名も無き勇者フシギソウの
母国救済物語












 リザードンはフシギソウに完敗した。
 リザードンの出身は、かの有名なフレアストーム・ヴァレーだ。厳しい自然に耐えられる屈強な者だけが住まう谷で、そこが故郷だと伝えればほとんどの相手は震えあがって降参する。
 ところがフシギソウは降参するどころか顔色ひとつ変えず、ものの数秒でリザードンをくだした。リザードンの炎も爪もフシギソウに届かず、いつの間にか取られていた背後から頑丈なツタに捕らえられ、地面にたたきつけられ、びしゃりと毒液をぶつけられたと思ったら、リザードンの意識は途切れた。



 リザードンが目を覚ますと、フシギソウの赤い瞳がこちらをのぞきこんでいた。

「気は済んだか。」

 静かな声音だった。けんかを売ったのはリザードンだというのに、怒りや嫌悪はみじんも感じない。
 リザードンは恥ずかしさのあまり、せっかく開いた目をまたぎゅっと閉じ、体を丸めて「ぐうぅ」とうなった。できることなら時間を戻したかった。荒野を歩くフシギソウを空から見つけ、あんなちっこい相手なら楽勝だろうと問答無用でバトルを挑む前の時間に。
 リザードンとフシギソウは大きな岩の陰にいた。気絶した後、フシギソウが運んでくれたらしい。晴天の大地には強い日差しが容赦なく降り注いでいた。もし放っておかれたら、いくらリザードンでも無事では済まなかっただろう。
 細かな砂を含んだ風が、じりじりと皮膚を裂く。どうにもならない居心地の悪さをどうにかしたくて、リザードンは丸まったまま、ぶん、ぶん、と無意味に尾を揺らした。
 フシギソウはそれを見て、リザードンの意識が戻っていることを確認したようだ。やがて背を向けて歩き始めた。

「ま、待て! 待ってくれ!」

 気がついたリザードンが叫んだ。

「オレを弟子にしてくれ、フシギソウ!」

 フシギソウが振り返った。相変わらず落ち着いた様子だったが、その目の色は疑惑に少し温度を下げていた。

「俺は弟子は取らん。」
「オレ、アンタの強さに感動したんだ。軽率にバトルを仕掛けたこと、反省してる。悪かった。オレ、アンタみたいに強くなりたい。弟子にしてくれ!」
「同じことを言わせるな。」
「オレ役に立つぜ。空だって飛べるし、偵察にはもってこいだ。」
「あんなだだもれの気配でか?」
「で、弟子がいれば便利だぜ。飯の準備もするし、家もぴかぴかにするよ。」
「俺に帰る家はない。」
「えっ。えーと……とにかく、アンタの側で学ばせてくれ。」
「断る。」
「も〜う! なんでだよ! 連れてってくれよーう!」

 連れてってくれ連れてってくれと子供のように駄々をこねるリザードンに、フシギソウはため息をついた。そしてくるりと身をひるがえし、次の瞬間、今にも額と額をぶつけそうな距離までリザードンに迫った。あっという間のことにリザードンは目を見開くばかりだった。

「俺は国殺しをする男だ。」

 フシギソウがささやいた。

「とてつもない大罪の共犯者に、なりたくはないだろう?」

 らんらんと光るフシギソウの瞳の奥に、フレアストーム・ヴァレーで一番強い者ですら敵わないかもしれない、激しい炎が燃えていた。リザードンは生つばを飲んだ。
 フシギソウはゆっくりした動作で、再びリザードンに背を向けた。

「国殺しって……どういうことだよ、おい!」

 リザードンが呼びかけても、フシギソウはもう振り返らなかった。

「あらまあ。まーたそういう表現をしたのですね、ぼっちゃまってば……。」

 突然現れた第三者のほうを見ると、1体のシャワーズがフシギソウを追いかけ、リザードンの側を駆けていった。通り過ぎざま、シャワーズはリザードンに一瞥を投げる。

「あのお方の言う国殺しは、救済です。そこのところを勘違いなさらぬように、身の程知らずのリザードンさん。」

 その口調に冷たいあなどりが含まれているのに気づいた時にはもう、彼らは並んで遠ざかっていた。
 フシギソウの背負った大きなつぼみの濃桃色と、シャワーズの後ろでたゆたう魚尾の水色は、乾いた岩と砂ばかりの大地によく映えた。異質ですらあった。もしここで彼らを見送れば二度と出会う機会はないと、リザードンは強く感じた。
 感じたらもう、動いていた。リザードンは地面を蹴り翼を打ち、フシギソウとシャワーズの頭上を飛び越えた。どしんと足踏みを響かせて彼らの進路に立ちふさがるや、リザードンは吠える。

