* 5 *






 そらとぶタクシーのベテランドライバーは、たちを見送った後、ポケモン泥棒を運んだほうの青年ドライバーと合流し、互いの情報を交換した。結果、たちのほうが真実だと判断し、助けに入ったということだった。
 青年ドライバーの話によると、ポケモン泥棒は最初、自分のポケモンが病気で、ヨロイ島にいる老師に看てもらわないといけない、と言ってフライトを依頼してきたそうだ。本来はシュートシティ内の移動業務なのでドライバーは悩んだが、急かす男が抱えているぐったりしたロゼリアを見て、とりあえず信用したという。追ってくるたちのことも、色違いのロゼリアを狙うポケモン泥棒だと主張する男の言い分に、一度は納得した。しかしよくよく考えてみれば、具合の悪そうなロゼリアをボールに戻す気配もないし、ヨロイ島へのパスを持っているのかという質問の答えも要領を得ず、なんだかおかしいなと思っていたところに、問答無用の飛び降り下車である。本当は彼のほうがポケモン泥棒で、すべては逃げるための行動だったとするほうが、つじつまの合う話だった。
「ごめんよ。知らなかったこととはいえ、泥棒に加担してしまって。」
 気まずそうに謝る青年ドライバーに、とハウは首を振った。
「ううんー。おれたちも火炎ボール投げちゃったりして、ごめんねー。びっくりしたよねー。」
 ハウが青年の相棒アーマーガアをなでてやると、アーマーガアは見た目に反してやわらかな鳴き声で、きゅーと答えた。どうやら許してくれたらしい。
 それからたちは泥棒を連れ、そらとぶタクシーに乗ってシュートシティへ戻った。警察署にはすでに花屋からの通報が入っていたものの、泥棒の引き渡しだとか事情聴取だとかその待ち時間だとかで、かなり時間を取られてしまった。花屋に連絡してロージィの無事を伝え、ポケモンたちを回復し、待ちきれずに迎えに来てくれたライヤと母に手を振った時も、とハウはまだ警察署にいた。
「ロージィ!」
 署内でロゼリアと再会したライヤの瞳の輝きは、キバ湖のさざ波を照らす朝日で形容しても足りないだろう。真っ赤に腫れて涙も枯れ果てたかのように見えたライヤの目に、みるみるうちに水が湧きだしてきて、やがて泣き声が爆発した。ぎゅうと抱きしめるライヤの胸に、ロージィも満開の両花を回してしがみついた。ロージィ本来の鮮やかな赤と青の花びらが、ライヤの背中の上で愛らしく揺れていた。
「本当に、本当にありがとう。ロージィを助けてくれて……。ロージィが色違いのポケモンだってうそついて、本当にごめんなさい。」
「もう気にしなくていいよー。ライヤは十分反省したんでしょー。それに、ロージィを助けるために頑張って戦ってくれたのはポケモンたちだからねー。この子たちにも、お礼を言ってあげてー。」
 とハウはゴリランダー、エースバーン、インテレオンをライヤの前に出してやった。
 ライヤは順番に彼らに抱きつき、深い感謝の言葉を繰り返した。ゴリランダーはライラックの花かんざしを揺らしながら、大きな手でライヤの背中をくしゃくしゃとさすってやった。エースバーンはダンスでも踊ると思ったのか、そのままライヤの両手を握って、その場で一緒にくるくる回った。インテレオンは最も紳士的な様子でライヤの抱擁を受け入れたが、そのしっぽの先がせわしなくぴこぴこ動いているのが、の位置からはバレバレだった。
「私からもお礼を言わせてちょうだい。息子の大事なポケモンを……いいえ、私たちの家族を、取り戻してくれてありがとう。」
 花屋の店主も、たちに向き直り、あらたまって頭を下げた。
「何か謝礼をしなくちゃいけないわね。何がいいかしら。うちですぐ用意できるものなんて、花束くらいのものだし……。」
「いいっていいってー。とにかくみんな無事だったんだから、お礼なんてそんな気を遣ってもらわなくてもー……あっ。」
 言いかけて、ハウがなにかひらめいた顔をした。のほうを見て、ちょっと微笑む。
「そういえばおれさー、ガラルのバレンタインのことあんまり知らなくて、今日まだプレゼント用の花束、用意できてないんだよねー。」
 花屋の店主がぱっと目を輝かせた。得意な方面で恩義を返せるチャンスに気が付いたようだ。ハウがにっこり笑って、に問いかけた。
は、どんな花が好きー?」
 尋ねられて、もハウの意図を理解した。今回の騒動のお礼として花束を譲ってもらえたら、需給一致の最適解だ。
「全部の花が好き。のためにハウが選んでくれた花なら。」
 の答えを聞き、花屋の店主はあらまあ! と声に花を咲かせた。
「奥ゆかしい恋人さんね。それならハウさん、私に任せて。あなたたちにぴったりのお花、お店にたくさんあるから。さんのために一番素敵なのを選んであげるといいわ。」
 そういうわけで、ハウと花屋の親子とポケモンたちは、そろって花屋に連れだった。警察署での雑事がまだ少し残っていたので、がそれを片付けて、後ほどバトルタワー前で落ち合うことになった。



