15.ククイとバーネットの写真

後編






 夜のとばりはすっかり降りていた。ククイたちと楽しく話しこんでいるうちにかなり時間が経っていたらしい。東の水平線の上には、海水浴を名残惜しむようにゆっくりと昇ってきた月が見えた。
「小包を作らないとねー。」
 一番道路のはずれを並んで歩きながら、ハウがほくほくした様子で言った。
「最初は手紙と写真だけの予定だったから、封書で送るつもりだったけどー。これがあるから。」
 背負ったリュックを軽くゆすってみせる。リーリエ宛に預かった小箱が、中でかたっと音を立てた。
「包装紙と梱包材はたぶん家にあると思うからー、明日おれん家に来て包むの手伝ってくれない?」
「いいよ。じゃあ写真印刷して持っていくね。あと引越しの時に使った荷造りひもも残ってると思うから、持っていく。」
「わー助かるー。あっ、最初に言ってた、リーリエへの手紙は用意できそう?」
 危ない、忘れかけていた。でもリーリエに伝えたい話はたくさんあるから、筆が止まって困ることはないだろう。今夜手紙を仕上げれば大丈夫だ。は首を縦に振った。
「うん、なんとか書けると思う。」
「ありがとうー。さっすが!」
 ハウの歓声に、ぐううっと同意した者がいた。ハウの腹の虫だった。もうお腹もぺこぺこだ。照れ笑いと忍び笑いをくすくす重ねた後、二人は「じゃあまた明日」とリリィタウンへの分かれ道でさよならの挨拶を交わそうとした。
 先にはっとして表情を固くしたのはハウだった。彼の異変を見たがその視線の先に目をやると、一番道路の向こう、リリィタウンへ続く道の途中に、二人の男がいた。
 頭にはどくろを模した白いバンダナ。首から下げているのは鈍く光るスカルマークのペンダント。闇に溶ける黒ずくめに身を包んだ彼らは、間違いなくスカル団の残党だった。それも、写真撮影の旅で再三出会ってきた、グズマの写真を落としたあの二人組だった。そうだとすぐに知れたのは、彼らもまたこちらを指して「あいつらじゃないっスカ! グズマさんの写真、どーするっスカ!?」などと覚えのある語尾で相談する声が聞こえたからだ。
 はぴりっと緊張してハウの様子をうかがった。ハウはどうすべきか答えを探して身動きできずにいた。その数秒の間に、スカル団の男たちは結論を出した。
「どーするもこーするもねえ。おれら今、最高に最低な気分なんだよ。気に食わねーからブッ壊す! ついでにグズマさんの写真も返してもらう!」
 そしてモンスターボールを取り出した。低い月の光をきらりと反射した紅白の輪郭が、開閉スイッチの押下によって分かたれる前に、
「待って!」
 ハウの口が開いた。男たちは予想外に飛んできた発言に思わず動きを止める。ハウはすうと一つ息を吸った。
「おれは、ポケモンを出さない。」
 凛として落ち着いた口調の宣言だった。相対者たちは意図が分からず、次の行動を選べない。
「おれはきみたちとバトルするつもりはない。グズマさんの写真も返す。でもその前におれは、」
 ハウは真っ直ぐにスカル団の男たちを見据えた。彼らは混乱し、たじろぎつつも、ハウの視線からは逃げなかった。逃げられなかったのかもしれない。いずれにせよ、それを確認してハウは言葉を続けた。
「きみたちと話がしたいんだ。」
 片方の男が相方に何かささやいた。ささやかれた方は返事というよりもむしろ、自分も答えを知らない問いかけを突っぱねるような形で、短く乱暴な音を返した。
「反省したんだ。おれ、スカル団の人たちって島巡りを邪魔する悪いやつらだって、思いこんでた。島巡りを始めた時から……ううん、たぶんその前から、ずっと。周りの人たちの意見を考えなしに受け入れて。」
