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「あ。おい、クライマー!」
それから少し山の中を進んだ後、ダイフクーが呼びかけた。彼の指差す方向を見ると、こずえの中に古びた小屋がぽつんと建っているのが目に入った。ダイフクーとクライマーは互いに顔を見合わせ、うなずいた。 小屋は丸太を積んで作った簡素なものだった。やっと人一人が生活できるかできないかというほどの大きさで、周囲には空のタル、さびた農具、数枚の麻袋、その他よく分からない何かの残骸などが散らばっている。まるで誰かが、この小屋で寝起きするために邪魔な物を放り出したようだ。 「……いるかな。」 クライマーがささやいた。ダイフクーは、さあなと短く答えた。小屋に人の気配はない。窓がないので中の様子も分からない。 「とにかく、ドアをノックしてみようぜ。」 クライマーはうなずいた。それからダイフクーが扉の前で手を握った瞬間、 バウバウ! バウバウ! 激しく吠え立てる犬の声が聞こえた。ダイフクーはびっくりしてノックしようとした手を止める。 「な、なんだ?」 吠え声は小屋の中から聞こえていた。どうも警戒の色が強い。少なくとも、二人を中に招いてお茶を出してくれそうな雰囲気ではなかった。 「犬……だね。」 「あっ。そういえば大食堂の店長、バンカーは犬を飼ってるとか言ってなかったか?」 「言ってたっけ?」 「言ってたよ。現にいるじゃねーか。……うーん、どうする?」 「どーしよっか……。」 かまわず扉を叩いてみたところで、その音は犬の声にかき消されて中にいる者には聞こえないだろうし、かといってこちらから扉を開ければ、板一枚はさんで威嚇の声を上げている犬が飛びかかってくるにちがいない。どうにも動けなくなってしまった二人は、ただ小屋の前で事態の転換を待つしかなかった。とその時、 「おーい、なんだなんだ。黙れ。おいリック。黙れ!」 小屋の中から野太い男の声が聞こえ、犬が吠えるのをやめた。それからしばらく辺りはシーンとなって――ただ小屋の中でかすかにゴトッ、ガタッと誰かが動く音が聞こえてきたが――やがて扉が中から開いた。 「ああ? 何? お客さん? ふえー、珍しいこともあるもんだねえ。」 現れた粗野な男は、さも眠たそうに大きなあくびをしながら頭をかいた。昼寝でもしていたのだろうか。ずいぶんな寝ぼけまなこだった。彼は片手に犬の首輪をつかんでいたが、どうやらあれがさっきけたたましく鳴っていた騒音の元らしい。四肢の先端が靴下でもはいているかのように白い他は、全身焼きすぎたトーストみたいな色をしたその犬は、主人に制されて今はしぶしぶおとなしくしていた。が、依然として二人の訪問者をにらみ、ウーと小さくうなり続けている。おまけにそいつの右目は古傷につぶれ、左耳の先っぽもちょっと欠けていたから、その顔つきときたらずいぶん迫力のあるものになっていた。 「オレに何か用?」 男はあっけらかんとして二人に尋ねた。 「あんた、ガーリさん?」 ダイフクーが問い返す。男はそうだけど、と答える。 「それじゃあ、あんたにちょっと話があって来たんだけど。」 ガーリはすぐには答えず、瞳から眠気を追い払うと、用心深く二人の来訪者を観察した。 「……まあ、入れよ。立ち話もなんだし。」 彼はそう言うと、先に小屋の奥へ引っこんだ。クライマーはダイフクーの顔を見上げた。 「行こう。」 それで二人は、小屋の中に入った。 「うっ……。」 数歩小屋の中に踏み入ったクライマーは思わず手で鼻口を覆った。ひどく酒臭かったのだ。なにしろ酒をタルごと盗んでいくぐらいだし、この男――ガーリはたいそうな酒飲みに違いない。 