 バトルタワーではまず、カシダ氏に事情の報告をした。泥棒の逮捕に協力したポケモンの親トレーナーということで、警察からすでに連絡は入っていたが、ここはきちんと借り主からも説明するのが筋というものだろう。
 カシダ氏は思ったよりも寛大に事態を受け入れてくれていた。終わり良ければすべて良し。バトルタワーで形式ばったバトルを繰り返さなければならないポケモンたちに、型にはまらない大冒険を経験させてくれてありがとうと、かえって感謝されたぐらいだった。
ー! ごめんね、お待たせー!」
 そんなふうにカシダ氏と話をしているうちに、バトルタワーの扉が開く音がして、ハウが入ってきた。ゴリランダーとエースバーンとインテレオンも後ろに続いている。やあみんなお帰り、ずいぶん楽しい散歩だったんだって? と声をかけるカシダ氏に、彼らはそれぞれに満足げな様子を表明していた。
 ハウは、後ろ手に何かを隠していた。それをのぞき見ようとしているの視線に気が付いて、ハウはにこっと笑みを浮かべた。
「それじゃあ、まずはこちらから。みんなに手伝ってもらって、とびっきりのを選んだよー。ハッピーバレンタイン、!」
 差し出されたのは、真紅のバラの花束だった。情熱的な色の花が十数本、可愛らしいオーガンジーとリボンに包まれ、のためだけに咲き誇っていた。
「わあ、真っ赤でとっても素敵……! ありがとう、ハウ!」
 が花束を受け取ると、気品あふれるバラの香りがふわりと空気をくすぐった。と同時に、はその花束に小さな封筒がくっついているのに気が付く。開けてもいいかと尋ねると、どうぞとハウは促した。封筒の中には、金の箔押しで縁取られたメッセージカードが一枚入っていた。はカードを取り出し、中央に書かれている短い文章に目を通した。


