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 数日後、ラナキラマウンテンを下りたハウが真っ先に向かったのはリリィタウンだった。自宅に入り、荷物の片付けや休憩もそこそこに祖父のハラを探す。道場で弟子たちに稽古をつけているのを見つけると、区切りがつくのを待って声をかけた。
「ただいまー、じーちゃん。」
「おお、ハウ。帰っておりましたか。おかえり。」
 にこりと笑み交わす。だがハウはすぐにその表情をひるがえし、ハラに向き直った。
「あの、じーちゃん。ううん、しまキングのハラさん。」
 真っ直ぐにハラの目を見て言った。
「おれと大試練のバトルをしてください。」
 唐突なかしこまった申し出に、ハラは眉をひそめた。
「ハウ、そなたはすでに大試練を終えたはず。次に正式戦を行うのはポケモンリーグで、大大試練改め四天王戦だとばかり思っておりましたがな。」
 そう告げ、目を伏せる。
 まただ、とハウの胸の奥はちくりと痛んだ。じーちゃんまた、おれのほう見てくれないんだ。
 それでもハウは引き下がるわけにはいかなかった。四つの島の景色を自分の目で見て確かめること、様々な人やポケモンと出会うこと、大好きなマラサダの土地による味の違いを知ること……島巡りの目的はたくさんあったし、どれもハウを大きく成長させてくれた。けれどもその中でひときわ強く、始めからずっとハウの中で息づいていたのが「本気のハラに勝つこと」だった。
 じーちゃんに、祖父と孫としてではなく、父のことも関係なく、しまキングと一人の島巡りトレーナーとして向き合ってほしかった。
 そして今ならその本気を引き出せる自信が、ハウにはあった。
 決着を、つけなければならない。
「本気のしまキングに勝たなきゃ、大試練を達成したことにはならないから。お願いします。」
 ハウの真剣な態度を、さすがのハラも無下にすることはできなかったのだろう。うーむと低くうなりながらも、分かりました、と首を縦に振った。

 そして始まった大試練。双方一歩も譲らぬ激戦の末、ハウもハラも最後のポケモンを残すのみとなった。舞台の上では二体のケケンカニが向かい合っている。
 勝負は一撃で決まると、どちらも直感していた。それを左右するのはほんのわずかな差であることも、それがどちらに傾いているかを読み切れるほど相手の育て方が甘くないことも、分かっていた。
 ケケンカニ同士が鏡のごとく見合ったまま、壇上は空気さえぴんと張りつめて動かない。
 しまキングが選択する、最後の技は。
 ハウはハラの顔を見た。
 ハラはいつもハウを見ていた。どんなに厳しい勝負の時もいつも、片目でハウを見守っていた。その激しい形相としまキングの威圧がハウを怖がらせないように、いつも気を遣ってくれていた。
 今、ハラは片目を他所にやる余裕もないほどに、真っ直ぐ両目でハウを見つめている。その形相は崖っぷちの局面で激しく相手を威嚇し、と同時に成長した孫であり愛弟子である男の姿を瞳に映して、少しばかり口角が上がっているようにも見えた。全然怖くなかった。ああ、とハウは心の中でため息をついた。

(おれ、やっとじーちゃんのゼンリョク、見られたよ。)

 ハラがZリングを天にかざす。
 ハウも同時にZリングを高く掲げる。
 脈打つ大地の鼓動がそれぞれのケケンカニに、激しい勢いで渦巻きながら集まった。みるみるうちに光となってあふれだしたオーラに包まれ、ケケンカニたちは深く腰を落とし、互いのトレーナーと呼吸を合わせた。
「全力無双激烈拳!!」
 ハウとハラの声がリリィタウンじゅうに高く響きわたった。






「強くなりました。本当に、強くなりましたな、ハウ。」
 側に歩み寄って称えたハラの言葉は一度目の大試練を終えた時と同じ、しかしあの時以上に感慨のこもったものだった。
 二つのZ技の激しい打ち合いが終わった時、舞台の上で立ちあがったのはハウのケケンカニだった。観衆の興奮した声。鳴りやまない拍手。ハラは目を見開き、悔しさを顔中ににじませた。が、すぐにほおを緩めてその表情を溶かすと、倒れたケケンカニを満足そうにボールに戻す。残ったケケンカニ――ハウの相棒が振り返って、誇らしげにはさみをぶるるんと振っていた。
 それでハウもようやく、勝った、と実感したのだった。長い息が口からこぼれた。
 穏やかに微笑んでいるハラに、ハウははにかんだ。
「おれにはじーちゃんが、が、ポケモンたちがいてくれたから。」
 ハラは大きくうなずいた。
「良いケケンカニです。つい最近仲間にした、とはまことかな? 長い時間をかけて育んだ絆が、そなたらのZ技からは伝わってきた。」
「仲間になったのは最近だけどー、ずっと一緒に島巡りしてたんだ。なー、ケケンカニ。」
 答えるようにケケンカニが吠えた。ハラはなるほど、と言ってハウのケケンカニを眺めた。
「なんにせよ、このようなポケモンとトレーナーが現れるとはわしも嬉しいですな。今後も同じケケンカニ使いとして、切磋琢磨しあいましょうぞ、ハウ。」
 ハラが右手を差しだす。大きくて、ごつごつしていて、強く、優しい手だった。幼い頃から何度も抱かれ、守られ、そしていつか越えたいと憧れたその手に、ハウは今、自分の右手をしっかりと重ねる。
「よろしくお願いします。」
 二人は互いの目を真っ直ぐに見つめ合った。
 そんな二人の様子を見て嬉しくなったのか、ケケンカニがもう一度吠えた。ハウはハラとの握手を解くと、ケケンカニにぎゅっと抱きついた。彼がいたからハウはここまで来られた。じーちゃんの本気を引き出すことができた。口にするにはあまりにも熱い感謝の気持ちを手のひらに乗せて、ハウはその大きな体をぽんぽんと優しくたたき、銀色の毛並みをなでつけて整えてやった。
「ありがとう、ケケンカニ。これからもよろしくねー。」
 ケケンカニは目を細めて、右のはさみをぶるるん、ぶるるんと振った。
 こうしてハウのメレメレ島の大試練は、ようやく決着を迎えたのだった。



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