中は思っていたよりも広かった。不要なものはガーリがあらかた外に放り出してしまったからだろう。小屋の中に残ったガラクタも、壁ぎわに寄せられ、積み上げられていた。 「座んな。」 部屋の真ん中に敷いたむしろのような物に腰をおろしながら、ガーリが手招いた。二人は促されるままにした。 「で、話って?」 傍らにちょこんとおすわりをした犬の背をなでながら、ガーリは改めて問うた。 「この近くにある村のことは知ってると思うけど、」 とダイフクーが答える。すると一瞬ガーリの背がぴくりと動き、彼の犬をなでる手が止まった。 「そこを荒らすのをやめてほしいんだ。」 予想通りと言ってしまえば予想通り、返事は返ってこなかった。戸口でそうしたように、再びじろりとこちらを観察するガーリの視線にも耐え、クライマーたちは返答を待つ。 「お前ら、村の回しモンか。」 ようやく口を開いた彼は、そんな言葉を吐き捨てた。 「回しモンだと? ずいぶんな言い方だな。」 「……回しモンなんだな?」 不快な顔をするダイフクーを無視し、ガーリはもう一度同じことを尋ねた。 「村の人たちの頼みを、快く引き受けてきたんだ。」 クライマーが答える。 「みんな困ってるんだよ。だから村を荒らすのはやめてくれ。」 だがガーリは何も答えず、口端を歪め、クッと喉の奥で音を出した。――笑ったのだ。 「ククッ……ハハハ! そうか、回しモンか。バンカーのくせになァ!」 「だから違うって。僕らは……」 「何が違うもんか。いいかよく聞け。オレだってな、村を荒らしたくて荒らしてるわけじゃねえ。悪いのは村のやつらなんだ。」 彼の口調はあまりにも低温だった。クライマーの中で、何かがカチンと鳴る。 「村の人が悪いだって? お前が村の物を盗むからだろ。勝手なこと言うな!」 「勝手なこと言ってんのはお前らのほうだろ! 何も知らないくせに……。お前らどうせ、村のやつらに金だか禁貨だかで釣られたんだろうが。ハイエナめ。お前らと話すことなんて最初からねえな。出て行け! ……禁貨を置いて!」 最後につけ加えられた不条理な言葉に、二人は同時にはっ? と息をもらした。それでガーリはもう一度、禁貨を置いて出て行くんだ、と命令する。もちろんクライマーたちが貯金箱を取り出すわけがない。ガーリもそれは分かっていただろうが、いまいましそうにフン、と鼻を鳴らした。 「気に入らねえ。気に入らねえな。オレはお前らが気に入らねえ! どうしてもって言うんだったら、力ずくでも禁貨を渡してもらうぜ! それで村人どもも二度とこんなやつらを送りこむ気をなくすぐらい、ボコボコにして帰してやらあ!」 ドスのきいた声でわめきながら、ガーリが腰を上げた。待ってましたとばかりに、側にいたあの犬がいつでも飛びかかれる準備をする。クライマーとダイフクーも彼らの殺気を感じとって反射的に立ち上がり、身構えた。 「リック。お前はガキをやれ。あんなチビ、お前一人で十分だろ。」 「なに!?」 「うらあ、いくぜえ!!」 なめられたというクライマーの憤りが十分な戦闘力に変わる間もなく、ガーリとリックは二人に襲いかかってきた。 クライマーはダイフクーのほうが少し気になったが、突進してくるこげ茶色の弾丸を避けるためには、よそ見をしているヒマはなかった。犬は牙をむいてクライマーに襲いかかってくる。クライマーは機敏にその牙を避ける。主人の命令を忠実に守る賢い犬といえども、相手はしょせん獣だ。その攻撃法に深さはなく、バンカーの運動能力と戦いの経験をもってすれば、なんのことはない相手だった。 