「おおっ、晩メシ! 待ってました!」
とフォンドヴォーが盆を持って部屋に入ってきたのを見るなり、バーグは嬉々として叫んだ。彼はちょうど、コロッケの相手をしてやっていたところだった。コロッケは突然大声を上げた父親にきょとんとした表情を見せていたが、ふとドアのほうを見やると嬉しそうな声を出し、手をばたつかせた。 「フォンドヴォーも帰ってたんだな。」 「はい、ついさっき。」 「お料理運ぶの手伝ってくれたんです。」 そっか、とバーグはうなずき、それからとにかく早くメシにしようぜ、と二人を促した。 部屋には、二脚のイスつきの小さな丸テーブルが一つ備えつけてあった。バーグはそれを引っ張り出すとその上に料理を載せ、収まりきらなかった分は盆ごと床の上に置いた。 「も一緒に食べるんだろ?」 バーグが言った。後で個別に食事をしようと思っていたは少しためらった返事をしたが、 「一緒に食べようよ。皆で食べたほうがおいしいから。」 フォンドヴォーに言われ、それじゃあ……とうなずいた。 「フォンドヴォーとは机で食べるといい。オレは床で食うから。」 「えっ、でも師匠……。」 「そうですよ。バーグさんはお客さんなのに、悪いわ。」 「なーに、どうせオレはコロッケにも食わせてやらなきゃいけないしさ。床の上のほうがかえっていい。」 バーグはそう言った。それで二人は彼の勧めに従い、イスに座ることにする。フォンドヴォーがちょっとイスを引き、どうぞとにめくばせした。は一瞬どう対応したらいいのか迷ったが、ありがとう、と言って彼の厚意を受け取った。 「おっ、この粥……。」 盆の上に並んだ料理のどれから手をつけようか吟味していたバーグが、ふと口を開いた。 「もしかしてコロッケのために?」 「そうなんですよ。コロッケが食べやすいように、ってが。」 「へえー、ありがとう。良かったな、コロッケ。」 コロッケは父親の言葉が分かったのだろうか。何か返事をするように声をたてた。 じゃあいただきまーす、とバーグが言ったのを合図に、三人は食事を始めた。料理を一口食べ、フォンドヴォーはうん、うまい! とうなずく。 「宿屋でこんなにおいしいご飯を出してもらえたのは、初めてだよ。」 「良かった、お口に合ったみたいで。」 「フォンドヴォーに勝るとも劣らない味だな。」 バーグも言った。 「フォンドヴォーも料理するんだ。」 「ああ。うまいんだぜー、こいつの作るメシも。一回食えば分かるよ。」 「へえー、そうなんだ。それはぜひ食べてみたいな。バーグさんお墨付きのお料理。」 「そ、そんな。腕はのほうがずっと上だよ。後で味付けの仕方教えてほしいぐらいだ。ほら、コロッケもこの味すごく気に入ったみたいだし。」 コロッケはバーグのひざの上で、スプーンの上でちょっと冷ましてもらった粥をおいしそうに食べていた。は少し照れて目を伏せた。 奇妙な甲高い声が聞こえたのは、その時だった。何だろうと思ってが辺りを見回していると、突然黄色い物体が視界の端をかすめ、床の上に着地した。ブタだった――バーグが頭にのせていた、あの可愛いブタの人形だった。 床に下りたそれはとととっ、と小走りに盆に近づいたかと思うと、皿の上の料理をがつがつと食べ始めた。人形が、動いている。 「おお、メンチ。すまんすまん。お前も腹へってたなー。」 バーグは笑ってブタの背をなでた。ブタが、ブヒッと鳴き声をあげた。高く響くその声は、が耳にしたあの奇妙な音と相違なかった。 「そりゃこんなにうまそうな料理を前におあずけじゃあ、メンチだってこらえきれないよな。」 フォンドヴォーがブタに話しかけた。メンチと呼ばれた黄色いそれは、返事をするかのようにまた高く鳴いた。はまだ驚きを隠せないまま、夢中で食事にありつくそれの姿を見つめていた。 