翌日、二人はバンカーとの交渉におもむくべく、さっそく村を出発した。昨日たちにこの件を依頼したあの男と、それからうわさを聞きつけた他の人たちも何人か、村はずれまで彼らを見送りに来てくれた。
「頼んだぜ、ボウズども。」 「ガーリをこらしめてやってくれ!」 口々にそう言う村人たちの様子と来たら、まるで出兵の見送りだった。は彼らに苦笑に近い愛想笑いを見せながら手を振り、早々にダイフクーと一緒に村を出た。 「あはは……すっかり期待されちゃってるよ。」 村人たちから十分離れたところで、はこっそりつぶやく。彼らの姿はもうすっかり小さくなっていたが、期待と不安の入り混じった彼らの視線が、いまだ痛いほど背中に突き刺さっているのは、ひしひしと感じられた。 「こりゃあガーリってバンカーをなんとかしないかぎり、村には帰れないぜ。」 ダイフクーも苦い笑いを隠せなかった。 「もしかしてたち、うまく丸めこまれちゃった?」 「かもな。でも、困ってるのは本当みたいだし……。」 それに、とダイフクーはバンカー特有のニヤリ顔でつけ加えた。 「うまくいけば、そのバンカーから禁貨をちょうだいできるかもしれないじゃないか。」 「それは重要なポイントだね。」 もバンカーらしく笑って言った。 彼らの目的は、ガーリが村を荒らさないように交渉することだ。可能ならば話し合いの範囲で解決してほしいが、少しぐらい力にものを言わせても構わない――なんなら、禁貨を奪ったって構わない。とにかくガーリから村を救ってくれ、というのが村人たちの依頼だった。 話によると、ガーリというその荒くれバンカーは、村から出た後川沿いに進んで橋を渡り、山道を少し行けばすぐの所にある古い小屋に住みついているらしい。小屋は、村の人たちが狩猟やその他の用事で山を登る際の中継地点だったのだそうだが、最近あまり使っていなかったところをバンカーに占拠されてしまったのだという。小屋の周囲は木々がうっそうと茂る森になっているから、大丈夫だとは思うが念のため熊には注意しておいた方がいい、との忠告も受けた。 「は、この川沿いに村に来たんだ。」 道々、はダイフクーに話しかける。 「へえ。じゃあ小屋の場所知ってるんだ?」 「ううん、それは見かけなかった。こっち側の岸から来たから、橋も渡らなかったしね。」 「なーんだ、そうなのか。」 「でも川の様子なら分かるよ。上流の方はかなり急になってるんだ。川岸もガケになってて……。 そういえば、ダイフクーはどっちの方から来たの?」 「えーと……東の方、だな。河口に港があるって聞いてさ。あの村に寄って食料とか調達してから、川沿いに下っていこうと思ってたんだ。」 へーえ、とは相づちを打った。村を出てからのことはまだ考えていなかった。確かに港があるんだったら、寄ってみるのもいいかもしれないな。そう思ったがぼんやりと頭に描いていたのは、今みたいにダイフクーと一緒に、船に乗って新天地を目指す自身の姿だった。 それから二人はまたしばらく歩いた。道はだんだん坂になり、あたりには仲間からはみ出した山の木々がまばらに生えている。川もいつの間にか下流とはうって変わった急流になっていて、両岸を削りながらたちが来たほうへ激しく流れていった。 「なあなあ、。」 出し抜けにダイフクーが声をかけたのはその時だった。は何? と顔を上げた。 「橋ってあれかな。」 はまだ橋の存在に気づいていなかった。それで彼は慌てて、えっどこどこ? と川の上を探す。 橋は、ない。 はダイフクーが嘘をついたのかと思い、橋なんてないよ、と言い返そうとしたが、ちょうどその時、両岸にあるものが目に入った。 こちらの岸に二本。そしてあちらの岸にも二本。のっぽでがっしりした木の棒が、にょっきり地面から突き出ていた。 