「くそっ……あいつ、僕のことチビって……」 クライマーはちらりとガーリのほうをにらんだ。彼も今、ダイフクーと取っ組み合いの戦いをしている。こんなに狭い場所であんなに大きなバンカー二人が戦っているのだから、彼らが床に倒れ、壁に打ちつけられる度に、小屋はしばしば崩壊の危機に瀕した。戦況は、先制攻撃をした分、ガーリのほうが若干有利か。 「ガルルル!」 「うわわっ!」 油断したスキに犬が再び襲ってきた。犬はクライマーの左足にかみつくと、そのまま離れようとしない。犬歯の突き刺さる鋭い痛みに顔をしかめながらも、クライマーは慌ててそれを振り払おうとした。しかし犬も主人の期待に応えるため必死だ。彼らの攻防はしばらく続いたが、ついにクライマーがかみつかれていないほうの足で犬を蹴っとばすのに成功すると、犬は一声高い悲鳴をあげて床の上にもんどりうった。手荒な真似はしたくなかったのだが、仕方がない。向こうがやる気なんだから。 相手が起き上がるまでのわずかの時間、クライマーはさっと辺りを見回した。とにかく、この犬をさっさと片付けてダイフクーに加勢しなければ。そして、クライマーはいいものを見つけた。 「さあ、かかってこい犬ッコロ!」 壁に立てかけられていたそれは、長い木の柄のついたクワだった。先端の鉄製の部分は赤茶色くさびていたが、まあ、犬と戦うのには十分だろう。クライマーはそのクワを剣でも持っているかのように構えた。賢い犬は、今度はさっきのようにすぐには飛びかかろうとせず、低くうなりながらクライマーの様子を見た。クライマーは調子にのって、威嚇のつもりでクワをブンブン振り回す。 「どうした、さっきの勢いは?」 ところがその瞬間、持っていたクワが急にぐんと軽くなった。驚いて見ると、クワの鉄の部分がすっぽ抜けて、消えていた。 「げ……。」 飛んでいったクワの頭がどこかの壁にぶち当たった鈍い音が響く。その瞬間、犬は激しいうなり声とともに攻撃を再開した。クライマーはとっさに今はただの木の棒になったクワの柄で防御する。 「くっ……。」 それから彼は柄を振り回して反撃する。ただの棒とはいえど、それは意外と強力な武器だった。とたんに劣勢となった犬を、クライマーはここぞとばかり攻める。犬は襲い来る木の棒から必死に逃れようとしたが、すぐに壁ぎわに追いつめられてしまった。窮地に立たされた犬は、他にどうしようもなくなったのだろう。突然、棒に食らいついた。 「うわっ! 何すんだコラ……放せ!」 しかし棒にがっちりしがみついた白い牙はむき出しになったままだ。それが離れる気配はない。 「くそう、そっちがその気なら……!」 クライマーは木の棒をしっかりと握りしめ、足をふんばった。そして犬をくっつけたまま、気合とともに思いっきり大きく棒を振った。 「おりゃああ!」 思っていたよりも簡単に犬は浮き上がり、ぶんと振り飛ばされて宙を舞った。描いた弧の先は運悪くガラクタが山積みになった場所。クライマーがあっと思った次の瞬間、ガシャーンとド派手な音が鳴り響き、ガラガラと山が崩れた後の床の上にはもう、ゴミの集合しか見とめられなかった。 「うわっちゃあ……。」 クライマーは思わず目を覆った。犬の姿は見えない。ガラクタの中に埋もれてしまったのだろうか。首尾よく犬を片付けられてよかったが、クライマーの胸には針が刺さったような痛みがちょっと走った。 それからダイフクーとガーリのほうを見ると、こちらも決着がついたのだろう。ガーリが組み伏され倒れていた。ダイフクーはクライマーを見るとうなずいた。クライマーもうなずき返し、ダイフクーの側に寄ると、勝ち誇った表情を隠さぬままガーリを見下ろした。 「僕らにバトルを挑んだのが間違いだったね。」 