*7*


 すべてはうまくいった、というと語弊ごへいがあるかもしれない。だがリックはなんとか一命をとりとめたそうだし、ガーリを村人として受け入れてやることに反対ではない人も少しずつだが、増えているそうだった。そういう話をたちは人づてに聞いたのだが、当の村人たちのたちに対する態度も、心なしか徐々に友好的になっているように感じられた。もともとはバンカーに対して偏見を抱いている者は少なかった、というのは本当だったらしい。
 とダイフクーはというと、あの後しばらく村の小さな宿に滞在していたのだが、そうして少しずつ村が落ち着きを取り戻していくのを見るにつけて、だんだん出発の予感を感じ始めていた。
「そろそろ、村を出るか。」
 とうとう言い出したのはダイフクーだった。
 そうと決めたら早いほうがいいだろうということで、二人はさっさと出発の準備にかかった。荷物はすぐにまとまった。二人とも、もともと少ない荷物だったから。
 世話になった村人へのあいさつ回りをすませ、二人が宿を後にしたのはよく晴れた日だった。のどかな風が吹き抜ける中、彼らは最後に目にする村の景色を眺めながら雑談に興じる。
「じゃとりあえず、川下の港町に行ってみるか。」
 提案したのはダイフクーだった。は、うん、とうなずく。
「港に着いたら、どこ行きの船に乗ろうか。」
「禁貨がありそうなところがいいよな。どっかの島に行ってみるのも面白いかも。」
「北の大陸なんてどう? 涼しそうだし。」
「あー、それもいいな。そうだ、それに、向こうのカニはすっげー美味いらしいぜ。一回食べてみてえよなー。」
「あはは、そりゃいいね。カニたっぷりのちらし寿司とか?」
「んー、オレは鍋でゆでたのがいいな。豪快にガブッとさ……」
 そうしてダイフクーがカニの食し方についての熱弁をふるおうとした時、背後からおーいと呼ぶ声がして、二人は振り返った。見ると、二人が歩いてきた道を今、一人の男と一匹の犬が駆けてきていた。
「ガーリ!」
 ガーリは二人に追いつくと、良かった、間に合って、と息をついた。
「大食堂のオヤジから聞いてよ。えらく急な出発じゃねーか。」
「早く禁貨を集めなきゃいけねーからな。この村にはちょっと長く居過ぎたぐらいだよ。」
「そうか……。」
 旅立つバンカーの心持ちはよく分かっていたはずなのに、あるいは、その心持ちを分かっていたからこそ、ガーリは名残惜しげな表情を隠せなかった。それはあいさつ回りに行った時、村の人たちが見せた顔と同じだった。
「ガーリ、見送りに来てくれたんだ。」
「え、いや、まあー……。」
 ガーリは少し困ったように頭をかき、目を泳がせて、何と言えばいいのか迷っているようだった。
「あ、謝らなきゃいけねえと思ってよ……。その、いろいろ迷惑かけて、すまなかった。」
 とダイフクーは顔を見合わせた。まさか、ガーリからこんな言葉が聞けるとは。
「感謝もしてるんだぜ。」
 ガーリはさらに言った。
「お前らのおかげで、変わったから。変えられたんだ。それに何より、リックも無事だった。」
 リックは彼の横におとなしく座って、まるで三人の会話に聞き入っているようだった。はまたちょっとした罪悪感に襲われそうになったが、犬のほうにはもう敵意は見えなかった。
「だから本当に、えーと……ありがとう。」
 慣れない気持ちを、相手の目を見てまっすぐに伝える勇気は、まだガーリにはないようだった。でも、たちにはそれで十分だった。
「オレたちは何もしてねーよ。それで? お前はまだしばらくここに残るのか?」
「ああ、そうなんだ。実はさ、」
 ガーリはとたんに嬉しそうな顔になった。
「大食堂で雇ってもらえることになったんだ。」
 とダイフクーは同時にへえ! と感嘆の声を上げた。
「良かったじゃん!」
「じゃあ晴れて村の一員か!」
「いや……やっぱりまだオレを認めてくれない人もいる。でもオレだって自分のしたことぐらい、分かってるからさ。ひたすらマジメに頑張るしかないかなって……。」
