演技の終わり










 頭には漆黒の帽子。まとうのは闇色の上衣。真っ黒な姿の中に見えるその顔は、憎々しげに微笑みを浮かべている――。
 そんな男に、なったつもりだった。そんな男が、尊敬する師を殺したと聞いていたからだった。

 師匠の訃報を耳にした時、大きな悲しみと共に心を震わせたのは、師匠の幼い息子のことだった。
 師匠に別れを告げた時、その子はまだやっと言葉が話せるかどうかという歳だった。だからその子はきっと、自分のことは覚えていないだろう。それでも彼にとってその子は、家族同然の存在だった。師匠と同じように。
 父を亡くし、彼はどうしているのだろうか。いや、おそらく生きてはいまい。父子おやこもろとも殺されたか、そうでないとしてもあんな小さな子が身寄りもなく、独りで生き延びられるとは思えない。だが、あの師の血を引く子だ。ひょっとすると、もしかしたら……。
 ひとしきり師を悼む気持ちが過ぎ去った後は、そんな考えが堂々巡りした。憎しみと、悲嘆と、希望と、不安とが、代わる代わる心臓を刺した。
 フォンドヴォーがコロッケのうわさを聞いたのは、そんな頃だった。

 夢にも思わぬ遭遇だった、と言えば嘘になる。フォンドヴォーがバンカーサバイバルに赴いたのは、師を殺したバンカーを探すためというよりもむしろ、師の息子――生きていれば成長した、コロッケを探すためだったからだ。
 しかし実際に、コロッケという名の少年を見つけ、彼がバーグ師匠の実の息子だと分かった瞬間、フォンドヴォーはこみ上げる熱いものを抑えるのに必死だった。

「見た目に不釣り合いなほど、けた違いに強い、コロッケという名の少年バンカー」。そのうわさを聞いた時、すぐにあの幼子のことだと思った。
 もちろんそれは架空の人物についての根も葉もないうわさかもしれないし、同名の別人のことかもしれない。
 それでもフォンドヴォーは、コロッケに会うためにバンカーサバイバルに来た。バーグ師匠の息子、コロッケに会えることを信じて、黒衣に身を包んだ。
 頭には漆黒の帽子。まとうのは闇色の上衣。真っ黒な姿の中に見えるその顔は、憎々しげに微笑みを浮かべている――。そんな男に、なったつもりだった。そんな男が、尊敬する師を殺したと聞いていたからだった。
 この姿をしていれば、コロッケが自ずから接触してくるだろうという算段だった。そしてそのままコロッケがつきまとってくれれば、何かあった時に側にいて守ることができるとも思った。だけならばわざわざ父親の仇のふりをしなくても良かったのだろうが、あえてそうしたのは、コロッケがバンカーとしてどれほど成長したのか身をもって確かめたいという思惑もあったからだった。
 そこまで考えて黒ずくめになったのは、ふと冷静になってみれば、いささか早とちりという感はもちろんあった。正直、もしバーグの息子コロッケに会えていなければ、立ち直れたかどうか自信がない。
 が、結果としてコロッケは生きていて、フォンドヴォーは彼を見つけた。それだけでかなりの収穫だったのに、バンカーサバイバル二回戦でコロッケと同じチームに配属された時には、運命というものを礼賛しようかと思った。

 落とし穴にはまるのを、すんでのところでフォンドヴォーに助けられたコロッケは、彼の手を震えるほど握り締めながら、ありがとよ、と礼を述べた。俺が憎かったんじゃないのかと問うと、
「ああ憎いよ! お前なんてだいっきらいだぞー!!」
 洞くつ中に響く大声で叫んだ。それからけろっとした顔で笑い、
「でも、父さんを生き返らせるために我慢するよ。ここでおまえをやっつけたら、失格になっちゃうもんね。」
 かなえたい夢を、強く秘めた声だった。

 強いやつになるといいな、とバーグは言った。
 物心つく頃から師匠に鍛えてもらうんです、きっとすごく強くなりますよ、とフォンドヴォー。するとバーグは、んーと少し首をかしげた。
 強いっていうのにも、色々あるんだ。他人が指導したってどうにもならない強さもある。そういうの全部含めて、強い子に育てばなって……。
 そこでバーグは、ふっと笑う。
 ま、元気いっぱいに育ってくれたら、何でもいいんだけどな!
 そうして彼は、ひざの上ですやすやと眠る息子の頭を、その大きな手で優しく静かになでていた。

 バーグ師匠。
 あなたの息子は、強く、元気いっぱいに育っています。
 強く、元気いっぱいに、生きています。
 フォンドヴォーは、もう十分だと思った。もう仇のふりをしているのも辛かった。
 彼は、泣きそうになりながら微笑んでいる自分の表情を決して誰にも見られないよう、しばらくうつむいた後、顔を上げた。

 その時コロッケは初めて、優しい金色の眼差しを、見た。

Fin.





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