「あのう……これ……。」 がようやく声を発した時、バーグたちは初めてのまん丸い目に気がついたようだった。ああ、とバーグが笑う。 「にはまだ紹介してなかったっけ? こいつはメンチ。オレの貯金箱だ。」 「貯金箱!? このブタさん、貯金箱なんですか!? ……動いちゃってるけど?」 「貯金箱の中には生きているものもいるんだ。オレも最初はビックリしたけどね。メンチは生きてる貯金箱なんだよ。」 説明してくれたのはフォンドヴォーだった。はただただ感心の声をあげるばかりだった。そんな彼女の顔を、バーグはちらとのぞきこむ。それからちょっと不安そうに、 「……もしかして、生きてる貯金箱は別途宿泊代が必要かな。」 そう尋ねた。は一瞬きょとんとしたが、 「いえ。バンカーお一人様につき、生きてる貯金箱一匹、無償でお泊りいただけます。」 などと言い、ようやく驚いた表情を崩して笑みを見せた。バーグも、それを聞いて安心した、と笑った。そうして場が和んだところで、彼らは食事を再開した。 こんなふうに客と一緒に食事するのは初めてだった。だからは少しだけ戸惑っていたのだが、バーグとフォンドヴォーはそんなことなど全く気にしていない様子で、食事をしながらいろんな話をしてくれた。修行中の出来事。旅先で訪れた町の景色。遠い国で聞いた不思議な神話。フォンドヴォーは、料理に使える野草の見分け方などについても話してくれた。メンチ――生きている貯金箱についての、もっと詳しい話も聞いた。は、宿屋の娘という立場上、バンカーのことは多少なりとも理解しているつもりだったし、いろんな地方の情報も割と知っているつもりだったのだが、彼らの話は飽きることがなく、思わず感嘆の声がもれることも多々あった。 そうした談笑がようやく一段落ついた頃、それぞれの食器の中はもうおおかた空になっていた。フォンドヴォーは水を一口飲んだ後、ごちそうさまでした、と言葉を添え、 「とってもおいしかった。」 と、食事中何度も繰り返していた台詞をまた言った。 「えへへ、良かった。本当はちょっと自信なかったんだ。普段は、お手伝いしかやってないから。」 「へえ、たいしたもんだな。すごくうまかったぜ。なあ、コロッケ?」 赤ん坊は父親のひざの上でスプーンを振り回して遊んでいた。もっと欲しいのかな、とフォンドヴォーが首をかしげる。が少し手を伸ばしてコロッケの頭をなでてやると、彼はのほうを振り向き、にこりと可愛らしく笑った。 「それにしても大変でしょう、こんなに小さい子を連れて旅をするのは。」 「んー……どうだろうな。」 バーグはひざに抱いたコロッケを見つめながら言った。それから、振り回していると危ないと思ったのだろう、スプーンをコロッケから取り上げた。 「夜泣きが止まない日は困りますよね。」 横からフォンドヴォーが言った。バーグはそうだな、とうなずき笑う。コロッケの泣き声はひどく大きいのだと、フォンドヴォーは言った。 「でも、何があってもこいつはオレの息子だから。」 取り上げられたスプーンを取り返そうとやっきになっているコロッケの頭をぽんぽんとなでながら、バーグはつぶやいた。その静かで強い響きに、とフォンドヴォーは一瞬言葉を失う。バーグはなおスプーンを欲しがるコロッケに、食器で遊んじゃだめだろ、と言い聞かせていたが、その声は叱咤というよりもむしろ、優しさをはらんでいた。 「バーグさん……。」 は知らぬうちに微笑んでいた。バンカーである以前に、ただの父親である男の姿がそこにあった。 「……師匠!」 しばらく黙っていたフォンドヴォーが口を開いた。バーグは顔を上げる。 「風呂、入ってきたらどうですか。コロッケと一緒に。」 彼はそう提案した。バーグは風呂のことなど忘れていたのだろうか、一瞬間をおいたがすぐに、そうだなと答えた。 