 気まずそうなガーリのその様子の裏にはしかし、新しい希望が光っていた。
「きっとうまくいくよ。」
 はそう言って後押ししてやった。気休めで言ったのではない。彼には本当にそんな気がしていた。
「頑張れよ、ガーリ!」
 ダイフクーも励ました。それから二人は、じゃあ、と片手であいさつしてガーリに背中を向ける。
「あ……ちょっと待てよ!」
 止めたのはガーリだった。
「お前らに渡したい物があるんだ。」
 ガーリは布袋をひとつ取り出し、二人に差し出した。がそれを受け取った。その瞬間彼の手に乗った硬い重さにはどこか覚えがあって、あれ? と思いながら袋の口を開けて見ると、中にはキラキラ光る、金色の硬貨が詰まっていた。
「禁貨!」
 ダイフクーも袋の中をのぞき見て、うわと声をあげる。
「こんなに……。でも、これどこから?」
「へへ、オレにはもう必要ねーからな。二人とも、ちゃんと願いを叶えるんだぜ。オレの禁貨を無駄にしたら、承知しないからな。」
 それじゃ達者で! と、ガーリはもと来た道を帰っていった。たちは禁貨を受け取ったまま、ちょっとぼーっとして彼の背中を見送っていたが、やがてガーリが言った意味を理解し、あっと同時に叫んだ。
「禁貨、まだ隠し持ってたんだなー!?」
 その声は流れる風と共にガーリを追いかけたが、彼は振り返らず、村の中へと消えていった。たちは互いの顔を見て、ちょっと笑みをこぼし、そのまま突っ立っていてもしょうがないので並んで歩き出した。
「でも、本当に良かったな、ガーリのやつ。」
 ダイフクーがしみじみ言った。
「うん。バンカーも、変われるもんなんだね。」
「ああ。禁貨を求めて独りで戦いを続けるだけが、生き方じゃねーってことだな。」
 言ってダイフクーはちらとのほうを見た。は何? と首をかしげる。すると彼はいや何でもない、と言ってまた前を向いた。
「ただオレも、この村に来て良かったな、と思ってよ。」
 彼は小さく付け加えた。
「あ、そうだ。ガーリにもらった禁貨、半分こしようぜ。」
「そうだね。じゃダイフクー貯金箱バンク出してよ。」
 もらった禁貨はパッと見て数が分かるほど少なくはなかったので、一枚ずつ分配していくことにした。そうすれば歩きながらでも分けられる。どうせ次の町まではたっぷり距離があるだろうから、は禁貨を一枚一枚、丁寧に取り出してそれぞれの貯金箱に入れていった。
「……禁貨っていえば、ダイフクー。バンカーバトルしようって話はどうなったの?」
 ふと思い出して、が尋ねた。貯金箱に入った何枚目かの禁貨がカランと音を立てた時だった。
「あー……そういやそんなこと言ってったっけ。」
「ダイフクーが言い出したんだよ。禁貨全賭けで、って。」
 はまた一枚、袋から禁貨を取り出す。それから、次はどっちの貯金箱に入れる番だったか一瞬分からなくなってしまい焦ったが、すぐに思い出してダイフクーの貯金箱に入れた。その間ダイフクーは、約束したバンカーバトルのことを黙って考えているようだった。
「……また、今度にしようぜ。」
 ダイフクーはそう結論した。
「ほら、全賭けバトルしたら、せっかくガーリからもらった禁貨きっちり分けてるのに、無駄になっちまうじゃねえか。」
 彼の言葉はどこか言い訳めいていた。だからはちょっと笑みを浮かべたのだが、彼の意見に異存はなかったので、そうだね、とうなずいた。
 禁貨のこすれあう澄んだ音を傍らに、たちはまた他愛ない雑談を始めた。通りすがりの風が彼らとすれ違い、駆け抜けていく。風はそのまま村まで吹き抜け、一人の男を振り向かせた。男の側にいた一匹の茶色い犬も、彼につられて顔を上げる。それから男は、優しい微笑を少し浮かべた。
 空には青が輝いていた。穏やかにそそぐ日の光が、新たな道を歩き始めたバンカーたちを、照らしていた。


Fin.
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