7.マーマネとマーレインの写真

前編






 ホクラニ天文台に行くなら夜がいい、と言ったのはハウだった。島巡りの試練の時、マーマネに望遠鏡をのぞかせてもらう約束をしたらしい。
 ウラウラ島のキャプテンを務めるマーマネと、彼の従兄にしてホクラニ天文台の所長でもあるマーレインならば、次に写真を撮る人物として全く不足ないだろう。とハウは天文台を目指すことにした。
 マップに目的地を設定しながら、ロトムもなんだか嬉しそうだった。
「天文台には機械がたくさんあるロ。ボクは電気タイプだから、同じ建物にいるってだけでわくわくしちゃうロト!」
 ロトムの期待に引っぱってもらい、バス停へ急いだのが幸いだった。とハウがホクラニ岳行きナッシーバス乗り場に着いた時、ちょうど最終便が出発するところだった。遅い便だというのに、バスの中は観光客でいっぱいだった。
「マーマネとマーレインさん、いるかなー。下にはほとんど降りないからいつでも遊びに来てねとは言ってくれてたけどー。」
 そう話すハウの心配は、バスが天文台前に到着した後、すぐに杞憂だったと判明した。
 マーレインが天文台の前にいて、ジバコイルの体を磨いていた。彼はバスから降りてきた二人に気がつくと手を振り、ジバコイルに何か話しかけて軽くたたいてやった。きゅるるとねじのこすれるような音で答えたジバコイルはふわりと空に浮かび上がると、天文台の屋根の上に設置された大きなお椀形のアンテナへ向かって飛び去った。ジバコイルを見送って、マーレインはとハウに歩み寄った。
「やあ、くんにハウくん、アローラ。星を見にきてくれたのかい?」
「アローラ、マーレインさん! うん、それもあるんだけど、今日はマーマネとマーレインさんに会いにきたんだよー。」
「へえ、ぼくたちに? 何かあったのかな?」
 意外そうにするマーレインに、とハウはリーリエに送ろうと思っている手紙のことを説明した。マーレインはふむふむとうなずくと、写真撮影と寄せ書きの件を快く受け入れてくれた。
「そういうことならもちろん手を貸すとも。ただ残念ながら、マーくんは今ちょっと立てこんでてね。明日、島巡りトレーナーの試練の予定だから、『ぬしポケモンこいこいマーク2』……ぬしを呼ぶ機械の調整中なんだ。もう少しで終わると思うから、中に入って待っててよ。」
「はーい。」
 マーレインに連れられて、二人は天文台に入った。の鞄から少しだけ顔を出して、ロトム図鑑がうずうずと楽しそうに揺れていた。
 館内の展示を見学している観光客たちを横に見ながら「関係者以外立入禁止」の札を越えるのは、なんだかちょっと特別感があっていい気分だった。
「今日は流星群が見られる日なんだ。それに合わせた特別解説イベントを実施してるんだよ。」
 マーレインの声が、職員用の薄暗い通路に響く。それでお客さんが多かったのか。へえーと同じように納得したハウの声が、マーレインの後を追って響いた。
「すげー。いいなー。おれも見たいー! 試練の時ねー、マーマネに望遠鏡見せてもらうって、約束したんだー。」
「ああ、そうだったのか。じゃあぼくの部屋にも望遠鏡があるから、良かったらマーくんを待つ間にのぞいていくといいよ。ぼくの私物だけど、今日の条件なら十分きれいに見られると思う。」
「ほんとー! ありがとうマーレインさん! やったね、ー!」
 くるっと踊るようにこちらを振り返って、ハウが大きく手を挙げたので、も同じ高さに手のひらを掲げ、ぱちんと互いにタッチした。
 マーレインの部屋は、思いっきりお世辞を使って表現するなら、あまり整頓されているほうではなかった。部屋の中央に天体望遠鏡。その周りに用途不明の機械類が多数。床には工具とか本とかが散らばっていて、とハウは慎重に足場を選ばなければならなかった。