「あれってまさか……。」 「だからオレもに確認してみたんだけど。」 二人は急いでその奇妙な二本の棒の側に近寄り、ガケになっている岸辺から川をのぞきこんだ。案の定、いくつかの橋げた――要するに、以前はここにかかっていたのであろう橋の残骸が、棒と縄でつながりかろうじてぶら下がっていた。 「うわあ。困ったな、これ。渡れないよ。」 「縄が古くなって切れちまったのかな?」 「村の人たち、橋が落ちてるんなら教えてくれてもいいのにね。なんで教えてくれなかったんだろ。」 二人はガケ下をのぞきこんだ。ガケは垂直に切り立っていて、足場は見当たらない。水の流れは速く、泳いで渡るのは至難のわざだろう。川幅はそれほど広くなかったが、向こう岸に飛び移るには若干距離があった。 「……どうする?」 困り顔でそう尋ねる。だがダイフクーはそんな彼とは対照的に、妙に自信ありげな表情を浮かべた。 「まあ、ここはこのダイフクー様の出番だな。」 にはいい案は思いつかない。ダイフクーは一体どうするつもりなんだろうと、半ば疑わしげな目で彼の取る行動を待っていただったが、次の瞬間、驚きにあ然とした。 ダイフクーの両腕が伸びたのだ。 ぐんぐん伸びる腕はあっという間に向こう岸にたどりつき、突き出た二本の棒をつかんだかと思うと、今度はどんどん縮んでいき、それに伴ってダイフクーの体が川を渡りはじめた。そして言葉も出ないままその様子を見守っていたが気がついた時には、ダイフクーはもう向こう岸についてこちらに手を振っていた。 「すっげえ……。」 それからダイフクーは再び腕を伸ばし、手だけがのいる岸に戻ってきた。対岸からダイフクーが何か呼びかけている。距離があったのと水音で、何と言っているのかは分からなかったのだが、どうやらも向こう岸に運んでくれるようだった。が手を振り返して合図すると、ダイフクーの白い大きな手がの体を抱き上げ、そのまま彼は川の上を飛んでダイフクーの隣に着陸した。 「……すごい! すごいなダイフクー! びっくりしたよ。」 地に足が着くや否や、は叫んだ。ダイフクーは少し照れたように笑う。 「なーに、伸びの良さにはちょっと自信があってさ。」 「いいなあー。カッコいいなあー。バトルの時も絶対有利じゃん。」 「へへ、そんなにほめるなよ。照れるじゃねえか。」 さ、行こうぜ、と話を切り上げ、ダイフクーは先に歩き出した。も後を追う。しかし数歩も行かないうちに、でもな、とダイフクーのほうから話を戻してきた。 「本当は、もっともっと伸びるようになりたいんだ。」 「へえ、そうなの? それがダイフクーの願い?」 「あんまり人には言わないんだけどな。……バカな願いだと思われるだろ。」 「なんで?」 は率直な気持ちでそう問い返したのに過ぎなかったのだが、ダイフクーは一瞬意表を突かれたような顔つきでのほうを見た。しかしその表情もすぐに微笑で隠してしまう。には彼の真意を問う間もなかった。 「いや、そう思うならいいんだけどよ。」 「だけど、どうしてその願いを持つのかは気になるな。だって、ダイフクーの腕はもう十分伸びるじゃないか。何でもっと伸びるようになりたいの?」 わずかの時間、ダイフクーは答えなかった。がすぐに、そんなの簡単だろ、と言う。 「今まで届かなかったものにも、届くようになるかもしれないじゃないか。」 ダイフクーは横を向きながら言ったので、彼がどんな表情でそう答えたのかはよく分からなかった。だからは、そう、とだけ返事をした。 川を渡った先はもうほとんど山の中だった。地面には不自然に草の生えていない小道があり、たちはそれをたどったのだが、これは獣道だろうか。いや、それならこんなにくっきりとはしていないはずだ。