8.アセロラの写真







 ホテリ山のふもとのでこぼこ道を、二人乗りのバンバドロライドで行きたいと言いだしたのはハウだった。ならばきっとゆっくりの旅程になるだろうと、エーテルハウスに向かって出発する前に、マリエシティでマラサダを買いこんだ。たくさん買ったからアセロラたちと分けようねと話し、園児やポケモンたちが喜ぶ顔を想像しながら、とハウは野性味あふれるごつごつ道路をのんびり進んだ。
 右手には地熱発電所の大きな建物が、左手には広い空と海が視界を占めていた。
あちらからは野生のドロバンコたちのべえべえ鳴きながら移動する音が、こちらからは崖下の海岸にたくさんのヤドンを見つけた島巡りトレーナーの歓声が響いている。岩石と枯れ色の草木が続き、人と自然が互いを主張しすぎることなく共存するこの土地は、とてもアローラらしい場所だった。
 試練を課すキャプテンではなく同年代の友人に会いに行くための道中に、二人でバンバドロの背中に揺られて眺めるからこそ、それは島巡りの時とはまた違った景色に見えた。

 そんなふうにウラウラ島の景観を楽しみながら、とハウがエーテルハウスに到着したのは昼どきだった。
 二人は扉の前に並んで立ち、早速ドアベルを鳴らす。
「わあっ、とハウだ! アローラー! いらっしゃい!」
 一番に迎えてくれたのはアセロラだった。その声を聞きつけて、男女二人の園児たちもきゃあきゃあと玄関に集まってきた。
「わーい、いらっしゃい!」
「アローラー!」
「きゃうきゃう!」
 甲高い鳴き声と共にハウに突進した茶色い弾丸は、女児が可愛がっているヤングースのヤンちゃんだ。ハウは不意を突かれて「おおうっ」とよろめきながらも、ヤンちゃんを胸に受けとめた。ヤンちゃんはもうハウの腕にかじりついている。島巡りをしていた頃から変わらない、仲良しのしるしだった。
「あそぼー! あそぼー!」
「はやく、こっちこっちー!」
 とハウの手を取り、園児たちは遊戯室のほうへぐいぐいと二人を引っ張った。こらー慌てないの、と幼子を諭すアセロラだったが、言葉の内容に反して口元はゆるりと上がり、友人の来訪に対する思いがありありと見えていた。
「来てくれて嬉しいよ。のチャンピオン祝賀会以来かな? リーリエはその後どう?」
「そうそう、まさにその話でねー。」
 遊戯室に移動しながら、とハウはアセロラに今日の訪問理由を説明した。アセロラは目をきらきらと輝かせて、それすっごいナイスアイデアだよ! と賛同してくれた。
「じゃあみんなで遊んでるところ写真に撮ろう。今日はねー、ミミッキュも遊びに来てくれてるんだ!」
 積み木や絵本が散らばって、すでに遊びの真っ最中だったのだろう遊戯室に、確かにアセロラの手持ちではないクリーム色のポケモンがいた。ピカチュウを模したぬいぐるみのようなものを被ったそのポケモン、ミミッキュは、きっとスーパーマーケットの跡地からアセロラに懐いて付いてきたのだろう。
 とハウは「アローラ」とミミッキュに挨拶した。が、ミミッキュは見慣れない人間の登場にちょっと驚いたようで、子供用の椅子の影に隠れてしまった。とはいえ見えなくなったのは下半分だけで、ピカチュウ形の大きな頭はほとんど隠れていなかったけど。ただ、控えめながらも「キュッ」とやわらかい鳴き声が聞こえたので、敵意はないようだった。
「そのミミッキュ、恥ずかしがり屋さんなの。」
 アセロラが笑う。
「寂しんぼの恥ずかしがり屋さん。面白いでしょ。」
 椅子をどけてアセロラはミミッキュに、二人は友達であり今から一緒に遊ぼうとしていることを伝えた。ミミッキュがおずおずとアセロラの足元に出てきてこちらを見上げたので、はにっこりと笑い手を振った。ミミッキュの黒いぎざぎざしっぽが、手を振り返すように小さくぴょこぴょこと揺れた。