「いやあごめんね、片付いてなくて。荷物、その辺に置いといてくれたらいいから。」
 その辺、と見回しても、何かを下敷きにせずに荷物を置ける場所はなさそうだった。ハウは早々に諦めて、コンテナのような金属箱の上にリュックを乗せた。もその隣に遠慮がちに自分の鞄を並べた。
「部屋の中を見てもいいロト?」
 目的地への到着を判断したロトム図鑑が、の鞄から出てきて尋ねた。もちろんいいとも、とマーレインが背中越しに答えてくれたので、ロトムは大喜びでふわふわと飛んでいった。
 マーレインは床と同じくらい散らかっている机の上で、探し物をしていた。さほど時間をかけずに何かを選び取ると、天体望遠鏡の前に座る。目を当てる部分を外し、机の上から持ってきた別の筒状の部品と交換した。
「電気消すよ。」
 とハウに声をかけてから部屋の明かりを消すと、望遠鏡の上に乗っているミニサイズの望遠鏡みたいなものをのぞいて角度を調整し、さらに本体の望遠鏡ものぞいて横に付いているネジを回した。観測用に望遠鏡を調整してくれているのだろう。その流れるような手さばきは、さすがホクラニ天文台の所長といった感じだった。
「よし、準備完了だ。どうぞ。今ちょうど見頃だよ。」
「わー! おれ先に見てもいいー?」
 に尋ねたハウの瞳は、好奇心にきらきらと輝いている。そこに宿る星を、空の星よりも先に観察できてしまったは、どうぞと笑って順番を譲った。
「視界の左端に、星とは少し違う光が見えると思う。どうだい?」
「えっとねー……あっ、うん、見えたー。黄色っぽい、いや、紫色っぽい光も混ざってるかなー。」
「それはね、メテノの光だ。」
「メテノの?」
 ハウがぱっと望遠鏡から目を離してマーレインを見る。マーレインはうなずいた。
「地上に落ち外殻を失ったメテノは、長くは生きられない。宇宙へ帰ろうと空に浮かびあがるんだが、途中でちりとなって消滅する。あの光は、メテノが最期に見せる輝きなんだよ。」
「へえーっ。なんだかちょっと、切ないねー。」
 ハウは再びレンズをのぞいて、知識を踏まえた光景に見入った。そしてまたすぐにぱっと目を離すと、今度はを見た。
「すっごいきれいだよー! も見てみてー!」
「ハウはもういいの?」
「うーん、もっと見ていたいけどー、それ以上に早くと共有したいよー。」
 そんなふうに言われてしまっては、望遠鏡をのぞかないわけにはいかない。はハウと場所を交代して、レンズに目をあてがった。
 小さな円の中に光の粒がいくつも散らばって、あるいは固まって、きらりちらりと瞬いていた。それは彼方にある無数の存在が、時間と距離を飛び越えて自分の網膜に焼きついていくような、不思議な映像だった。
 円の左に、黄色のような紫のような、星とは違う細やかなきらめきが見えた。きっとあれが、滅びゆくメテノの光なのだろう。儚い、という悲しみよりも、確かにメテノが存在したという尊さが、夜空を駆けての目に届いた。
「なー、すごいきれいだろー?」
 遠いそらに吸いこまれそうになっていた意識を、耳元で聞こえた声が地上に呼び戻した。
 はうなずいて、「見る?」とハウに交代を促した。待ってましたと言わんばかりに「うん!」と答えるハウ。それから二人で交互に望遠鏡をのぞいて、あの星雲がきれいだとか、こっちの赤色の星が好きだとか、片目分の星空を共有した。
 マーレインは机の前に座ってリーリエへの寄せ書きを書いていたが、時々こちらにやって来て望遠鏡の視野を動かし、星座の並びや星の名前を解説してくれた。
 ロトムも楽しそうに部屋中を飛び回っていた。





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