バジルの後ろ










 バジルは振り返らない。振り返れば、戻れなくなることが分かっている。分かっているのに、その衝動は強くバジルの胸を打つ。
 俺はシシカバブー様の忠実なる戦士だと、何度も自分に言い聞かせた。物心がついた時にはもう、バジルは力を求めていた。だからシシカバブーの強さに憧れすら抱いていたし、自分もあのような力が欲しいと、いつか必ず最強になるのだと、そう願ってシシカバブーに仕えた。何故そうなのかは、彼自身にも分からない。そして分からない方がいいことを、彼はなんとなく感じている。
 バジルは振り返らない。振り返れば、戻れなくなる。なのにそれの足音は背後から徐々にバジルに忍び寄る。それは最強の戦士には不要なものだ。振り返ればバジルはそれを不本意に得てしまい、きっと彼が求める強さから遠ざかってしまうだろう。そんなわけにはいかない。せっかくここまで来たことを、無駄にするわけにはいかない。だが、無駄とは何だ? 何が有意味で、何が無意味だ? 俺は、何故……?
 震える音が短く響く。なき声の主は背後のそれか、あるいはバジル自身の心なのかもしれなかった。
 バジルは振り返った。
 仔犬とバジルの、目が合った。






Fin.





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作品解説(あとがき)