黒猫










「あ、ネコ!」
 突然そう叫んだコロッケが指差した先には、なるほど小さな仔猫がいた。全身真っ黒の体毛におおわれたそれは、鋭く光る金色の瞳を、今しがた大声を上げた少年に向けている。漆黒の毛の中に浮かんでいるその目は、さながら闇にさえる二つの丸い月だった。
「ネコ? どこに。」
「ほら、あそこ。」
 コロッケはもう一度猫を指した。それでウスターも仔猫の姿を認め、ああ、とうなずく。
「ひっでーやせようだな。まだ仔ネコじゃねーか。」
「父さんや母さんはどうしたのかな。」
「さあな。見当たらねーようだが。」
「ほら、ネコ! こっちおいで。友達になろう!」
 コロッケがそっと猫に近付き、かがんで手招きした。だがその瞬間、黒い仔猫は身をひるがえしてばっと逃げ出す。
「あっ……。」
「へえ。小さいくせに、人間への警戒心は立派にあるのかよ。」
 半ば感心し、半ばさげすむようにしてウスターは言った。
 猫は彼らより少し離れた茂みの中に身を隠し、月色の瞳だけをじっとのぞかせている。
「オレたち何もしないよ。オレ、お前と友達になりたいんだ。」
 茂みに向かって、コロッケは優しく語りかけた。金の瞳の黒い影は、彼を避けるようにしてわずかに身じろぎ揺れた。
「ほっとけよ、コロッケ。どうせ人語は通じねーさ。」
 ウスターが声をかける。
「さあ、行くぜ。」
「でも……。」
 しかしウスターはためらうコロッケに構わず、さっさと歩き出してしまった。コロッケは先を行く彼の背中を見ながら、しばらくぐずっていたが、やがてウスターの後を追った。去り際に、コロッケはちらと茂みを振り返る。金色の月はまだそこに浮かんでいた。コロッケは少しだけ悲しそうにまゆをひそめたが、またすぐに行ってしまった。
 猫は彼らが去っていってしまった後も、茂みの中から出ようとはしなかった。ただ黒い闇に浮かぶ二つの月が、それを手招きし、友達になろうと声をかけた少年の消えた後を、深く静かに見つめていた。


Fin.





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