ハウにチョコレートを贈ろう。
がそう思ったのは、いよいよ目前に迫った2月14日を前に、町の空気がなんとなくそわそわとし始めた頃だった。 アローラにもバレンタインデーの慣習はあるが、カントーのものとは違って、恋人だけでなく家族や友達にも気軽にプレゼントをする日らしい。ハウオリシティのショッピングモールでは、花畑がそのまま出店しているのかと思うぐらいの花屋とか、様々な内容のメッセージを色とりどりにそろえたグリーティングカードショップとかが、赤やピンクを基調とした内装にラッピングされて次々に客を招き入れていた。 いつもの2倍くらいはにぎわっているショッピングモールで、しかしはギフトショップではなく、食料品の売り場にいた。 バレンタイン用のおしゃれなチョコレートを、買って贈るのもいいかなとは考えた。けれどもタマムシデパートのようにチョコレート専門の期間限定催事が開かれているわけもなかったし、ハウのためだけの特別な贈り物を用意したくもあったから、手作りのチョコレートケーキにしようと決めたのだった。 クーベルチュールチョコレート、オハナ牧場印のモーモーミルク、純エネココアパウダー。ハウの喜ぶ顔を思い浮かべながら製菓コーナーを歩くの目に、ふと留まったのはライチュウの形をした可愛らしい砂糖菓子だった。 「わー、しかもアローラの姿!」 クリスマスケーキに乗っているサンタのように、円錐形にデフォルメされた丸っこいポケモン砂糖菓子のシリーズは、他にもいくつか種類があるようだった。いずれもパッケージには「ケーキのトッピングに!」と大きな文字がデザインされている。どれもとても可愛らしくて目移りしてしまったが、は「やっぱりきみに決めた」とうなずきながら、最初に見つけたライチュウと、ニャビー、モクロー、アシマリの三個セットを手に取った。 バレンタインデー、当日。 チョコレートケーキの出来は上々だった。スポンジはしっとりと焼き上がり、チョコクリームもそれなりに上手く塗れた。トッピングのきのみはハウ好みのものを選んだし、振りかけたココアパウダーのセンスも良いと思う。ハウが喜んでくれますように――その思いをゼンリョクで形にできたこのケーキに、は最後の仕上げとして砂糖菓子を乗せた。ハウが島巡りのパートナーとして選んだポケモンと、アローラの姿のライチュウ。二匹の甘いポケモンが、ケーキの真ん中を誇らしげに陣取った。ハウへのバレンタインプレゼント、完成だ。 家に遊びに行くねと、ハウに告げた時間までまだ十分に余裕があった。 ほっとしてがため息をついた時、玄関のチャイムが鳴った。 「はーい。」 誰だろうと思いながらドアを開けると、 「アローラ! ー!」 ハウが目の前に立っていた。 「ハウ! 後で会いに行くって言ったじゃん!」 「うん、そうなんだけどー。」 ハウは照れくさそうにはにかんだ。 「おれに会うの待ちきれなくてー、あちこち探してたんだー!」 そう言ったハウが後ろ手に何か隠していることにが気がついたのと、ハウがその手を前に持ってきたのとは、ほとんど同時だった。 「ハッピーバレンタイン、!」 ハウとを挟んだ空間に、満開の花が咲いた。花束だった。数えきれないくらいたくさんの赤、ピンク、白の大きな花束。バラやかすみ草などのよく知っている花もあったし、いつだったかハウと一緒に街中を歩いていた時に、これ好きだなと話をした花も咲いていた。覚えていてくれたらしい。 ふわりとしたオーガンジーに包まれ、のためだけの特別な贈り物として用意されたのだろうそれはとても、綺麗だった。 「き、気に入ってもらえたかなー?」 花の向こうからおずおずとした声が聞こえて、はハウの顔を見た。どうやらが花束に見とれていた時間は、ハウを不安にさせるのに十分すぎる長さだったらしい。 「おれーこういうプレゼントって慣れてないんだけどー、かーちゃんとかイリマさんにも相談して、が喜んでくれるように一生懸命考えたから、えーっと、だから……」 自信なさげに揺れていたハウの視線が、今口にするべき一つの言葉を探し当て、ぴたりとに定まる。 「大好きだよ、! いつもありがとう!」 少しの迷いも曇りもない笑顔が、に向かって輝いた。 はにっこりと笑み返した。 「とっても嬉しい! ありがとう、ハウ!」 が花束を受け取ると、ハウは空になった手をの背中に回して、ぎゅっとを抱き寄せた。不意のことに驚いているのまん丸な瞳を間近に見つけて、ハウの唇はにーっと弧を描いていた。 「そうだ、ハウ。本当は持って行こうと思ってたんだけど、せっかくだからうちで食べてかない?」 何を? と首をかしげるハウに、は先ほど仕上げたばかりのケーキを、じゃーんとハウに差し出した。 「わあーケーキだ! が作ったのー!?」 「そう。ハウにプレゼントしようと思って。」 「おれにー!? やったー!」 でもなんでー? とハウが不思議そうな顔をするので、はカントー地方のバレンタインデーについて話してあげた。カントーではプレゼントとして特にチョコレートが選ばれること。最初は女性が男性に愛の告白を添えて贈るのが主流だったが、近年ではその枠組みを越えた様々なチョコレート商品とうたい文句が町中に出回っていること。話をしながらお茶の用意をし、食器を並べてケーキを食べる準備が整った時には、ハウはすっかり遠い地方のバレンタイン催事の様子に思いを馳せ、きらきらと目を輝かせていた。 「アローラとはずいぶん違うんだねー。」 「そ。というわけでこちらがカントー流の表現になります。大好きだよ、ハウ。いつもありがとう!」 チョコレートケーキと共に添えられた愛の告白を受け取って、ハウは嬉しそうに頬をふにゃりと緩ませた。 ハウはポケモンの砂糖菓子にすぐ気が付いてくれた。 「これ、おれのポケモンだー! すっげー、可愛いなー!」 「でしょー。お菓子作りコーナーに売ってるのたまたま見つけて、即買いだった。」 ショッピングモールすごい人だったでしょー、とハウが尋ねる。がいつもの2倍はいたと答えると、ハウはやっぱりーとうなずいた。こういうギフトの時期はめっちゃにぎやかになるんだよねーと、ケーキを口に入れながらアローラのバレンタイン事情を楽しげに語り聞かせる。トレーナーズスクールでは、友達やポケモンに配る用にみんながクッキーやらキャンディやらを大袋で持ちこむし、ハラの道場の弟子たちも今日は家族や恋人のために練習を早めに切りあげるという。 「だからおれもー、今日は特別に自由時間もらって来たんだー。に会うために。」 まだ時々アローラ流の表現にとっさに反応できなくなることがあるなぁなんて、頭の中は妙に冷静だった。実際はというと、は頬の温度がぽっと上がるのを感じながら、ハウを見つめることしかできなかったのだけど。 ハウはそんなの様子をにこにこと眺め、「」と名前を呼んだ。 「ケーキ、すっごく美味しい。」 「それは、良かったです。」 やっと口にできたのは、それだけだった。 それだけでハウとには十分だった。 Fin. もどる |