「待てったら! アンタ弟子いるんじゃねーか! なんでこのシャワーズはよくてオレはだめなんだ!?」

 フシギソウがいよいようんざりした表情を浮かべた。

「シャワーズは弟子じゃない。」
「なんだっていーよ! とにかくアンタは一人旅がしたいわけじゃないんだろ。大罪がどうとか、オレにはわかんねえ。アンタの邪魔はしない。お願いだよう。弟子にしてくれよう。」
「……何度も言うが弟子は取らない。だいたいお前、フレアストーム・ヴァレーの出だと名乗らなかったか。」
「お、おうともよ。」
「なら相当な猛者がいるだろう。故郷で手頃な同族に教えを乞え。」

 リザードンは見る間にしゅんとうなだれた。

「それができりゃ、オレはここにいないって。オレ……谷で一番弱いんだ。そんで仲間や兄貴たちにもバカにされてさ。悔しくって、飛びだした。とにかく『勝ち』が欲しかった。強くなるまで帰れないんだ。なあ頼むよ。オレを弟子にしてくれよう……。」

 涙声で懇願するリザードンを視界の端に残しながら、フシギソウは密やかにシャワーズへ問いかける。

「どう思う?」
「辺り一帯を索敵しましたが、彼は単身です。皇国とは関係ないでしょう。捨て置いても問題ないかと。」

 ふむ、とフシギソウはあらためてリザードンを眺めた。
 翼をちぢめ頭を垂れて震えるリザードンは、フシギソウの倍近い体格があるのに、ちっぽけな存在だった。これを荒野に放って行ったら、すぐさま灼熱の太陽に焼かれてチリも残らなさそうだ。

「俺は弟子は取らない。」

 フシギソウはそっけなくリザードンの横を歩き過ぎる。

「だが、帰る場所がないなら、付いて来てもかまわない。」

 シャワーズはやれやれと口元に薄く笑みを乗せながら、フシギソウに従った。
 リザードンはハッとして顔を上げた。

「ほ、ほんとか?」

 そして急いで彼らを追いかける。

「ひゃっほ〜! やったぜ! ありがとな、師匠! 先生! いや兄貴のほうがいいか?」

 水を得た魚のように、なんて炎を宿す種族としてはふさわしくない形容さえ似合うほど、リザードンはすっかり元気を取り戻した。あまりにもわかりやすい反応に、フシギソウはいっそすがすがしく感じる。

「やめろ。弟子にするわけじゃないと言っただろうが。」
「じゃあ何て呼べばいいか、名前を教えてくれよ。オレはリザードン・ドン・ド=ゴウルってんだ。アンタにもあるだろ、同族で使う名前。」
「俺に名は無い。」

 意外な答えに、リザードンはちょっと目を丸くした。

「フシギソウでいい。ここにフシギソウは俺しかいないのだから、それで困らんだろう。」

 確かに。とリザードンはあっさり納得した。

「ならオレもリザードンで。正直、オレ自分の名前あんまり好きじゃないしな。『首長ゴウルの末子』って意味なんだ。父ちゃんありきって感じでなんかヤだろ。ドが3つも続くしさあ……。」

 それからリザードンはシャワーズのほうを向いた。

「オマエは?」
「ぼっちゃまが名無しと仰るなら、わたくしも名無しのシャワーズです。」
「シャワーズ、その呼び方はやめてくれと頼んだろう。」
「失礼しました。ともかくわたくしの扱いはフシギソウに準じてくれてけっこう。」

 リザードンは「はあ」とあいまいにうなずいた。だが深く考えるのは苦手なようで、リザードンは朗らかな調子で続けた。

「なあなあ、さっき言ってた国殺しだっけ? それについて聞いてもいいか?」
「まあっ、なんと厚顔な!」

 叫ぶシャワーズをフシギソウは制した。

「いや、話そう。そんな旅路とは思わなかったなどと、あとで恨み言を吐かれてはこちらも寝覚めが悪いからな。」

 リザードンはともかく教えてもらえることを察したようだ。わくわくとフシギソウを見つめる瞳は幼いヒトカゲのように、好奇心に満ちて輝いていた。
 フシギソウは、こんな童心の持ち主にやっぱり聞かせるべきではなかったか? と一瞬後悔したが、けっきょく続けた。

「花之皇国を知っているか。」
「はなのこうこく……ああ、知ってる知ってる! 南にあるデカい国だろ。デカいフシギバナがボスやってるっていう。」
「そうだ。俺が殺すのは、その国だ。皇帝フシギバナを倒し、国を滅ぼす」
「えっ。でも花之皇国って、花と緑のあふれるすっげー豊かなとこだって聞いたぜ。滅ぼしちゃうの?」
「正しくは救済する、です。」

 シャワーズが補足した。フシギソウは否定も肯定もしなかった。

「豊かに見えるのは、表向きの話。皇帝フシギバナは暴君だ。奴の私欲は夏のカズラよりも旺盛で、このままではいずれ近隣諸国をも飲み込むだろう。そうなる前に、奴を討つ。葉陰で声なき声を上げている民草のためにも……。」