「さあみんな、まずは写真を撮るよー!」
 アセロラが手をたたく。
「みんなの元気な姿を撮って、リーリエに送って見せるんだって。」
「リーリエねーちゃんに!?」
「わーい、写真!」
 園児たちはもうはしゃいで部屋を駆け回り始めた。ヤングースもその後に付いていく。つられてミミッキュもその後を追いかけた。はいはい慌てないで、先にお部屋を片付けようねー、とアセロラの二度目の諭し。
 一通り積み木や絵本を収納し終えた後、さてどんな写真を撮ろうと一行は相談を始めた。園児たちが提案したのは「みんなで踊っているところ」だ。ちょうど今、練習しているお遊戯があるらしい。は承知し、ロトム図鑑を取り出して構えた。すると「えーっ!」という不満の声に撮影をさえぎられてしまった。
「だめだよー。みんなで踊るのっ!」
も?」
「そーだよ。」
「おれもー?」
「ハウにーちゃんもっ!」
 これはちょっと譲ってもらえなさそうな雰囲気である。顔を見合わせ苦笑するとハウの間に、ロトムが割り入った。
「それならボクにお任せロト! みんなのダンス、ボクがばっちりカメラに収めるロトー!」
「そう? じゃあ、よろしくお願い、ロトム。」
 まあロトムなら上手くやってくれるだろう。撮影位置を定めるため揚々と飛んでいったロトムを、とハウは頼もしく見送った。
「それからねー、ポケモンも一緒に踊るんだよ。二人ともポケモン出して!」
 男児がたちのボールホルダーを示しながら言った。
 どのポケモンでもいいの? とが尋ねると、どのポケモンでもいいよと返ってきたので、はルガルガンを、ハウはネッコアラをボールから出した。
 ルガルガンはバトルと勘違いしたらしく、張り切った鳴き声を上げて飛びだした。が、明らかにバトル向きではない部屋の様子に、鼻をふんふん鳴らして辺りを見回す。
「バトルじゃないんだよ、。ダンスだって。一緒に踊ろうね。」
 頭をなでてやりながらが伝えると、ルガルガンは「わふ」と小首を傾げた。
「それじゃダンス教えてあげる! こっち来て!」
 園児たちは主張が通ってご機嫌だ。小さな先生たちに導かれて、とルガルガンとハウとネッコアラは、部屋の真ん中に立たされた。
「こうして、こうして、こーう! だよ。」
 園児たちがリズムよく手をぽんぽんとたたいて伸ばして、手本を示してみせる。こう? とたちが真似をすると、そうそう上手いね! とか、違うよこうだよ! とか熱心に指導してくれた。
 ルガルガンはさすがに体の作りが人間と違いすぎるので、とりあえずの動きに合わせてしっぽを振ったり、ちょっと跳ねたりしてがうがう言っていたが、どうやらそれで正解だったらしい。園児たちは大いに褒めてくれた。
 意外にも一番上手だったのはネッコアラだ。小さな手足ではあるが、見本通りと言って差し支えない動きを、ぴったりリズムに乗せて表現した。それも寝ながらだ。すごいね! ほんとにねてるのー? と大興奮の園児たちに、ハウは「きっとダンスの夢を見てるんだろうねー」と答えていた。
 そうこうしているうち、どこからか音楽が流れ始めた。見るとアセロラがCDプレイヤーのスイッチを入れて、にーっと歯を見せていた。それでみんな、本格的に体を揺らし始めた。
 軽快な音楽に合わせて、園児たちもアセロラも、ハウももポケモンたちも、ぽんぽんと手をたたいて伸ばす。ルガルガンはしっぽを振ってわんわん吠える。教わったダンス自体は単純だったから、たちもすぐにみんなの動きに溶けこんだ。手をつないで輪になって、そのうちアセロラが歌い始めた。

