ナパーカの伝説











※ナパーカの花にまつわる伝説はいくつかありますが、このお話はメレメレ島北東部の伝承が元です。
※ポケモンは昔ちがう呼ばれかたをしていましたが、わかりやすいように現代語訳しています。


 昔々、まだZの踊りがアローラ・フラとして舞われていた頃のお話です。
 ある島のカフナ(※現在のしまキング・しまクイーンに近い立場の人)に、ナパウという息子がいました。ナパウは壮健で心優しく、ポケモンの扱いも上手な青年でした。
 ある日ナパウはアブリボンと共に、黄金色の花が咲く園に出かけました。
 そこは普段ほとんど人の訪れない場所でしたから、花園に着いた時、誰かがいるのを見つけてナパウは驚きました。
 先客がナパウに気付いて、振り返りました。
 その人は、美しい女性でした。年齢はナパウと同じくらいでしょうか。長い黒髪は穏やかな海のように優しくうねり、右耳の上に挿したピンク色の花飾りがよく映えていました。
 ナパウは彼女を一目見て、恋に落ちました。
 先に口を開いたのは女性のほうでした。

「すみません。」

 オドリドリのさえずりにも似たきれいな声でした。

「あなたはポケモンに詳しいですか? この子が困っているようなのですが、私にはどうすればいいか分からなくて……。」

 ナパウが女性に近づいてみますと、地面に一体のカリキリがうずくまっていました。聞けば彼女は、このポケモンが弱った様子でふらふらと歩いているのを放っておけず、気がつくとここまで追いかけて来てしまったのだそうです。

「ここらではあまり見ないポケモンだね。先日の嵐で隣の島から運ばれてきたのかも。大丈夫。僕のアブリボンなら、きっと元気にしてあげられると思う。」

 そう言ってナパウはアブリボンに、花粉の団子を作るようお願いしました。アブリボンは承知の一声を上げると花畑じゅうを飛び回り、すぐに団子を四つこしらえました。

「さあ、これをカリキリに食べさせてあげて。」

 女性はアブリボンから団子を二つ受け取ると、そっとカリキリに差し出しました。カリキリは興味を示しますが、なかなか口を付けません。

「平気さ。毒なんか入ってないよ。ほらとっても美味い。」

 ナパウは微笑んで、自分の団子にかぶりつきました。アブリボンも一緒に食べ始めます。

「よかったら君も召し上がれ。そうすればカリキリも安心するかもしれない。」

 ナパウに言われ、女性も団子をほおばりました。甘い蜜の味の後、うっとりする花の香りが広がりました。

「まあ。こんなの初めて食べました。」

 カリキリはナパウたちを見回して、どうしようか悩んでいるようです。
 すると女性が団子を少しほぐして、手のひらの上に乗せました。

「これなら食べやすいかしら? どうぞ。とっても美味しいよ。」

 それでカリキリは、ようやく団子を口に運びました。そして一口でその味が気に入ったのでしょう。いったん食べ始めると勢いは止まらず、カリキリはあっという間に団子を平らげました。これで一安心です。ナパウと女性は顔を見合わせて、にっこり笑いました。


 女性はアカイエと名乗りました。カリキリはアカイエにすっかり懐きましたので、アカイエが連れて帰ることになりました。

「けれど私、ポケモンと一緒に暮らすなんて初めてなのです。」
「だったら僕がいろいろ教えてあげるよ。ポケモンと友達になるのは得意なんだ。」

 アカイエは喜びましたが、彼女の住まいは海辺の集落です。山の集落に住んでいるナパウと会うのは、ちょっと大変そうです。

「それならこの花園でまた会おう。ここなら海辺の集落から近いし、アブリボンに美味しい団子も作ってもらえるからね。」

 ナパウの提案に、アカイエはうなずきました。
 そうして二人と二体のポケモンたちは、黄金色の花園で逢瀬を重ねました。
 ナパウはとても物知りで、カリキリと暮らす時の注意点や、きのみの与えかた、ポケモンの仕草が表す意味など、たくさんのことをアカイエに教えてあげました。
 優しくて頼りになるナパウに、いつしかアカイエも心惹かれていきました。
 アブリボンが作ってくれた花粉の団子をみんなで食べたり、黄金色の花のレイ(※アローラの伝統的な花輪)をお互いの首にかけたり、時には海まで出て遊ぶこともありました。
 ナパウがピンク色の花を摘んで、アカイエの左耳の上にそっと挿してあげますと、彼女は嬉しそうに頬を赤らめました。
 そうして二人は共に楽しい時間を過ごし、カリキリがラランテスに姿を変えた頃には、深く愛しあっていました。


