剣の絆










*1*


 すごく立派な城だな。
 はじめてみたグランシェフ城の印象はそれだった。それにとても大きい。実際中に入ってみるとよく分かる。それとも、そう感じるのはこの広い部屋に自分たちのほか数えるほどしか人がいないからだろうか。
 はもう一度ぐるりと辺りを見回した。そして、慌てて目線を元に戻す。横にいるの父親が、軽く彼を小突いたからだった。王の面前だぞ、と父は言っているようだった。
「――それで、君がリゾットに剣の稽古をつけてくれるんだな。」
 謁見の間の広い空間に、グランシェフ国王の声が響く。の父は「はい」と返答した。
「城下で彼を見かけたのは私です。彼とは旧知の仲でして、彼が相当な剣の使い手であることは、私が保証いたします。」
 側にいた兵士が言った。王はうむ、とうなずき、再びたちに顔を向ける。
「すでに聞いたかもしれんが、先日息子の剣術の師をしていた者が病に伏してしまった。しばらくは動けぬとのことだ。その間リゾットには稽古を休ませてもよいのだが……せっかく腕のたつ者がおるのだ。時を無駄にさせることはないだろう。少しの間だが、息子のことをよろしく頼みたい。」
「ありがたき幸せに存じます。」
 は王の側の少年を見た。おそらく彼がリゾット王子だ。肩の辺りまで伸ばしたシルバーグレーの髪が美しい。王から譲り受けたのだろうその赤い瞳は、今はたちを映しているようだった。自分と同じくらいの歳だろうに、どこか大人びて見えるのは、やはり彼が王族であるゆえか。あいつも剣の腕、たつのかな?
「して、そちらの少年は、息子さんかな?」
「はい。と申します。親子二人、気ままに旅をしている次第です。」
「ほう、どちらから来られた。」
「北方から。城下には、今日到着したばかりです。」
「ご子息も剣技を得意とするのか。」
「多少は手ほどきをしておりますが……愚息でして。」
「そんなことはない。とても賢そうな顔をしておる。」
 言って、王はに向かってにこりと微笑んだ。急に王に視線を向けられて、はどきりとする。
君、といったね。ふむ……ちょうどリゾットと同じ年頃だな。仲良くしてやってくれ。」
「は、はいっ。」
 緊張して発したその声は、語尾がひっくり返って妙な返事になってしまった。少し恥ずかしくなってはうつむいた。
「それでは後のこと、よろしく頼む。よければ、早速稽古をつけてやってもらいたい。いつも剣の稽古をする場所までは、リゾットが案内してくれるだろう。」
「はっ。承知しました。」
 の父親は、王に向かって敬礼した。
 二人の話が終わったのを見届けると、王子がこちらに近寄ってきた。彼は父子の先に立ち、案内役を買ってでる。
「それじゃあ行きましょう。剣の稽古場は中庭です。」
 の父親は再び国王に一礼し、リゾットの後に続いて謁見の間を出た。も父にならい、置いていかれないように急いで二人の後を追った。