 ハウの足が一歩彼らに向かって踏みだす。
「きみたちのこと何も知らなかった。知ろうとしなかった。ごめんなさい。だから、聞かせてほしいんだ。スカル団がきみたちにとってどんな存在なのか。きみたちがこれからどうしたいのか。どんな思いでグズマさんの写真を撮ったのか。」
 スカル団員たちは今、この暗闇の中で遠目に見ても分かるくらいに、困惑していた。全身にみなぎっていた敵意はその戸惑いに圧されて小さくしぼみ、腕は下に垂れて、握りしめたモンスターボールは地面を向いた。けれども彼らの口は、ハウの問いに答えるために開くまでには至らなかった。
 しばらくして沈黙を理解したハウは、おもむろにリュックを下ろし、一枚の紙を取り出した。グズマの写真だった。
「これ……。」
 夜の中でも見えるように、ハウは右腕をいっぱいに伸ばし、それを彼らの方へ向かって差し出した。月が写真を光で照らし、ハウの気持ちに助け船を出した。
「返すよ。きみたちの、グズマさんの写真。」
 男の一人がはっとして身じろぐのが分かった。しかし彼らが写真を受け取るためには、ハウに近づかなければならなかった。一瞬グズマの写真の方に傾いた体重をそのまま足に乗せて踏みだして、歩み寄らねばならなかった。それはきっと勇気のいることで。壊すとかポケモンバトルで力ずくでとか、今までずっと選んできたのと違う選択をするということで。考えるのをやめて、拒絶するなら簡単だった。
「ふ……ふっざけんなよ。今さらいい子ちゃんぶってんじゃねえよ。」
 そして彼らは、簡単なほうを選んだ。
「お前は何にも分かってねえ。なんっにも! いいか、お前がそんな偉そうなこと言ってられんのは、運が良かっただけだからな。たまたま、恵まれた環境ってやつにお前がいただけだからな。お前なんか……お前なんか、しまキングの孫って肩書がなきゃ、何もできないくせに!」
 頭に血が上るスピードで言えば、たぶんハウよりものほうが速かった。しかしはそれとほとんど同じ速度で、この怒りを口にするべきではないことも直感した。今が怒りに任せて行動すれば、モンスターボールを手に取らなかったハウの選択を粉々に壊してしまう。だからは何も言えなかった。ハウも、黙ったままだった。
 わめくだけわめいたスカル団員は、きびすを返して逃げだした。ハウが差し出した写真に一瞬反応したほうの男は、少しその場に留まっていたが、「何やってんだ行くぞ!」と相方に腕を引っ張られると、すぐに行動を共にした。
 暗闇に消えたスカル団員たちの後ろ姿を、も、ハウも、ただ見送ることしかできなかった。
「ハウ……。」
 伸ばした腕を下ろし、真っ黒な一点を見つめ立ち尽くすハウの背中に、はそっと声をかけた。振り向いたハウは月明かりに濡れ、今にも泣きだしそうな顔で微笑んだ。
「やっぱり、上手く、いかないねー。」
 それは痛々しいと表現するにはあまりにも覚悟を決めた、儚げと表現するにはあまりにも意思を秘めた、悲しい笑みだった。
 そんなハウの目を見ては、考えるよりも早くハウの左手を両手に包んでいた。爪が食いこむほど固く結ばれた彼の手は、石のように冷たく、小刻みに震えていた。
「でも、ハウは拒絶しなかった。」
 の瞳に映った自身の姿を、ハウは見たかもしれない。拒絶することに逃げず、一歩踏みだした少年の姿を。
 かすれた声で、ハウは答えた。
「ありがとう、。」
 凍えた石ころがふわりと形を崩し、徐々に体温を取り戻す。側についてくれている人の存在を感じて、体の震えは治まりかけていた。
 月は昨日とは違う形で、夜を優しく照らしていた。



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