 しかしこれを良く思わなかったのは、島のカフナ、つまりナパウの父親です。カフナはナパウを呼び出し、問い詰めました。

「ナパウよ。近ごろ海辺の娘と交遊しているというのは、本当か。」
「……はい、父上。」
「今後は一切の接触を禁ずる。異論はないな。」
「……。」
「よいな、ナパウ。」
「……いいえ。父上のお言葉とて、それだけは受け入れられませぬ。僕は彼女を、愛しています。」

 カフナは大きなため息をつきました。

「自身の立場を忘れたか。お前はカフナの息子。娘は海辺の平民。結ばれることは許されぬ。」
「しかし、父上」
「このまま身分をわきまえぬ振る舞いを続ければ、カプのお怒りに触れるぞ。」

 カプのお怒りと聞いて、ナパウは身を固くしました。カプとは、アローラに生きる者ならばその恩恵と畏怖を感じずには暮らせない、偉大な守り神です。カプの教えに反した一族が集落ごと滅んだとか、悪政を敷く王の島が一晩で溶岩の炎に包まれたとかいう噂を、ナパウだってもちろん知っています。
 ナパウは自分一人だけならば、いくらでもカプの罰を受けようと考えていました。しかしその怒りがアカイエにも及ぶなら。両親や、幼い弟妹や、何も知らない村人たちにまで落とされるなら。

「……わかりました。アカイエには、二度と会いませぬ。」

 人知れず流したナパウの涙が大地にしみるのを、ただ彼のアブリボンだけが見つめていました。


 しかし、身分という壁が二人の仲を引き裂こうとも、ナパウがアカイエのことを想わない日はありませんでした。

「このままアカイエに会えぬなら、いっそこの身を花に変えたい。アブリボン、君のような黄色だといいな。僕らの秘密を包んでくれた、あの花畑と同じ色。そうすればアカイエが僕を見つけた時、僕はアカイエの思い出に寄り添えるだろう。ああ、アローラの太陽よ。どうかどうか、僕を花にしてください。」

 同じようにアカイエも、遠い山を眺めながら、ナパウと過ごした日々の夢を見ていました。身分違いの恋であることは、本当はわかっておりましたから、ナパウを恨む気持ちはまったくありませんでした。

「このままナパウと離れる運命なら、私はいっそ花になりたい。ラランテス、あなたのようなピンク色だと嬉しいわ。ナパウが私に贈った花と同じ色。そうすればナパウが私を見つけた時、私はナパウに摘んでもらえるかもしれない。ああ、アローラの満月よ。どうかどうか、私を花にしてください。」

 そして二人の願いは、聞き届けられました。
 山に咲く黄色い花と、海辺に咲くピンク色の花は、不思議なことにとてもよく似た形をしていました。それはまるで一つの花を真っ二つに引き裂いたような、花びらが半分しかない花でした。
 ナパウのアブリボンとアカイエのラランテスは、お互いの花を相手に運んだとも、主を支える幹に姿を変えたとも言われています。いずれにせよ、ポケモンたちが最後まで二人の思いに寄り添ったのは間違いないそうです。
 ナパウとアカイエの花は、いつしかナパーカの花と呼ばれ、「悲恋」や「お別れ」の象徴とされました。
 けれども二つの花が共にある時だけは違います。それは「幸せな恋」「ずっと一緒」に意味を変え、恋人同士が二つを合わせて一つの花の形を作ると、永遠の愛が約束されると伝えられています。





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