 続きは言葉にならなかった。シャワーズは黙ってフシギソウに寄り添った。
 リザードンはそんな彼らの心の機微はいまいち理解できないようで、ふーん、と軽い相づちを打った。

「なるほどな。ま、ともかくオレは邪魔しねーよ。国殺しでも、救済でも、なんでもやっちまえ。」
「はっ、ずいぶん他人事だな。俺に付いてくるということは、デカい国のデカいボスを敵に回すことだと、警告してやっているんだ。逃げるなら今のうちだぞ。」
「ばーか言うなよ!」

 リザードンは大口を開けてからから笑った。

「せっかく谷から逃げてんのに、また逃げたら谷に逆戻りじゃん。大丈夫大丈夫! めちゃ強いアンタと一緒にいれば、オレもあっという間に強くなっちまうよ。そしたらどんなにデカい奴でも、強いアンタと強いオレとでばちこ〜ん! だ。だろ?」

 フシギソウはなんだかいろいろあきらめて、はあと息をつき、ぼそりと言った。

「陽気というか能天気というか……。」
「遠慮しなくていいですよ、フシギソウ。あれはアホです。」
「おい、誰がアホだって!?」

 シャワーズはつんとすまし顔でそっぽを向き、リザードンには答えなかった。リザードンはフン! と鼻から火の粉をこぼし、力強く翼を動かして空へと舞いあがった。何かわめいているのが聞こえる。

「オレはアホじゃないぞー! 世界一のリザードンになる、フレアストーム・ヴァレーのリザードン・ドン・ド=ゴウルだ! うぉ〜〜!!」

 宙返りをし、炎を吐き、なんだか空中で踊っているようにも見えた。シャワーズにあしらわれてもなお、フシギソウに同行を許してもらえたことで機嫌が良いようだ。実際、ひととおり空を飛び終えてフシギソウの隣に着地したリザードンは、にっこにこの笑顔を浮かべていた。

「オレの最強物語、ここから始まる第1話ってな!」
「なんだそれ。」
「言葉通りだ! どんなヒーローの物語だって、1話からしか始まらないだろ? そんで第1話が始まっちまえば、それはもう短くたって終わらなくたって、ヒーローがそこにいるって証拠じゃん。それってすごくね!? 世界一のリザードンはもうここにいるってわけ。やべ〜! 最強のオレ、誕生しちゃったー!」
「いや、意味がわからん……。」
「やっほーぅ!!」

 自分で言ったことに自分で高揚して、リザードンは再び飛んだ。青空の中でぐるぐるとさっきよりも多く回る朱色の影を、フシギソウはあきれて眺めた。そしてシャワーズは、そんなフシギソウの横顔を眺めていた。

「ん? どうしたシャワーズ。俺の顔に何か付いているか。」
「いえ。ただ、ぼっちゃ……フシギソウがそのように微笑むのを、久々に見たなと思いまして。」

 フシギソウは、ふっと息をこぼした。

「俺は……そうか。」
「ええ。あんなアホでも少しは役に立つようです。」
「彼は純真だな。やはり俺たちの戦いに巻き込むのは忍びない。適当なところで谷に帰してやろう。何度か手合わせしてやれば、満足するさ。」

 シャワーズはうなずいた。
 これがのちに最後まで苦楽を共にし、唯一無二の親友となるフシギソウとリザードンとの出会いだった。






あとがき

拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。
当作品は「第二回ホワイティ杯」というポケモン二次創作小説コンテスト企画への投稿作品です。企画お題が「連載小説の第一話」だったため、第一話のみ存在する形になっております。

この物語は私が幼少のころ、ポケモンの指人形で一人遊びしていた時に作ったお話です。人形を動かしながら「こういうお話なんだよ」と語る過去の自分から聞き取りをして、この形にリメイクしました。

この後フシギソウは仲間を増やしながら旅をし、最後にはフシギバナを倒して国を救います。子供が作った物語ですので、かなり単純な筋書きですね。仲間が増えるタイミングは、新しい指人形を買ってもらった時でした。

本作の連載予定はありません。この一人遊び即興劇はすでに結末を迎え、役割を終えた物語だからです。もしホワイティ杯がなければ、演者1人観覧者1人の名も無き作品として消えるはずでした。
「第一話だけでいいのなら、形に残してみようか」と思わせてくれたホワイティ杯ならびに主催の586さんに、そしてこの物語の存在を知ってくださったすべての読者の皆様に、あらためて深く感謝を申し上げます。ありがとうございました。




ちなみに、こちらが物語の主人公となった人形たちです。
長い年月を共に過ごして、フシギソウの目やつぼみの色はすっかり褪せてしまいましたが、今でも大事に私の机の上に飾っております。


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