「よし! 風呂入りに行こう、コロッケ。」 コロッケは、風呂よりもまだスプーンが名残惜しい様子だったが、バーグはもう盆の上の食器を適当に重ねて片付けはじめていた。 「すぐ入れるようにしてありますので。一階の階段奥です。お湯は自由に足してくださって結構ですから。」 が付け加えると、バーグは分かった、と返事をし、手早く準備をすませると、ひょいとコロッケを抱きかかえ立ち上がった。メンチもいつのまにかバーグの頭の上におさまっていた。 「それじゃフォンドヴォー、お先に。」 コロッケとメンチを連れ、バーグは部屋を出ていった。とフォンドヴォーは、いってらっしゃい、ごゆっくり、とめいめいに言葉をそえた。 「師匠思いの弟子なのね。」 部屋の扉がばたんと閉まり、バーグの足音も十分に遠くなった後、は言った。 「えっ……あはは。たまには父子水入らずで、ゆっくりさせてあげるのもいいだろ。」 やや照れたようにフォンドヴォーは言う。はうなずいた。 「それに、修行を切り上げて町の宿屋に泊まろう、って言い出したのはバーグ師匠なんだ。」 師匠もきっとコロッケとゆっくり過ごしたかったんだろう、と彼は推測した。どうやらフォンドヴォーはバーグの気持ちを知らないらしい。だが、彼の気持ちをあえてが説明する必要もないと思ったから、彼女はただ、そうだねと答えただけだった。 「毎日毎日バンカー修行じゃ、体がもたないもんね。修行って、やっぱり厳しいんでしょ。」 「厳しい、かなあ。まあ楽ではないけど。」 「バーグさん言ってたよ。フォンドヴォーはすごく熱心だって。」 「…………。」 フォンドヴォーは言葉を途切らせ、少しうつむいた。そんなつもりではなかったのだが、もしかして気に障ることを言ってしまったのだろうかと、はドキリとした。部屋を照らすランプの灯が、淡く揺らぐ。 「オレはただ、弱いからさ。」 彼はポツリと言った。そんなふうには少しも思っていなかったは、驚いて首を振る。 「弱いだなんて。フォンドヴォー、とっても強いじゃない。を助けてくれた時のフォンドヴォー、小説に出てくるヒーローみたいにカッコ良かったよ。」 冗談めかしてそう言うだったが、彼はわずかに微笑を浮かべ、静かに首を振っただけだった。 外はいつのまにかもうすっかり夜になっていた。部屋の窓からは月も星も見えず、ただ室内の風景がぼんやりとガラスに溶けこんでいた。静寂に包まれた部屋の中、は伏せたフォンドヴォーの瞳に、初めて憂いの色を見た。彼女には、彼にかける言葉が思い付かなかった。思い付いたとしても、この沈黙を破る勇気はにはなかった。 「オレ、もっと強くなりたいんだ。」 彼は言った。 「今のオレはまだまだヒヨッ子だから。もっと強くなりたい。」 「やっぱり、禁貨が集まらないから?」 「……いや、そうじゃない。」 意外にもフォンドヴォーはそう答えた。 「禁貨を集めるためとか、そういうんじゃなくてさ。もちろんオレもバンカーだから最終的にはそうなるんだろうけど……けど、オレはさ……」 フォンドヴォーはそこで一瞬言葉を出し惜しむと、のほうをちらりと見た。が、またすぐに目をそらし、 「他人を守るために、力が欲しいんだ。」 そう言った。 「守ってくれたじゃない。」 は笑った。フォンドヴォーは、それはまあ……と少し顔を赤らめる。 「それでも、オレはまだ守られる側だから。」 誰に? と問おうとしてはすぐに自分で答えを見つけた。バーグか。 フォンドヴォーは、それから口をつぐんでしまった。何かを言い出そうとしているが、うまく言葉をまとめられないようにも見えた。彼が目を伏せたままなのをいいことに、は彼をじっと見つめてみる。頬にかかる紅の髪がそこに影を落としていたが、よく見ればフォンドヴォーは整った、きれいな顔立ちをしていた。