たぶんこれは村人たちが草を刈り、歩きやすいようにならした道なのだろう。今は無法者のバンカーに占領されてしまっているという、村はずれの小屋へ行くために。 いよいよガーリというバンカーとの対面が近づいてきたことを疑う余地のなくなったの胸は、自然、緊張し始めた。 「ねえ、バンカーってどんなやつなんだと思う?」 が山のしんとした静寂をあえて破ったのは、無意識のうちにその動悸を静めようとしたからなのかもしれなかった。 「どんなやつってそりゃ……絵に描いたような乱暴者らしいけど。村人たちの話によると。」 「やっぱりそうかあ。たちの話聞いてくれるのかな。」 「あんまり期待しないほうがいいだろうな。だいたい人の話を聞くようなやつなんだったら、村の人だってオレたちにこんなこと頼まないだろ。少しぐらい力にものを言わせても構わない、ってことは最初から暴力OKって意味だぜ、どうせ。」 「うーん、なるべくケンカはしたくないけどな。」 「何言ってんだ。」 ダイフクーはちょっと呆れた顔をする。 「ケンカじゃなくてバンカーバトルだろ。向こうもバンカーなんだから。バンカーがバンカーに勝負を挑むなんて、普通のことじゃねーか。」 「まあそうだけど。」 確かにダイフクーのように考えるのが賢いだろう。村人の頼みうんぬんの関係を抜きにしても、たちとガーリ――つまりバンカーとバンカーは互いに禁貨をめぐって対立する関係にあるのだから。 とそう考えてから、はふと隣を歩いている者の姿を見て、あれ? と気がついた。そういえばダイフクーだってバンカーなんだから、つまり、バンカーであるとは対立する関係にあるんじゃなかったっけ。 「……変なの。」 「何が。」 「たちだってバンカーじゃん。」 「そうだけど?」 「なのにバトルのバの字も出さずにさ、こうして他人の頼みを聞くために、一緒に行動してるだなんて。可笑しくない?」 ダイフクーはハハと笑って、言われてみればそうだな、とうなずいた。 「確かに不思議な気分だな。もともと自分以外のバンカーっていったら、みんな敵だからさ。」 「うん。」 それは事実だった。だが、ダイフクーの言う「不思議な気分」は確かに不可解で、どこかくすぐったい心持ちのするものには違いなかったが、それは決して、不愉快なものではなかった。それは、そう。ずっと前、がバンカーマークをその身にまとった時、一度は忘れてしまったもの。 「ダイフクー。たちさ……」 ただ、それを直接口にするには、はあまりにも立派なバンカーでありすぎた。だから彼は一瞬ためらってしまったのだが、結局、言った。 「友達、かな。」 ダイフクーはちょっとこちらに顔を向けた。それから、フッと笑った。 「そうだな。トモダチかもな。」 はその返事にほとんどしこりの残らない満足を感じたが、直後、ダイフクーはでも、と続ける。 「やっぱりオレたちはライバルだぜ。バンカーとして。」 ざくざくと音をたてながら道を進む二人の足音が森に響く。彼らが話すのをやめた時、森の静寂を破るものはその足音と、風に揺れる木々のざわめきだけになってしまうのだった。 「この件を片付けたら、改めて正式にバンカーバトルを申し込むからな、。もちろん禁貨全賭けで。」 ダイフクーが言った。そこには何の邪気も悪意も見えず、彼はただバンカーとして当然のことを言い出したのにすぎなかったのだが、はちょっとどもりながらうん、とうなずいた。どうしてそんな返事になってしまったのかは、彼自身にも分からなかった。 「受けて立つよ。絶対負けないもんね!」 もやもやした感情をかき消すため、は必要以上に元気よくそう言ってみせた。 To be continued... ←BACK NEXT→ ![]() |