傷だらけの少年と大根








*1*


 うっそうと茂る木々。足やマントのすそに絡み付く草。村から遠く離れた山の中はじっとりと薄暗く、ただが歩き呼吸する音だけが響いていた。
 がわざわざこんな山奥にやって来たのには理由があった。この時期だけこの辺りに生える大根を採集するためだ。それは二十いくらで安売りされる物とは見た目からして格が違う。暗黒を帯びた濃青の葉と、目が覚めるような純白の根茎のコントラストが美しい、希少品種だった。加熱調理でとろけるような食感と深い甘味が生まれるそうで、一流のおでん屋向けに高値で取り引きされている。結構いい小遣い稼ぎになるので、今季もは藪をかき分け坂道を登り、いつもの穴場にやって来ていた。
「うぅ……。」
 枯れ葉を押し退け、大根の葉を探していた時だ。奇妙な音が聞こえた。野獣か、と思い一瞬身構えたが、どうやら人の声のようだ。間を置かずもう一度、うめき声。
 は慎重に声のした方に近付く。見ると、それほど離れていない場所に少年が一人、ぐったりと木の幹に寄りかかっていた。簡素な服装は切り裂かれたように破れ、見えている肌は傷だらけだ。金色の長い前髪が顔にかかっているので表情は見えない。
「お……おい、大丈夫か!?」
 は少年に駆け寄り、その肩に手を添えた。少年の反応はなく、ただ苦しい風音が口からもれている。
 は急いで周囲に目を配った。彼がこのような状態になった危険要素――賊とか獣とかがまだ残っているのではないかと恐れたからだ。が、辺りはしんとした平常に包まれ、生き物の気配はなかった。それでは少年の容態を改めて観察した。
 一番大きな傷は右太ももの切り傷で、あとは数自体は多いけれども深手ではない。は少年の黒々と長く伸びた髪を後ろから指に絡ませ、そうっとかきあげた。頭部にも致命傷は見当たらない。
(たてがみみたいな髪の毛だな……。)
 頭から手を離そうとしたの腕をなめるように落ちていった真っ黒な毛束を見て、は思った。
 少年は意識があるのかないのか、の接触に反応しない。ただ荒い呼吸を繰り返している。
 は荷物の中から応急処置に必要な道具を取り出した。まずは太ももの傷を洗って消毒しガーゼをあてる。それから包帯を巻こうとしたその時、少年がガハッと大きく咳き込んだ。ぼたりと血が飛んで地面に染みを作る。小さな咳が二、三度続いて少年の口元をつっと濡らし、再び空気を絞り出すような息に戻った。
「大丈夫……?」
 答えはない。内出血しているのかもしれない。
 は足の包帯を巻き終えると、細かい傷についた泥を流し、必要であれば絆創膏を貼った。
 ひとまず今のに出来ることはここまでか。
 本来ならば村まで連れて帰って治療するべきなのだろうが、その距離とこの山道のことを考えると、の体力すら持つかどうか分からない。下手に動かさない方がいいだろう。幸いなことに今日頃から気温が上がるとの天気予報だったから、夜もなんとか凍死せずに過ごせるだろうが、念のため羽織っていたマントを少年にかけた。
 それから立ち去ろうとして、は少年の傷ついた顔を眺める。少し考え、彼の口元についた血をぬぐい取ってやった。
 その後は数本だけ大根を探して引き抜くと、その日は早々に山を下りた。


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