ハウとライチュウ





 チャンピオン、は強かった。
 ハウたちだって、この挑戦のために生半可な鍛え方をしたつもりはなかった。それでもあと一歩、及ばなかった。
 ラナキラマウンテン山頂付近のポケモンセンター。休憩所の椅子に座って、ひざの上のライチュウにポケマメを与えながら、ハウは先の激戦の感慨にひたっていた。
 敗北したのにこんなにも落ち着いた気持ちでいられるのは、その戦いがお互いに納得のいくものだったからだ。どちらも一歩も引かないバトルだった。相手のポケモンの能力を見極め、技を読み、ベストタイミングで指示を出す。の戦術には何度か驚かされたが、必死に食らいついて、こちらから意表を突く技を仕掛けてやった場面もあった。その瞬間、の口の端がふっと上がったのを、ハウは忘れられない。
「あー、やっぱりとのバトルは楽しいなー!」
 思わずそうこぼすと、ライチュウが顔を上げて鳴いた。ハウの気持ちに同感するようにわくわくとゆれる声だった。
 がいたからここまで来られたし、これからも一緒にもっと高みを目指せると思う。にも同じように思ってもらえる相手になりたい。
 そう考えると、いてもたってもいられなかった。ハウは立ち上がると、
「行こう、ライチュウ!」
 ライチュウをモンスターボールに戻すのも忘れて駆けだした。もっともライチュウにとってはそれが望むところだったようで、しっぽに乗ってふわりと浮かび上がると、宙を踊るような軌跡を描いてハウの後を追った。

 ところがポケモンセンターを飛び出たハウの足は、数歩も行かないうちに止まってしまった。ハウは根が生えたように立ち尽くし、彼方の空に視線を奪われていた。
「すっげー……。」
 遅れて隣に並んだライチュウに、ハウは見て、と西の方角を指す。
 どこまでも続く雲海の水平線に、輝く日輪が今まさに沈もうとしているところだった。太陽の炎が雲に燃え移り、その境界を赤々と照らしてまぶしい。燃え上がった炎の先端から夜が始まっていて、一番星と二番星が、きらりと天頂で光っていた。
 紺碧の空と、金色の太陽と、銀色の海。アローラでも屈指の高さを誇るここラナキラマウンテンで、この時間だけ見ることのできる、幻想的な風景だった。
 ライチュウがため息のような音をもらした。それでハウは空からライチュウに視線を移した。
 しっぽの上に腰かけて浮いているライチュウに、ハウはそっと手を回すと、進化する前よくそうしてやっていたように腕の中に抱きかかえた。ライチュウは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに大好きな場所にいることに気がつくと、嬉しそうにハウを見上げた。ハウもライチュウと目を合わせてにこりと微笑んだ。
「見つけたねー、ライチュウ。アローラで一番きれいな夕焼け。」
 ライチュウの焼きたてパンケーキみたいな色の毛皮が、西日を浴びてきらきらと温かく輝いていた。その温度をぎゅうっと抱きしめて、ハウはあの時もこうしていたと思い出す。島巡りを始めてすぐの頃、ハウオリシティのポートエリアでピチューを抱いて「アローラで一番きれいな夕焼けが見える場所を探しに行こう」と約束した日のことを。
 ライチュウが何か語りかけるように鳴いた。きっと彼もハウと同じことを思い出していたに違いない。そういう声だった。
 ハウはうなずくと再び西方に目をやり、その瞳に赤い炎を映したまま「でも」とライチュウに答えた。
「もっときれいな夕焼けがあるかもしれないって、おれは思うなー。アローラにも、それからこの世界のどこかにも。」
 ふり仰いだ先にはアローラリーグがそびえていた。そのてっぺん、チャンピオンの間のさらに向こうには空が広がり、遠いどこかに通じている。まだ見ぬ人や、ポケモンや、夕焼け色が待つ場所に。
「だからー、まだまだ一緒に行こうねー、ライチュウ!」
 大きな声で答えたライチュウの返事が、澄んだ空気に高く響きわたった。





次(ハウとアシレーヌ)→
←前(ハウとケケンカニ 第4話)
目次に戻る