「ぐぬう……。」 ガーリは悔しそうに歯ぎしりし、身じろいだが、ダイフクーから逃げ出すことはできなかった。 「さあ、こっちの話を聞いてもらうぜ。」 ところがガーリは、顔こそしかめながらも口端にごくわずか、微笑を浮かべていた。 その時クライマーが何の気なしにガラクタのほうを振り返ったのは偶然だったのかもしれないし、心の片隅にあった犬への心配の表れだったのかもしれなかった。とにかく彼はまさにその時、振り返った。そして、ガラクタの山でもぞもぞする焦げたトースト色の影を見た。それは見る間にガラクタから這い出したかと思うと、褐色の矢となって襲いかかる。標的は、主人を組み伏している白い物体。 「ダイフクー!」 そう叫んだクライマーがダイフクーと犬の間に割って入ったのと、ダイフクーが振り返ったのとはほぼ同時だった。飛び入るようにして犬の攻撃を身に受けたクライマーは、そのまま茶色い毛皮の塊と一緒にごろごろと床の上を転がる。 「クライマー!」 やっと体の回転が止まると、クライマーはかみつかれないうちに急いで犬を振り払って起き上がり、まだ手にしていた棒を持ち直した。そして反撃される前に犬にとどめをさそうとして棒を振り上げ、 「やめろ! リックー!」 最後の一撃を決める構えを見せたが、その時には犬はもうすっかり目を回してのびていた。 「……。」 クライマーは少しの間床に横たわった犬を観察し、今度こそすぐには復活しそうにないことを確認してから、振り上げた棒を軽く回転させ、その先端をこつんと床につけた。それからさっそうと――本当は床を転がったせいで体のあちこちが痛かったのだが――ダイフクーの隣に戻った。 「クライマー、お前……。」 「さあ、助けてくれる犬もいなくなった。今度こそ絶体絶命だぞ、ガーリ。」 ガーリは怒りと焦りと失意の色を同時に表した。その顔には、先程のような勝算の笑みは見えなかった。 「わ、分かった。分かったよ。お前らの要求をのむ。」 ややあって彼は力なくつぶやいた。 「オレにどうしてほしいんだ?」 「まず村を荒らすのをやめること。」 ガーリはうんうん、とうなずいた。 「盗んだもので手元に残ってる物は、全部持ち主に返すこと。それに……。」 とクライマーも付け加える。 「村の人たちにちゃんと謝るんだよ。」 ガーリは一瞬返事をためらったが、二人にじっとにらまれるとすぐに分かった、とこたえた。 「それで終わりだな?」 「……いや、それからもう一つ。」 ニヤリ笑みがダイフクーの顔に浮かんだ。今の彼の顔は、まさにバンカーのそれだった。 「禁貨を全部オレたちに差し出すこと。」 ガーリは、はっ? と息をもらし明らかに不服の様子を見せた。 「な、なんでだよ。村とオレの禁貨は関係ないだろ。」 「村とは関係なくても、オレたちバンカーだぜ、ガーリさん。だいたいお前、禁貨を奪うつもりでオレたちにバトルをけしかけたんじゃねーの? 自分が負けたときだけ禁貨は払えないなんて、バンカーの風上にも置けないやつだな。」 ガーリはうーむとうなり、まだなお何か言いたげだったが、結局それはもごもごとした口の動きだけにとどまり、ついには、分かったよと返事をした。 「じゃあちょっと放してくれるかい、白い兄さん。貯金箱を取ってくるから。」 ダイフクーはすぐには言われたとおりにせず、意見を仰ぐような目でクライマーのほうをちょっと見た。 「大丈夫だよ。」 ガーリが少し気分を害したように言う。 「もう決着はついたろ。」 それで、ダイフクーは用心深くガーリを動けるようにしてやった。 To be continued... ←BACK NEXT→ ![]() |