13.プルメリの写真

後編









「この辺でいいかい。」
 エンニュートと一緒にオアシスの側に立ち、プルメリはポーズを取った。ポーズと言っても凝ったものではなく、背筋を伸ばして片手を腰に当てる程度のものだ。けれどもシンプルな立ち姿はかえって体の輪郭を際立たせる。トレーナーとポケモンは互いに似てくるとはしばしば言われることだが、プルメリとエンニュートにもよく当てはまっていた。二人ともきれいな体のラインだなあ、と思いながらがロトム図鑑のシャッターボタンを押そうとした時、
「でも、本当にあたいなんかの写真で大丈夫かい?」
 不安そうな声と共にプルメリの美しい曲線が崩れた。ビ、とシャッターチャンスを失ったロトムが小さく声を上げた。
「あたい、あの時リーリエを無理やり連れ出したようなもんだからさ。その……嫌な記憶を思い出しちまわないかい? やっぱりやめといたほうが良くないか?」
 普段の姉御肌で強気な様子からはちょっと想像がつかない、自信なさげな表情をプルメリは浮かべていた。こんな年相応にいじらしいプルメリの姿を、は初めて見た。それはたぶんハウも同じで、
「大丈夫だよー。リーリエはそれも全部含めて、アローラのみんなに会えてよかったって思ってくれてると、おれは思う。リーリエ、意外と強い人だからさー。」
 そう言ってプルメリを励ました。もハウに同意する。エンニュートが鼻面をぐいとプルメリの頬に押しつけた。それでプルメリも、エンニュートの頭を撫でてやりながら表情を和らげた。
「そうかい……。まあ、あんたらがそう言うなら。」
 揺れた背筋を再びしゃんと伸ばして、エンニュートと共に凛々しく立つプルメリ。その姿をもう一度ロトム図鑑の画面に捉えて、がシャッターを切ろうとした、その時だった。
「姉さん!」「プルメリの姉御!」
 シャッターチャンスは再びおあずけを食らった。ビー、とロトムが今度は明らかに不満げな音を出した。
 声の聞こえた方を見ると、二人の男女が真っ直ぐこちらに向かってやって来ていた。髪を青やピンクに染め、黒いタンクトップを身にまとった彼らは、一瞬スカル団員のように見える。しかしよく見ると彼らのどこにも、どくろ模様のバンダナやスカル団のマークをかたどったペンダントは見当たらなかった。
 プルメリは「おお」と小さく声を出すと親しげな笑みを浮かべ、彼らの方へ歩み寄った。
「待ってたよ。よく来てくれたね。」
「姉さん、あたしの帽子、似合ってますか!?」
「ああ。いいのを選んだじゃないか。」
「姉御! おれはスカルスカーフの代わりに、この真っ白なスカーフにしたんっす! 真っ白な気持ちでやり直します!」
「うんうん、あんたらしいよ。その気持ちいつまでも忘れずに、しっかりやんな。」
「うっす!」
 それから元スカル団員の二人は互いに顔を見合わせうなずくと、プルメリに対してびしっと直立の姿勢を取り、すうっと息を吸いこんだ。
「宣誓!!」
 高らかな声が同時に響いた。オアシスの梢から数羽のツツケラが驚いて飛びだした。
「あたしたちはプルメリ姉さんに誓います!」
「人のポケモンを奪ったり、傷つけたり、物を壊したりすることは、もう二度としません!」
「上手くいかないからってすぐに逃げて、他人のせいにすることをやめます!」
「自分のポケモンを大事にして、困難に遭った時はどうすれば一緒に乗り越えられるかを考えます!」
 男女の声が交互に言葉を連ねていく。プルメリは二人の剣幕に少し驚いているようだったが、それを黙って受け入れ、誓約の対象になることが自分の役割だと十分に知っていた。エンニュートまでも、じっと目を閉じ彼らの言葉に聞き入っているようだった。
。」
 元スカル団員たちの声が続く中、ハウが寄ってきてささやいた。
「今、プルメリさんも、あの人たちも、すっごくいい顔してる。」
 はっとしては、ロトム図鑑を構えた。ロトムも急いでカメラモードを再開した。画面の中にプルメリ、エンニュート、そして元スカル団員の男女が映る。
「あたしたちは、」
「おれたちは、」
「まっさらな気持ちで、島巡りに再挑戦します!!」
 彼らの締めの言葉と、シャッター音が重なった。
 プルメリは二人のあまりの声量の大きさに少し困ったように、それでもどこか誇らしげに微笑んでいた。
 元スカル団員たちの見事な決意表明に、ハウが温かな拍手を送った。彼らは用意していた口上を無事に言い終えてほっとしたのだろう。緊張した面持ちをほどき、照れ臭そうにふにゃっと笑った。それから一拍置いて、とロトムを見た。
「今、おれらの写真撮ってたんっすか?」
「ああ、リーリエに送るんだと。ほら、あんたらも覚えてるだろう。エーテルで仕事した時の。」
 プルメリがたちの代わりに事情を説明してくれた。彼らはエーテルパラダイスでの騒動時、現地にいた者たちだったらしい。当時のことを思い出し、たちのことを理解すると、みるみる顔を青くした。
「あん時はすいませんでした!」
「ごめんなさいっ!」
 勢いよく二人に向き直ると、頭が地面に着くのではないかと思うくらい深々とお辞儀をした。ちょっと気圧されたとハウが、いいよ、反省しているならもう大丈夫、と言うまで彼らは顔を上げようとしなかった。撮った写真を見せて、リーリエにこれを送ることについて尋ねると、快く承諾してくれた。
「それじゃあ、あたしたちは島巡りに出発します。」
「ああ。気を付けて行っといで。」
「はい。姉御もお元気で!」
 元スカル団員たちはプルメリに対してもう一度居直ると、頭を下げた。その後、元気よくきびすを返した。
「いってらっしゃーい!」
「カプの加護のあらんことを!」
 とハウも言葉を贈ると、彼らはこちらを向いて大きく手を振ってくれた。
「いい子たちだろ。」
 元団員たちがずいぶん離れてもなお、小さくなったその背中から視線を外さないまま、プルメリがつぶやいた。
「あたいはさ、自分たちがやらかしたこと、しっかりけじめつけなきゃいけないと思ってる。申し訳なさもある。だけど、それでも、スカル団がなかったほうが良かったとは、一度だって感じたことはないよ。グズマは確かにどうしようもない男だったけど、グズマのおかげで、一時的にでも救われたやつは多かった。スカル団は、あるべきだったんだ。」
 その言葉にもハウも、素直には同意できなかった。なぜなら島巡りの中で、スカル団に傷つけられた人やポケモンたちの怒りや悲しみを、たくさん見てきたからだ。けれど他ならぬその島巡りという因習の存在が、どこかでゆがみを生み、スカル団がその受け皿になっていたことも分かり始めていた。だから同意できないからと言って、プルメリの言葉を簡単に否定することもまた、できなかった。
 とハウとプルメリは、しばらくそうして黙ったまま、新しい未来を選んだ若者たちの向かった先を、見つめ続けていた。



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