったわけではない。一体どうしたんだ。は胸騒ぎを覚えながらリゾットのほうを見た。
 リゾットは苦痛に顔を歪め、左腕を力なくだらりと垂らしていた。彼の赤い瞳は、攻撃目標であるはずのホワンとは違う方向に向けられていた。彼の視線がとらえていたのは、こん棒を持った小柄な男。
「お、お前は……」
「マオタイ! へへ、てっきりくたばっちまったかと思ったぜ。」
 その通りだった。も、そしてリゾットも、マオタイは先ほどリゾットが放った剣の直撃を受けて倒れたと思い込んでいた。
 そんな油断のもとに、おそらくリゾットは、ホワンに攻撃をしているときに背後をとられ、こん棒で強打されたのだろう。
「次は……脳天だぜ、王子様……!」
 マオタイは先ほどリゾットに斬られた箇所から血をにじませながら、あえぐようにそう宣言した。リゾットはマオタイから目をそらさず、まともに動く右手のみで、剣の柄を強く握った。二人は互いに負傷している。彼らの一対一の勝負なら、どう転ぶかは分からない状況だった。そう、誰の邪魔もない、一対一の勝負ならば。
 一番最初に動いたのはリゾットではなかった。マオタイでもなかった。最初に攻撃態勢に入ったのは、ホワンだった。
 がはっとしたときには、ホワンは鉄球を振り上げていた。狙いはリゾットだ。
「リゾット!!」
 の体は無意識のうちに彼をかばって動いていた。鉄球は突然割り込んできたの剣によって、その進路をはばまれる。
「どきなあ! 小僧!!」
 鉄球が再度の剣に打ちつけられた。ガキインと響く音とともに、の手に衝撃が走る。
「くっ……。」
!」
「王子様! お前の相手はこのオレだぜ!!」
 ガンッと、背後でこん棒と剣がぶつかる音がするのを、は聞いた。リゾットとマオタイも戦闘を開始したのだ。ケガしてるっていうのに、リゾットは大丈夫なのか? だがそれを確認する間も与えず、ホワンが再び鉄球を投げつけた。すんでのところで、は剣でそれを受けとめる。
「邪魔だ、どけ!」
「誰がどくもんか!」
「へっ、上等じゃねえか。大切な友達を守りましょう、ってか? なめんじゃねえ!!」
 鉄球がさらに激しく剣にたたきつけられた。その衝撃には体中が振動するのを感じたが、必死でふんばった。
「てめえがその気なら……」
 ホワンが鎖をジャラリと鳴らす。直後、再び剣と鉄球が火花を散らした。
「どこまで耐えられるか試してみな!」
 ガンッ、ガンッと、ホワンが連続での剣を攻撃しだした。は片手で剣身を支え、もう片方の手で強く柄を握りしめ、歯を食いしばった。鉄の塊が刃に当たるたび、の全身にビリビリと稲妻が駆けた。
 すぐ後ろでは、リゾットが奮闘している声が聞こえた。左腕をかばって戦っているのだろう。少し苦痛の混じった声だった。
 は、ホワンの攻撃から逃げるわけにはいかなかった。彼が鉄球を振り上げたときの間を狙って反撃することもできなくはなさそうだったが、そうすれば空振ったホワンの鉄球がリゾットに直撃するかもしれない。やはり、逃げるわけにはいかないのだ。
 どうすることもできず、は剣で重い鉄球の一撃一撃を受け続けた。金属の激しくぶつかり合う音がの中に響く。剣を支える両手も、しびれて感覚をなくしてしまいそうだった。このままホワンが疲れ果てるか、それとも先にのほうに限界が来るか、どちらかの力が尽きるまでこの状態が続くのかとも思われた。が、そうではなかった。
 それが起こる直前に、はその異変を感じた。これで何回目だろうか、剣と鉄球がぶつかりあった時だ。響く衝撃の音が変わった。
 あっ。が思った瞬間、鉄球の追撃が飛んでくる。だめだ。これ以上攻撃を受けたら――。
 だがは剣で防御しないわけにはいかなかった。鉄球がの剣に食らいつく。
 だめだ! これ以上攻撃を受けたら――

 ――キイィン

 高い音が響いた。
 剣が折れた。
 鋼の破片が宙を舞った。
 が持つ剣の刃は、その半分以上が失われていた。一番最初に力尽きたのはホワンでもない、でもない。の剣だったのだ。
 は急に軽くなった剣の柄を握りしめたまま、呆然とした。そして、今や自分に鉄球をはね返すすべがなくなってしまったという事実に恐怖する。
 鉄球の重い攻撃にはじき飛んだ剣の破片が、砂浜にむなしく打ちつけられた。ホワンがニヤリと口を歪めた。
「ジ・エンドだ、小僧。」


To be continued...
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