思慕の氷










 吹雪は止んでいた。
 凍てつく氷で築き上げたかのような冷たい館を背にし、彼は白い白い大地を見つめていた。
 雪に映える金の髪を、透き通った風が揺らす。寒さなど感じるはずはなかった。ただ深層から昇る冷気が彼の足先に触れ、彼の胸を包み込み、そのまぶたをゆっくりと閉じさせた。

 再び開いた彼の瞳は蒼く、深かった。眼前の景色は雪に埋もれ何も変わらず――いっそすべて凍ってしまっていれば良かったのだ。空も、大地も、風も、彼も、何もかも凍ってしまっていれば良かった。だがそうではないと彼が知るのは、胸を包む空気が「冷」だと判断するための比較物が、(知らぬ間に)彼の中にあったからだった。


 血色ブラッドカラーの髪を二つに束ねた少女がひとり、そっと彼の傍に寄る。
 しばらく共に同じ景色を見つめた後、少女の薄紅の唇がわずかに動く。
 彼は答えない。
 どれくらいかの沈黙の後、再び少女の唇が微かに空気を揺らす。
 長い、長い静寂をはさんで、ようやく彼の口が一瞬開き、すぐにまた閉じる。


 少女が去った後も彼は、雪原を眺めていた。そこは彼の知っている場所のようであり、しかし確実に知らない場所であった。
 知らない場所であり、しかし知っている場所にやはり似ているその場所に、彼はただ立ち尽くし、生きていた。

 金の髪に吹く銀の風が、悲しく鳴く。



Fin.





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