―*―*―*―*―*―*

感謝、誠実、幸福、信頼、
希望、愛情、情熱、真実、
尊敬、栄光、努力、永遠
十二の言葉を誓って

きみのアローラより

―*―*―*―*―*―*


「これ……『きみのアローラ』っていうのは、ハウのことだよね?」
「ば、ばればれでも差出人の名前をあえて書かないのが、ガラル流のバレンタインだって教えてもらったからー。」
 やっぱり少しキザな表現だと自分でも思っていたのか、ハウは頬を赤く染めている。
 若者たちのやりとりを眺め、カシダ氏も目を細めた。
「十二本のバラの花束……ダズンローズか。バラの一本一本に意味を込めた、ガラルのバレンタインでは王道の贈り物だ。いいものもらったね。」
「ちょっとべたかなーって思ったけどー。けど、べたでもこれがに一番伝えたい、おれの気持ちだからー。」
 ハウの目が、真っ直ぐに愛しいを見つめている。それから、ちょっぴり照れくさかったのだろう。「実は渡したいものはもう一つあってー」とハウは話題をそらすように続けた。
「ねー、インテレオン。」
 ハウの目配せを受けて、インテレオンがゆっくりとの目の前に移動した。
「どうしたの、インテレオン?」
 の質問に答える代わりに、インテレオンはぱっとかがんで膝を付いた。そして、一輪の青いバラをに差し出した。インテレオンの皮膚の色にも似た、深い青の美しいバラだった。
「わあ……きれいな青バラ。」
 はインテレオンのプレゼントを受け取った。
「ありがとう、インテレオン!」
「インテレオンはねー、ゴリランダーの花かんざしとエースバーンの花冠が、ずっと気になってたみたい。でもインテレオンは花をもらうよりも、あげるほうがいいんだって。それでおれと一緒に、にあげる花を選んだんだ。良かったねー、インテレオン。に喜んでもらえて!」
 インテレオンは満足そうにうなずいた。それから立ち上がって歩きだすと、今度はハウの目の前で膝を折った。そして彼は、ハウに一輪の青いバラを差し出した。ハウは目を丸くしてインテレオンを見つめた。
「えーっ、インテレオン、おれの分も用意してくれてたのー!?」
 きっとインテレオンはハウに内緒で、青バラを二本お願いしたのだろう。サプライズに協力する花屋の店主の計らいがたやすく想像できて、はダズンローズの花束と一輪の青バラを抱え、くすりと微笑んだ。
 それからとハウは、心からのお礼と共に、預かっていたモンスターボールとダイマックスバンドをカシダ氏に返した。ポケモンたちは今日の思い出のおかげで、とハウとの別れがますます惜しくなってしまったようだ。でも、これ以上はもうどれだけ先延ばしにしても、お互い辛くなるばかりなのは明らかだった。二人はめいめいに、三体と固く抱き合った。
 今日は本当にありがとう。
 とっても楽しくてどきどきする一日だったよ。
 もらったプレゼント、大事にするね。
 きっとまた一緒にバトルしようね!
 きみたちのこと、絶対に忘れないよ!
 言葉が通じなくたって、彼らの思いは少しも違わず、互いの心に届いていた。





 バレンタインディナーにぴったりの、シュートシティのちょっといいレストラン。いろいろあったけれど、とハウは無事その予約時刻に間に合った。
 二人が向かい合って座るテーブルの上には、花瓶が一つ置かれていた。それに生けられて華やかに空間を彩るのは、十二本の真っ赤なバラと、二本の濃青のバラだ。が花束を抱えて入店するのを見て、店員が気を利かせて花瓶を用意してくれたのだった。
「とっても綺麗。」
 がバラを眺めながらうっとり言うと、
「おれもそう思う。」
 ハウも同意した。もっともその瞳には花ではなく、が映っているようだったけれど。
「今日はすごい一日だったねー。もー、大スペクタクルって感じー。」
「ポケモンたちとお散歩しながらのんびり過ごすバレンタインデーの予定からは、ずいぶん離れちゃったけどね。」
 あははー言えてるー、とハウはからからと口を開ける。
「でもおれは、大冒険のバレンタインデートもいいなって思うよー。と一緒なら。」
 とハウがにっこり笑み交わした時、ファーストドリンクが運ばれてきた。
 穏やかなBGMと共にゆったり流れる時間と、想いのこもったかぐわしい贈り物、そして愛しい人の微笑み。
 はグラスを掲げた。
「ハッピーバレンタイン、のアローラ。」
 ハウも応じてグラスを手に持つ。
「ハッピーバレンタイン、おれのアローラ。」
 口付けのように優しく二つのグラスは重なって、澄んだ音が空気に溶けた。



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