3.イリマの写真

後編





 イリマの家は、街全体が賑やかなハウオリシティの中でも一等目を引く豪邸だ。スタイリッシュな白い外壁。海に臨むプール付きの庭。どことなくカロス地方の雰囲気を感じるのは、彼の母親がカロスで人気の女優だったことを聞けばうなずける。このセンスの高さとそれを実現できる財力は、間違いなくトップスターのものだった。
 ダイニングに通されて椅子にかけたとハウは、外装からの予想違わず洗練されたイリマ邸の内装を、しばらくきょろきょろと見回していた。
 天井で回っているシーリングファンライトは、おしゃれなカフェに設置されていそうなデザインだ。ソファもカーテンも、王冠のルビーから色を出して染めたような深い赤でまとめられていて、部屋内に上品かつ明るい雰囲気を醸しだしている。
「どうぞ。特製ブレンドのアフタヌーンティーです。」
 出された紅茶も、茶器からしてとてもおしゃれだった。様々な種類の花と共にカップに描かれたフラージェスの絵が、華やかにテーブルを彩る。しかものティーカップは青色、ハウのは黄色、イリマのはオレンジ色のフラージェスと、細部にまでこだわった絵柄だった。「うわー、きれいなティーカップだねー」とハウもちょっと感動していた。
「フラージェスの柄って、おれ結構好きだよー。」
「それは良かったです。中身もお気に召すといいのですが。」
 勧められて口を付けた紅茶から広がったのはバラの香り、それからモモンの実を思わせる甘い匂い。ちょっぴり隠れていた柑橘系の味わいが、全体をすっきりと整えている。カップの絵柄に負けないくらいの華やかさが、口中を潤した。
「とても美味しいです。」
 の賛辞に、イリマは良かった、と笑みを見せた。
 さらにイリマは、お茶請けにどうぞとバスケットを一つ持ってくる。
「あー、ミアレガレット?」
 中身を見る前にハウが言った。当たりです、とイリマが開けたバスケットの中には、クッキーのような丸い焼き菓子が山盛り入っていた。
「ボクの好物なんです。」
「美味しいよねー。おれは前にたくさんもらったから、いっぱい食べなよー。」
 とハウがバスケットをこちらに寄せてくれたので、はお言葉に甘えてガレットを一つ手に取った。いただきますと口に入れれば、さくっとした歯触りの後、バターの風味がふわっと広がる。強めに効かせた塩が甘味を引き立て、舌に心地よかった。
「ねー、美味しいでしょー。」
 の表情を見て、ハウがにこにこした。イリマも満足そうだった。
 とハウがお茶とお菓子に舌鼓を打っている間、イリマはリーリエへの寄せ書きをしたためてくれた。イリマはロトムにも図鑑から出てきてガレットを食べるよう勧めてくれたが、ロトム本人は「ありがとうロト! でもボクはもっと写真撮りたいロ!」と言って、また写真を撮り始めてしまった。ロトムが楽しそうならいいか、とたちは笑って、したいようにさせておいた。



 そうして何度かロトム図鑑のシャッター音が響いて、イリマも筆を置いた頃には、とハウがミアレガレットに伸ばす手もだいぶお腹いっぱいの動きになっていた。
「それでは、リーリエさんに送る写真を選びましょうか。」
 イリマが言ったので、はロトム図鑑を呼び寄せた。
 ジュナイパーとデカグースのバトルの場面だけを見ても、写真の枚数は相当なものだった。しかも、どれも二人の熱いバトルを思い起こさせるに十分な、いい構図のものばかりだ。今ロトムが撮った三人のお茶会も、和やかで優しい雰囲気にあふれていて捨てがたい。
 悩んだ末に三人が選んだのは、バトル中にイリマの指示を受けたデカグースが、今まさに相手をその牙に捕らえんとしている瞬間の写真だった。
「本当にいいんですか? ボクもこの写真はとてもナイスだと思いますが、せっかくですからさんたちも写っているほうがいいのでは。」
「でもこのイリマさんとデカグース、すごくいい顔してるしー。何よりが気に入ったって言うからー。」
 ハウの言葉に続けて、はこくこくとうなずいてみせた。
「この写真が一番、イリマさんとデカグースの良さを表せてると思うんです。」
「ボクもこれはとびっきりの写真だと思うロ! イリマさんもデカグースも、とってもかっこいいロトー!」
 ロトムもの意見を後押ししてくれる。
「そうですか……。皆さんがそう仰るのなら。この写真を選んでいただけて光栄です。」
 イリマは改めてロトム図鑑の画面を眺め、自分と呼吸を合わせてバトルする凛々しいデカグースの姿に目を細めた。
 それから三人は残りの紅茶をゆっくりと飲みながら、しばらく談笑した。イリマの試練を終えた後、とハウがそれぞれどんな島巡りを経験したのか。各キャプテンたちの課したユニークな試練のこと、出会った人やポケモンのこと、印象に残った町の風景……。
 ひとしきり今までの話に花を咲かせた後は、これからのことに話題は移る。
「次は誰の写真を撮りに行くんですか?」
「そうだなー。アーカラ島に行って、ライチさんやキャプテンみんなの写真を撮るのはどうー?」
 ね、とこちらを見たハウに、はもちろん異論ないことを示して首を縦に振った。
「まさしく島巡りと同じ順序、というわけですね。それでは今回もボクはキャプテンとして祈りましょう。キミたちの島巡りに、未来に幸ありますように! ……そうそう、スカル団もまだうろついているようですから、十分お気をつけて。」
 少し声を落としたイリマに、ハウはスカル団、と眉根を寄せた。はい、とうなずくイリマ。
「最近この辺りでもまた目撃報告がありました。でもまあキミたちのことですから、心配は無用でしょう。応援していますよ。いつでもティーを飲みに来てください。」
 イリマの厚い信頼と激励に、とハウは深い感謝の気持ちを返した。
 それから二人は、イリマの優しい言葉と撮った写真、空白が一つ埋まった寄せ書き用紙を胸に抱いて、イリマの家を後にした。
 次に目指すは、アーカラ島だ。



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