大好きなお昼寝










 体の力がすうっと抜けて、暖かな闇にすべてを預ける。昇っていくような落ちていくような不思議な感覚の中で、想像もしないような夢の世界に時々出会い、遊び、戻った時には全身に力が満ちている。
 T-ボーンは眠ることが好きだった。そんな眠りから覚めた時、誰かが眠っている間の自分を守ってくれていたことに気が付くのはもっと好きだった。
「ウスター……?」
 T-ボーンを負う背中の、温度を彼は知っている。とんっとんっと上下するリズムを刻む、歩幅の持ち主を知っている。
 想像もしないような悪い夢を見た。ウスターが崖から落ちて死んでしまう夢だ。リゾットがウスターを助けようとした。コロッケがウスターを助けようとした。だが、間に合わなかった。ウスターが死んだ。
「ウスター!」
「おわあっ!」
 T-ボーンの大声にウスターは驚いてつんのめった。
「びっくりさせんなよ。やーっと起きたかT-ボーン。」
 少し迷惑そうに、その実ちっともそうではないことがにじみ出ているいつもの口調で、ウスターはひょいとT-ボーンを降ろし息をついた。
 それはまぎれもなくウスターだった。あまりにも生々しい彼の最期は夢だった。T-ボーンはぷっつりと糸が切れたような安堵と、胸の踊るような喜びを同時に覚え、ああと呟くのがやっとだった。
「夢……夢だったっぺかあ……良かったっぺ……。」
「なんだ、嫌な夢でも見たのかよ。」
「うん。ウスターが崖から落ちて死んじまう夢。」
 ウスターはきょとんとして、ああと笑った。
「そうだよ。俺は崖から落ちた。でも運良く生きてたんだ。そうか、俺が戻ったとき、お前やっぱり寝てたんだっけ。」
 それでウスターはどのようにして彼が助かったのか、そして大会がどんな具合に進行していたかを話してくれた。話を聞くうちにT-ボーンの頭ははっきりとしてきて、グランシェフ王国の次期国王決定戦にリゾットの従者として出場したこと、その予選でウスターが脱落し、T-ボーンは本選第一試合でタンタンメンと戦ったことを思い出した。記憶はそこで途切れているから、戦いの中で気絶して、そのまま眠ってしまったのだろう……どうやらタンタンメンには敗けたらしい。
 激戦の温度をまだ熱く帯びている闘技場の残骸も、ようやく視界に入ってきた。試合前には祭りのような興奮に包まれていた観客のざわめきは、今や気だるい余韻をぶら下げてT-ボーンの鼓膜をかする。
「そっか……ウスターが無事で、リゾットはカラスミに勝って、リゾットの父さんと母さんも生きてて……」
 そっか、とT-ボーンはもう一度つぶやいて、良かったっぺなあと、長く長く息を吐いた。
 無邪気なT-ボーンのこと、もっとコロッケのように飛び跳ねて喜びを表すかと思っていたウスターは、一瞬あれと思った。しかし彼の言葉にも表情にも偽りがないのは見てとれたから、ウスターは安心して、まあそうだけどとT-ボーンをちょんと小突いた。
「色々大変だったんだぞー! お前寝てたから知らねえだろうけどよ。」
「へへへ、わりぃわりぃ。」
 T-ボーンは頭をかいて詫びる。
「オラ、寝てるの大好きだっぺから……。」
 少し離れた所にリゾットがいた。一目でそれと分かる風格の王様とお妃様――彼の両親と何か話し込んでおり、その目にはかすかに涙が浮かんでいる。
 T-ボーンは、良かったっぺ、と再び思った。駆け寄ることも、祝福の言葉をかけることもなく、彼はただ黙ってにこにことリゾットを眺めていた。
「おい、行くぞ、T-ボーン。」
 ウスターが歩き出し、振り返って言った。
「コロッケが一人で飛び出して行っちまったんだ。手分けして探さないといけねえけど、リゾットは国のこともあるだろ。どうするか皆で話そうってさ。」
「オラも、だっぺか。」
「当たり前だろ! お前はリゾットチームの先鋒じゃねえか。ほれ行くぞ!」
 T-ボーンは、少しの時間ウスターの背中を見つめた。その先にいるリゾットが、近づいて来るウスターに気が付きこちらへ顔を向ける。そのまま視線を延長して、T-ボーンが眠りから覚めたことを確認し、微笑んだ。彼はその口元をT-ボーンの名前の形に動かして、おはようと、T-ボーンもこちらに来てほしいと、呼んでいる。
 T-ボーンは、それまでずっと見つめているばかりだった丸い目を、ゆっくりと閉じ、開き、そしてにかっと細めて、彼らのもとに走って行った。

Fin.





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作品解説(あとがき)