常人とは少し異なるその青色の肌は、快晴の空のようだ。今は、少しかげっているけれど。 「バーグ師匠の、」 彼はようやく言葉を続けた。 「目の傷、見ただろ。」 初めてバーグに会った時、はその目の傷に一瞬恐れを抱いた。すぐにもう片方の目の穏やかさに気づいたが、あれはまさにバンカーの激しい戦いを思わせるものだった。 「うん。ひどい傷跡だったね。」 「あの傷はオレがつけたんだ。」 は即座に言葉を返せなかった。戸惑った表情でフォンドヴォーを見る。彼は依然、うつむいている。 「フォンドヴォー……それって、どういう……?」 「バンカーバトルで、とどめをさされそうになったオレをかばって、師匠はあの傷を負ったんだ。オレが傷つけたも同然だ。」 なんだ、そういうことか。は若干ホッとした。 だがバーグの目の傷は確かに痛々しい傷跡ではあったが、それはすでに「跡」だった。ケガをした日からはかなりの時間がたっているはずだ。それなのにフォンドヴォーは、こうして今なお自分を責めている。彼はどれだけの間、悩んできたのだろうか。 「バーグさんはきっと、自分が傷つくよりもフォンドヴォーが傷つく方がずっと辛かったのよ。」 「そう。師匠はそういう人なんだ。命をかけてでも大切な人を守る、それが本当のバンカーだ、って……。けど、師匠がそう言ってオレを助けてくれたのは、一度や二度じゃない。オレ、自分の弱さが情けないよ。そうしていつまでも誰かに守られて……。」 フォンドヴォーはぽつりぽつりと語りながら、もてあそぶようにして机の上の空になった食器を、そっと積み重ねていた。カタンと小さな音が二人きりの部屋に響く。 「修行しても修行しても、ちっとも強くなれないしさ。いくらやっても無駄なのかもしれない……。オレは、どうしたら強くなれるんだろう……。」 彼は小さく吐息をついた。それから、今しがた大皿の上に重ねた小皿をぼんやりと眺めていたが、やがてまたその上にコップを重ねた。カタリ、と音が鳴る。繊細なその音は、の中にも響いた。はじっとフォンドヴォーを見つめた。そして彼は、じっとコップを見つめていた。 「……そんなに、無理しなくてもいいんじゃない。」 は、言った。フォンドヴォーは、えっ? と顔を上げる。フォンドヴォーの拳に浮いたすり傷をちらりと見て、はもう一度、そんなに無理しなくてもいいのよ、とつぶやいた。 「ちょっと体を動かしに行った、なんてウソなんでしょ。修行しに行ってたんでしょ。せっかく町に来たのに。」 フォンドヴォーは少し黙りこんだ。それから、 「オレは、無理してなんか……」 そう言いかけてまた口をつぐんだ。それに続く言葉が少なからず偽りであることを、彼自身分かっていたのかもしれなかった。誠実な人だ。 は優しく微笑むと、フォンドヴォー、と呼びかけ、彼の視線を拾い上げた。 「修行は大切だけど、休むことも同じぐらい大切だと思うよ。ずっと頑張ってたら誰だって疲れちゃうもん。だいたいここは宿屋なんだしさ……。お客さんがそんなに辛そうな顔してると、まで辛いな。」 フォンドヴォーは黙ったままだったが、かすかにうなずいたようにも見えた。それに、とは続ける。 「フォンドヴォーは一生懸命やってるんでしょ。だったら、大丈夫だよ。すぐには強くなったって実感できないのかもしれないけど……でも、こんなに頑張ってるのに、無駄なわけないじゃない。だからもっと自分を信じてあげて。」 ね、とは微笑んだ。フォンドヴォーはしばらくの間その言葉を反芻していたようだったが、やがて、 「自分を信じる……か。」 そうつぶやき、やっと笑顔を見せた。 「そうだな。ありがとう、。」 ふっとこぼれた彼のその笑みを見た瞬間、かっと頬が熱くなったのを感じたのは心外だった。