そっと、近づいてみる










 バンカーサバイバル、というバンカーの大会が近々開催される。優勝者には貯金箱バンクがいっぱいになるほどの禁貨が与えられるらしい――。
 そんなうわさを聞きつけたバンカーたちが今、大会の会場となる南の島へ向けて、各地から続々と集まり始めていた。

「はあー。遠いなーバンカーサバイバルって。おっちゃん、あとどれぐらいかかるの?」
「この先にある港町で船に乗ったら、すぐだぜ。」
「へえー、船に乗るのか……。大変だなあ。」
 彼らもまた、バンカーサバイバルを目指して道を行くバンカー。二人連れの彼らのうち、一人はまだ小さな子供、もう一人はスーツを身にまとった猫の獣人だった。
「ま、その分バンカーサバイバルで優勝したら禁貨ガッポリだからよ。お前にはせいぜいがんばっ……あ、いや。一緒に頑張ろうな、コロッケ。」
「? ……うん! がんばろうね、おっちゃん。」
「……なあ。そのおっちゃんって呼ぶのそろそろやめてくれよ。オレはウスターだって言ったろ? だいたいオレはまだなあ……」
 陽はまだ高かった。空は青く、白い雲がふわふわ浮かんでいる。コロッケはそんな空を仰ぎ見ながら、うんうん、とウスターの言うことにうなずいていた。――聞き入れるかどうかは別として。とその時、彼のお腹がきゅるるとなる。
「なあ、おっちゃん……腹へった。」
「言うなよ。オレだってもう腹ペコなんだから。」
 ウスターのお腹も悲しげに鳴いた。
「ちょっと休憩するか。」
 コロッケに異存はなかった。二人は道をそれ、木陰の中に腰かけた。ウスターはそのまま木の幹に背中を預け、ため息をつく。ぼんやり見上げた空を、雲がのどかに流れていった。
(ああ……なんだかあの雲、シュークリームに見えるな。)
 考えると、余計につらかった。
「おっちゃん、おっちゃん!」
 ウスターはコロッケのほうに顔を向けた。呼び方についてはもう注意しなかった。どうせ何回言ったって聞かねーんだから……ったく。
「何だよ、コロッケ。」
「鳥がいる。ほらあそこ。」
 道のわき、彼らから少し離れた所で、数羽の小鳥が地面をつついていた。エサでも探しているのだろう。ウスターは面白くなさそうに、また空のほうへついと視線をそらした。
「鳥なんてどこにでもいるだろ。」
 だがコロッケはそうは思わなかったようだ。彼は立ち上がり、興味も津々にそうっと鳥たちに忍び寄った。一歩一歩、慎重に近づいていく。ところが、まだだいぶ距離があるところで一羽の小鳥が彼に気がつき、ばっと飛び立った。それを契機に、他の鳥たちもいっせいに空に舞い上がった。
「あ。」
 残念そうに小鳥を見送るコロッケの後ろ姿は、バンカーなんかじゃない、ただの幼い子供だなと、ウスターは密かに思った。
「逃げちゃった。」
「そりゃ人が近づきゃあな。」
「何食べてるのか、聞こうと思ったのに。」
 鳥たちはさっきよりもさらに彼らから離れた所に着地して、再びエサをあさり始めていた。コロッケは名残惜しそうにそれらを見つめていた。ウスターもまたその小鳥たちを眺めていたが、そういえば、とふと口を開く。
「あの鳥って、食えるらしいぜ。前に焼き鳥屋で売ってたの見たことある。丸焼きにして、食べるんだってさ。」
「えっ、そうなの。」
 コロッケは少し意外そうにウスターの顔を見、それからほんの一瞬だけ、狩人の目を前方の鳥に向けた。しかしすぐにまた、ウスターのほうを振り返る。
「でも、ちょっとかわいそうだね。」
 コロッケは木陰に戻ってくるとウスターの隣に座り込んだ。彼はウスターがそうしているように幹にもたれ、空を見上げる。青い空はやわらかく輝いている。流れる雲を、コロッケは見つめていた。
「ねえ、あの雲、シュークリームみたい。」
 彼はぽつりと言った。ウスターは苦笑した。
「腹減ってるとなんでも食いモンに見えるよな。」
 それから二人は黙りこんだ。コロッケは流れ去っていくシュークリームをうらめしそうに目で追いかけていた。ウスターも、どこともなく空に視線を泳がせていた。
 木陰は涼しかった。やわらかな下草は天然のクッションだ。心地良いその感触に包まれて、ウスターのまぶたはしだいにとろんと落ちてくる。時折吹き抜ける風までもがおやすみとささやいているような気がして、彼はそのまま、目を閉じた。
「ウスター。」
 不意にコロッケの声がして、ウスターは驚いて目を開けた。名前で呼ばれて驚いたというのも、少なからずあった。
「なんだよ。」
「ウスターはさ、」
 コロッケの視線の先にはさっきの小鳥たちがいた。それは向こうの梢に群れながら、羽をつくろったり、じゃれるように空に舞ったりしている。それからコロッケは、ウスターのほうを向いた。
「食べたことあるの、小鳥。」
 こんなにも、彼の瞳は澄んでいたのか。間近でコロッケの顔を見、初めてそれに気がついたウスターは、一瞬答えをためらった。彼はまるで、小さな鳥だ。
「……ねえよ。」
 ウスターはつぶやくようにして答えた。するとコロッケは、その時のウスターには理解できない不思議な笑みを浮かべ、そっか、とうなずいた。ウスターはしばらく彼の微笑を眺めていたが、やがて、さて! と声を出して身を起こした。
「そろそろ行くか。のんびりしてたらバンカーサバイバルに遅れちまう。」
「そだね! あと、食べ物も探さなきゃならないし。」
「ああ。町に着いたらまずはメシだな。」
「わーい! メシだ、メシー!」
 コロッケは飛び起きると、嬉しそうに道を駆けだす。ウスターも慌てて彼を追った。
「お、おい待てよコロッケ! 置いてくなってー! おい!」
「もー、遅いよおっちゃん。先行っちゃうよ!」
「だーかーらー! オレはおっちゃんじゃねえって、何回言えば分かるんだ!」
 空は澄み、陽はまだ高い。空を舞う小鳥たちは、何の不安も、恐れも抱かず、風に身をまかせる。いつもよりもっと楽しそうに飛び交うそれらは、にぎやかにさえずりながらどこか空の彼方へと、消えていった。


Fin.





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