 廊下に出ると、は早速リゾットの隣に並んだ。
「なあ、リゾット。リゾットは剣、上手?」
「こらっ、。王子様を呼び捨てにするな。」
 横から父の声が飛んできた。は分かったよ、とすねた顔を向ける。が、リゾットは笑って言った。
「お構いなく。いや……むしろ呼び捨てのほうがいいな。その代わり、オレも『』って呼んでいいだろ?」
「もちろんさ!」
 顔を見合わせて微笑む少年らを見て、の父はやれやれ、と苦笑した。これだから子どもはうらやましいねえ。
 そうこうしているうちに、三人はよく手入れのされた庭に出た。植え込みはきれいに刈り込まれ、色彩豊かな花壇からはほのかによい香りが漂う。青々と茂る芝生は柔らかく、ものめずらしそうに城のあちこちを眺めているの足音をそっと包み込んだ。
 リゾットは芝生の広がった場所まで来ると足を止めた。近くには練習用の剣や槍、盾や弓矢まで置いてある。つまりは、ここが武芸の稽古場なのであろう。
「さて、着きました! ここが中庭です。では、よろしくお願いします、先生。」
「こちらこそよろしくお願いします、リゾット王子。」
「父さん! も一緒に練習やっていいだろ?」
「だめだめ。今はリゾット王子の授業中だ。お前はその辺で待っときな。終わったら王子と遊んでもいいからな。」
 はちぇっと舌を打つと、少し離れた所に噴水を見つけ、そのふちに腰かけた。ここなら邪魔にならないだろうし、湧き上がる水の音も心地良い。
 その日は穏やかな日だった。日の光がぽかぽかと暖かく降り注ぎ、風は時折そっと頬をなでる。こりゃちょっと動いたらすぐに汗ばむな、と思いながら、は稽古を始めた二人を眺めた。リゾットの剣の腕も気になるところだ。
 遠くから見ても、リゾットの動きがかなりいいのが分かった。自身といい勝負だろう。そのうちにリゾットとの父親が手合わせを始める。さすがに父の前では未熟な王子の実力など取るに足らなかったが、それでもやはりなかなかの鍛錬は積んでいるようだ。受け流しが少し下手かな?
「あっ。」
 リゾットが転んだ。彼はすぐに立ち上がったが、どうやら受身も上手そうだ。の父はすぐさま今の問題点を指摘する。リゾットは素直にそれを聞き入れ、再び稽古は再開された。
 ――そうして二人が練習を始めてからしばらく。ようやく彼らは互いに礼を交わし、一回目の稽古は無事に終了したようだった。使った剣の片付けも早々に、リゾットが噴水のもとに駆け寄ってきた。
「お疲れ様。」
 がそう声をかけると、リゾットはにこりと笑みを見せた。続いての父も二人の側へ歩み寄る。
「お疲れ様、リゾット王子。なかなか筋が良かったよ。成長が楽しみだ。」
「ありがとうございます。」
。王様が部屋を用意してくれているらしい。ここにいる間は、しばらく城でごやっかいになるぞ。部屋の場所は……」
「ああ、オレが後で案内します。、それでいいよな?」
「うん、いいよ。」
 そうか、と父はうなずき、じゃあオレは先に部屋に行くな、と告げた。
「お前も王子と遊んだら、適当に戻ってきなさい。王子は稽古の後だし、お前も今日着いたばかりだから疲れているだろう。」
「分かったよ、父さん。」
 父の背中を見送った後、はすぐさま、興奮を隠し切れないまなざしをリゾットに向けた。
「リゾットって強いんだなあ!」
「そうかな……。でも、の父上のほうがもっとずっと強かったぜ。全然歯が立たなかった。」
「そりゃうちの父さんだもん。」
 ちょっぴり得意気にそう言ってから、は父の去っていった方をちらりと見たが、彼はもういなかった。そこでは声をひそめてこう付け加える。
「取り得は剣が使えることだけさ。」
 リゾットは笑みをこぼした。
「そんなことないと思う。教え方も優しかったし。」
 言いながらリゾットは、の隣に腰かけた。それから彼はどこともなく、中空に目をやる。真紅の瞳に輝く青空を映し、リゾットはそうしてしばらく沈黙を保っていたが、やがてぽつり、尋ねた。
たちは、北の方から来たんだよな。」
「うん。旅をしてるんだ、と父さん。あの剣の腕で用心棒したりなんかして、お金は稼いでる。もちょっとぐらいなら手伝えるんだぜ!」
「へえ。も強いのか? の父上と同じくらいに。」
「まさか。」
 は肩をすくめた。
「父さんはケタ違いに強いよ。」
「だろうな。」
 リゾットもうなずいた。さっきの練習のことをふまえてか、彼のうなずきにはかなりの実感がこもっていた。
「けど……見た感じ、リゾットも剣術すごく上手だぜ。父さんも言ってたけど、筋がいい。」
「へへ。先生の息子にそう言われたってことは、自慢に思っていいのかな。」
 まあね、とは答えた。確かにリゾットは強いと思う。でも……。はふと考えた。
 とリゾットと、どっちが強いかな。
 はちらりとリゾットを見た。そういえば最初に彼を見た時からずっと気になっていた。リゾットの剣の腕がどんなものか、自らで確かめてみたい。だって、父から教わった自分の剣の腕にそれなりの自信はあるのだ。それにいくらリゾットが強そうだということが分かっても、側で見ているだけでは結局相手の強さの全てを知ることなどできはしない。
 ――リゾットと、手合わせしてみたいな。
「……あのさ、リゾット。」「なあ、。」
 開口のタイミングが重なった。ぶつかった言葉に両方とも一瞬続きをためらう。先に言葉をつないだのはだった。
「お先にどうぞ。」
 リゾットは了解し、再び、と呼びかけた。
「オレ、に一つ頼みがあるんだけど。」
「何?」
「手合わせしてみたいんだ。お前と。剣の。」
 は驚いてリゾットの顔を見つめた。が、すぐにそれは嬉しそうな表情へと変わる。
「なんだ! リゾットも同じこと考えてたんだ!」
「えっ……じゃ、も?」
「たった今、そのこと言おうとしたんだよ。」
 今度はリゾットが驚きを嬉しさに変える番だった。
「そうだったのか!」
「じゃ決まりだな。早速勝負しようぜ!」
 はぴょんと立ち上がった。が、すぐに彼愛用の剣が腰にささっていないことに気付く。
「いっけね。の剣、父さんが持ってった荷物の中だ。」
「それなら、あそこにある練習用の剣を借りるといい。どれでも好きなのを使ってくれ。」
 お言葉に甘えて、は剣を借りることにした。そこにあったものは全て練習用で、実際に刃がついている物ではなかったのだが、形はかなり良い。さすが城の備品は違うと言うべきか、とにかくはその中でも特に使いやすそうなものを選んだ。同じ所から、リゾットも一本手に取った。が一瞬リゾットの方を見つめると、
「オレだけ自分用の剣を使うのはズルイだろ?」
と、リゾットが微笑んだ。
 剣を手にした二人は、やや距離を取って対峙した。
「よろしくお願いします。」
 一礼を済ませた後の、一瞬の張りつめた沈黙。先に体が揺らいだのはリゾットだった。
 鋭い斬りと突きの連携は、先ほど見た通りのものだ。一回の攻撃がずんと響く、王子のその体つきからは予想外の威力のある剣だった。だが、スピードなら負けていない。はリゾットの攻撃のスキを狙い、切り返しからの素早い連続突きを入れた。そして大振りの一撃をかます。が、リゾットはそれを自らの刃で受け止めた。カン! と高い音が鳴る。剣を交えたまま、互いに動かぬ二人。
 と、リゾットが一瞬後方に身を引き、そこから素早く斬りつけてきた。すんでのところで、はそれを受け止める。再び交わった剣が小刻みに震える。柄を握る手に力が入り、いったん二人は互いをはじきあい、もう一度最初と同じような距離をとった。
「へへ……思ったとおりだぜ! リゾット、やっぱり強ぇーや!」
「ああ、もな。ここからが……本番だぜ!」
 二人は同時に駆け出した。ガキンと剣がぶつかる。リゾットが突く。はそれをよける。さらに食い下がるリゾットの剣をはね返すと、今度は反撃を開始した。連続で相手に斬りかかる。だがリゾットもさすがのもので、そう簡単にはの攻撃をくらわない。見事な運動神経で彼の攻撃を避け、または剣で受け止めた。カン、カンと剣のぶつかる軽快な音が響く。双方押しつ押されつで、勝敗はなかなか見えてこない。
(……まずいな。)
 振り下ろされたリゾットの剣をかわしながらは考えた。
(ここらでそろそろ決定打を出さないと。これじゃキリがない。)
 フェイントだ。とっさには思いついた。こっちのスキも大きいけど、一か八かフェイント攻撃を仕掛けてみよう。
 は好機をうかがった。リゾットが斬りかかる。それを剣で受け流す。
 よし、今が反撃のチャンスだ!
 は素早く斬りかかった。案の定よけられてしまったが、構わずに次の斬りをくり出す。そこからの連携でもう一度斬る、斬る、斬る。そして最後も斬ると見せかけて――。
 は振り上げた腕をさっと引き戻した。