 わんぱくゴースは、おどかしじょうず
 くるりとまわって、あっかんべー
 わんぱくゴースト、ひとりはさみしい
 だれかあそんで、べろべろばあ

 優しいソプラノの声だった。やんちゃ盛りの園児たちも、寂しんぼで恥ずかしがり屋のミミッキュも、アセロラの歌に包まれてすっかり安心して遊んでいるのが、傍から見てもよく分かった。
 歌いながらアセロラがくるっと回ると、歌詞に出てくるポケモンにも似た夜空色のワンピースがふわりとふくらむ。背に縫いつけたリボン様の布は、歌に合わせて楽しげに揺れた。アセロラもとても幸せそうだった。
 そんな彼女らの姿を撮影する音が、頭上で何度も聞こえていた。さすがロトムだ。シャッターチャンスをしっかり捉えている。
ー。」
 不意に呼びかけたのはハウ。
「なにー?」
 とが答えたのと、ハウがぎゅっとの手を捕まえたのは、同時だった。驚くをよそに、ハウはにこにこ笑いながら音楽に合わせてくるりと回った。いや、が回されたのだろうか?
 アセロラの歌が続いている。

 わんぱくゲンガー、ともだちできた
 くるりとまわって、きみがだいすき!

「チャンピオン祝賀会の時、一緒に踊ろうと思ったらいなかったんだよね、。」
 回り終えた後にぐいとこちらに近づいて、あるいはを自分に引き寄せて、ハウは言った。至近距離だからよく分かる。彼の笑顔の中には、寂しさの色がほんの少しだけ溶けていた。そう、チャンピオン祝賀会がかなり盛り上がっていたあの時、はリーリエと一緒に宴を抜けだして、カプ・コケコに会いに行っていた。
 不可抗力だったんだよ、ごめんハウ、と口に出す前に、ハウの寂寥はひらりといたずらっぽい色に変わった。
「だからー、せっかくなら今踊っておこうと思ってー。」
 つないだ手を一緒に掲げて、降ろして、またくるりと回って。いつの間にかルガルガンとネッコアラがバックダンサーについていた。さらに二人のステップの合間を縫うように、ヤングースが足元で走り始めた。避けようとしなくてもヤングースが勝手に足の当たらない道を選んでくれていたのだが、ぱっと見はなかなか技術的なダンスだったのだろう。輪になって踊っていたアセロラと園児たちは、いつの間にか「おー」ととハウとポケモンたちのダンスに見入っていた。
「上手ー!」
「すごーい!」
 ぱちぱちと拍手が湧く。そこでちょうど音楽も終わったので、二人はアセロラたちの方を向き、ぺこりとそれっぽくお辞儀した。さらにわあっと大きくなった拍手の音を、ヤンちゃんがちゃっかり受け取って、きゃうきゃうと嬉しそうに跳ねていた。
「シャッターチャンス、シャッターチャンスロト!」
 シャッター音とロトムの声が上から落ちてくる。そのファインダーは明らかにとハウに向けられていたので、撮ってほしいのはアセロラたちだよ、とは半分照れながらロトムを呼び戻した。
「もちろんアセロラたちもちゃーんと撮ったロト! 見てほしいロト!」
 ロトムが画面を点灯させて成果を示した。たちは早速みんなで顔を寄せあって、どんな写真が撮れたかを拝見する。
 ロトムの身軽さを活かし俯瞰で撮られた写真の数々に、楽しそうに踊るみんなの姿が捉えられていた。園児たちはこっちの写真がいいとか、そっちに写っているヤンちゃんが一番可愛いとか大騒ぎで、どれをリーリエに送る写真にするか決めるのは一苦労だった。
 やっと選んだ一枚は、アセロラと園児たちが手をつないで踊っている写真。たちが写っていないので、園児たちはちょっぴり残念そうだったけれど、ぶれも欠けもなく三人の笑顔が一番よく写っているのがこの写真だった。何より、恥ずかしがり屋のミミッキュが、元気いっぱいに大きく画面にいるのがとても良かった。
 それからアセロラは寄せ書きを書いてくれた。園児たちも書きたいと言うので、別に画用紙を用意してあげた。クレヨンや絵の具で豪快に描かれる子供らの手紙は、きっと寄せ書きには向かないと思ったからだ。
 みんなで楽しくお絵描きをして、終わった後はお昼ご飯を一緒に食べた。とハウが持ってきたマラサダは、予想通り子供らにもポケモンにも大好評だった。
「なにせマラサダの味の違いを確かめに、島を四つ巡った男が選んだマラサダだもんね。」
 がちょっと大げさに言うと、まあねー、とハウもちょっと大げさに照れてくれた。
「この後は誰の写真を撮影しに行くの?」
 マラサダを食べ終えて、指に残った砂糖をぺろっとなめ取り、アセロラが尋ねた。
「そうだなー、場所も近いし、ポー交番のクチナシさんの所に行こうと思ってるよー。」
「ポータウン?」
 男児が顔を上げた。口の周りが砂糖まみれだ。
「スカル団のいる所だー。」
「やだー、あたしスカル団きらいよ! ヤンちゃんいじめたもん。」
 女児も続けて唇をとがらせる。ヤングースも同調して、ぐきゅうと潰れた声を出した。
「ハウにーちゃんもいじめられたもんね。」
「おれは別にいじめられたわけじゃないよー。」
「でも泣いてたじゃん。」
「えっ、泣いてないよー。」
「うそだあ。リーリエねーちゃんが連れてかれた時、泣いてたー。」
「泣いてないってばー。」
 泣いてた。泣いてないー。泣いてた! 泣いてないー!
 男児はもはやその真偽よりも、ハウがもれなく否定する様子が面白いようで、泣いてた泣いてたー、と楽しそうに口ずさんだ。



「スカル団、ポータウンにまだいるんだ?」
 同じ言葉を応酬している男児二人はとりあえず置いておいて、尋ねたにアセロラは表情を曇らせた。
「一応解散したらしいけど、やっぱり残党がいるにはいるみたい。もうそこまで悪さはしてないみたいだけど……気をつけて行くに越したことはないよ。」
 そっか、とハウが少し暗めに返事をした。泣いたとはやす男児の口は、マラサダをつっこむことで封印に成功していた。
「ねー、スカル団のとこ、行かないよね? 二人ともまだここで遊んでくれるよね?」
 ヤングースと一緒に不安げな表情を浮かべて、女児が聞いた。
 急ぐ旅ではない。幼い彼女らを少しでも安心させてやれるなら、留まることは苦ではなかった。せっかくこうして遊びに来たのだし、もう少しここで時間を過ごしても、夜までにはクチナシに会いに行けるだろう。
 はハウと顔を見合わせてうなずいた。ちらりとアセロラに目線と微笑みを送ると、アセロラも微笑みを返した。
 それからは女児の方を向いてにっこりうなずき、質問した。
「食べ終わったら、何して遊ぼうか?」
 わあっと嬉しそうにトーンを上げた女児の声が、積み木遊びをリクエストした。



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