それでは慌てて、その熱を振り払うかのように首を振る。 「や、やだなあ! お礼を言うほどのことじゃないよ。ごめんね。なんか、偉そうなこと言っちゃって。」 「ううん。オレのほうこそごめん。こんな所で弱音吐いてさ……。」 いいのよ、全然。とは再びかぶりを振った。さっきの熱はすでに血液とともに心臓に運ばれていったらしい。胸の中からは心地良いような、少しうるさすぎるような、そんな鼓動が聞こえていた。 「……さてと! 、そろそろ行かないと。ちょっとおしゃべりしすぎちゃったね。」 自分からそう言い出したのは、その鼓動を少し静めたかったからでもあった。それに、洗い物もしなければならないし。 は立ち上がると、机の上の食器を盆の上に重ね置いた。床の上の食器も同じ盆に載せて、彼女は部屋を去ろうとする。 「……、待って。」 フォンドヴォーがそう言ったのは、ちょうどがドアを開けて退室の挨拶を述べようとした時だった。 「もう少し、ここにいてくれないか。」 彼はすまなさそうな、どこか照れたような顔をしていた。思いがけない彼の願い出には少し驚いたが、やがて微笑むと開けかけた扉を閉め、手にしていた盆をまた床の上に置いた。それから、側のベッドに腰を下ろした。 窓からは月が見えていた。先ほど外を眺めた時にそれが見えなかったのは、の位置が悪かったか、または月自体が十分な高さに昇っていなかったのだろう。ぼうっとガラスに映ったかげろうの部屋の向こうで、今、月は静かに輝いている。それがとてもきれいで、神秘的で、はため息をついた。 「見て、フォンドヴォー。月、すっごくきれい。」 フォンドヴォーはイスに座ったまま窓の外を見やったが、彼のいる場所からはよく見えないらしい。しばらく身を乗り出したり頭を下げたりしていたので、は、こっちから見えるよ、と彼を手招いた。フォンドヴォーはの隣にやって来て腰かけると、窓の外を見て、本当だ、と感嘆の声をあげた。 「こんな気持ちで月を見たのは、久しぶりかもな。」 少しの間黙って月光を浴びる時間をとった後、フォンドヴォーは言った。は微笑む。 「良かった。フォンドヴォーが元気になってくれて。」 「のおかげだよ。今日は本当に、どうもありがとう。」 は首を振った。はただ、話を聞いただけだよ、と。それだけで嬉しいのだと、フォンドヴォーは答えた。 「でも、不思議だ。こんなふうに話せるなんて。バーグ師匠にも打ち明けたことなかったのに。」 「それだけ疲れてたってことね。あんまり無理しちゃダメだよ。」 「うん……そうだろうな。疲れてた、っていうのもあるんだろうな、やっぱり。でも……」 と、フォンドヴォーは言葉を切った。でも? とは問い返す。だが、彼は慌てたようにから目をそらし、いや、と否定語を続けた。 「いいんだ。なんでもない。」 その言葉はむしろ彼が彼自身に言い聞かせるような響きをもっていた。は少し首をかしげたが、フォンドヴォーはそれきり何も語ろうとしない。ただ彼女の隣で、窓から差し込む銀光を、じっと金の瞳に映していた。それでも無理な詮索は失礼だと思い、彼と同じように月を見た。 夜の暗闇は今、優しさをたたえた月の光に満ちていた。こぼれた光が窓から差し込み、室内のランプの色と溶け合って二人を包む。は、ちらと隣を見た。すると、同じようにしてのほうを見たフォンドヴォーと目が合った。思いがけずぶつかった視線に、フォンドヴォーは少し戸惑ったようだったが、しかし先程のように慌てて目をそらすようなことはしない。代わりに彼は、そっと微笑んだ。も、少しはにかみ笑った。 陶酔を誘うような静けさの中、二人はただそうして、互いの肩を並べていた。 To be continued... ←BACK NEXT→ ![]() |