 突く!!

 両者の動きがピタリと止まった。二人の荒い呼吸だけが、中庭の静けさを破る唯一の音となっていた。
 リゾットは動けなかった。の放った突きが、まさに彼ののど元寸前で止まっていたからだ。
 そして、も動けなかった。フェイント攻撃のスキを、リゾットが見逃すはずがなかった。リゾットの剣は、もう一歩動けば当たるかという所で、の首元にその切っ先を向けていた。
 は腕を下ろさぬまま、リゾットを見た。リゾットもまたに目を向けた。そして二人は、にやりと笑みを浮かべる。
「引き分け、だな。」
「ああ、引き分けだ。」
 それから彼らはゆっくりと剣を下ろした。はふうーっとため息をつく。
「すげえよ、リゾット! やっぱりお前、本当に強い!」
のほうこそ。オレ、負けるかと思った。さすがだな!」
 汗をぬぐいながらそう言うリゾットに、はへへっと笑いを見せた。
「いい勝負だった。次は勝つぜ、!」
だって負けないからな。……まあ、今日は借り物の剣だったし……。」
 は剣を元あった場所に戻しながらつぶやいた。
「自分の剣使ったら、絶対に負けねーぜ! 今度はお互いに自分の剣で勝負しよう。」
「ああ。でも、の剣は、真剣なんだろ?」
「うん。そうだけど?」
「オレの剣も真剣だ。自分の剣を使うなら、ちゃんとした装備をしないと試合は無理だな。」
「そうだな……。」
 はうなずいた。つまり、事実上は自分の剣でリゾットと試合をするのは難しいということか。それに、父さんが許してくれそうにもないし。
「まあいずれ機会があれば、その時こそ真剣勝負だ、。」
「ああ。決着つけなきゃなんないもんな!」
 二人は互いに強くうなずいた。そして、そろそろ戻ろうかということで、共に中庭を後にする。リゾットが先に立ち、を部屋へと案内した。会話の合間に時折笑みをこぼしながら廊下を歩く少年たちは、今日出会い、一度剣を交えただけだというのに、まるで親友か兄弟のように仲が良さそうだった。


To be continued...

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