ハプウの家はポニの原野を抜けた先にあった。
大きな街のないこの島は、植物にもポケモンにもたっぷりと野性味が残っていて、他の島とは違う独特の雰囲気があった。長い年月を生きてきたのだろう木々の合間を抜け、見慣れぬ人間にじっと物陰から視線だけを這わせるポケモンの存在を感じながら、とハウは丈の長い草むらをかき分けて歩いた。ロトム図鑑が画面にマップを表示して、二人を先導してくれている。 「と一緒にポニ島に来るのは初めてだねー。おれ、ポニは結構好きなんだー。」 と、ハウはふいと道をそれ、きのみのなる木に近づいた。そしてライチュウを出してあっという間にきのみを取ると、一つをライチュウに、もう一つをに投げて寄越した。 「きのみもいっぱい採れるしー、」 ピンク色でとげとげの実が、ぽすんとの胸の上に落ちたのを見届けて、ハウはにーっと笑う。「ヤタピの実! この辺りでだけ採れる、めずらしいきのみロト」とロトムがすかさず解説してくれた。 さらにハウは、向こうの草むらにもきのみを投げる。人間を警戒してか、遠巻きにきのみのなる木を眺めていたグランブルが、不意のことに驚きつつも、飛んできたプレゼントをしっかりと拾いあげた。感謝とも困惑ともつかぬ顔でこちらを眺めているグランブルに、ハウはちょっと手を振ってやった。 「元気いっぱいのポケモンにもたくさん会えるからねー。」 グランブルの足元で、小さなブルーの頭が二つ三つ動いていた。 ライチュウはハウから受け取ったきのみをぺろりとたいらげると、得意の空中サーフィンで、すいーっと先を行った。空中飛行なら自分も負けないと言わんばかりに、ロトムがすいーっとライチュウを追い越すと、負けじとライチュウはさらに先を飛ぶ。それをさらにロトムが追い越して、いつの間にか二体は競走を始めてしまった。そんなポケモンたちを、とハウは待ってよーと笑いながら追いかけた。 そうやってポケモンたちと戯れながら道を進んでいたから、濃緑の木々の合間に大きなバンバドロの姿を見つけた時、屈強な野生ポケモンが現れたかと思った。実際ライチュウはとっさにモンスターボールの中に戻ったし、ロトム図鑑はの鞄にもぐりこんだ。とハウも一瞬緊張して互いを見やった。だが心配しなくても大丈夫だと知れたのは、そのバンバドロの背中に、長い黒髪をゆったりと二束に結った少女が乗っていたからである。 ポニ島のしまクイーンハプウと、その相棒バンバドロだった。 「ハプウー!」 名前を呼んで手を振ると、ハプウもこちらに気がついて手を振った。バンバドロがいなないた。 「おお、、ハウ、よく来たのう。相変わらず元気そうで何よりじゃ。」 「ハプウもねー! 今はお仕事中?」 「うむ。この一枚を耕したら、仕舞じゃからの。すぐに茶でも淹れてもてなしたいところだが、すまない。しばし待たれよ。」 「ああ、そんな気を遣ってもらわなくて大丈夫。実は今日来たのは……」 とハウはリーリエへ送る写真と寄せ書きの件を、ハプウに説明した。ハプウはリーリエの名前を聞くと、ほうっと顔をほころばせた。トレーナーではないなりにポケモンのことを想い、進む道を自らの手で選び取ったリーリエのことは、ハプウも友達として気にかけていたのだろう。たちの考えを理解すると、心からの協力の態度を示してくれた。 「それでねー、おれ思ったんだけどー、今のハプウとバンバドロの姿、すっげーいい写真が撮れそうな気がするんだ。撮ってもいいかなー?」 ロトムが出番を期待して、の鞄から顔を出す。 「ふむ。まったく身づくろいしておらぬどころか、畑仕事で泥まみれじゃが構わぬのか?」 「それがいいかなーって。ハプウがバンバドロと一緒に一生懸命頑張ってること、リーリエによく伝わると思うんだー。」 あ、もちろんハプウが嫌だったらやめとくけどー、とハウはハプウの気分を害したかと、少し申し訳なさそうに付け加えた。が、ハプウは不快な様子を見せるどころか、からからと明朗に笑った。 「そなたと同じことを言いよったのう、マツリカ。」 ハプウの振り返った方に目をやると、畑の隅にブロンドヘアの女性がいた。スケッチブックを抱え、小さな折り畳み椅子に腰かけているその人は、ポニ島のキャプテン、マツリカだ。バンバドロの大きな体の死角になって、彼女がいることに気がつかなかった。 「やー、アローラ、アローラ。」 のんびりした声と共に、マツリカはとハウに笑顔を向けた。アローラ、と二人も挨拶を返す。 「マツリカもわしとバンバドロを写生したいと先程やってきたところでのう。こんな泥んこの人とポケモンで良いのかと問うたら、ハウと同じことを返しよったわ。」 「この、ありのままの姿がナイスモチーフなのですよ。ねえ?」 ふわりと蝶の舞うような口調で同意を求めたマツリカに、ハウは「そうー」とにっこりうなずいた。 ハプウはもう一度、快活に笑った。 「実を言うと、わしもそれが望むところじゃ。格好つけるのは不得手でのう。なんでもないような日常の積み重ねで彩られる風景が、わしは好きじゃ。そなたらの申し出、とても嬉しく思うぞ。よろしく頼む。」 写生しているマツリカも写真に入ってもらおう、と言ったのはだった。マツリカもリーリエに送る手紙の件については大賛成だったので、その提案はすんなりと受け入れてもらえた。 というわけでとハウとロトムは、写真を撮るためのベストポジションを探し始めた。マツリカもスケッチブックを持ち直し、写生を再開する。 「ではわれらも『ありのまま』頑張るとするか、バンバドロ。」 ハプウはバンバドロの首に何か装備を取りつけると、ひょいと畑に飛び降り、後方に置いてあった大きな鍬のような農具に手をかけた。頑丈な歯がいくつもついているその農具はバンバドロの装備と縄でつながっていて、バンバドロが歩くと地面が耕される仕組みだった。 「うむ、こちらは大丈夫じゃ、バンバドロ。ゆこうぞ!」 ムヒイウゥンと、バンバドロはひときわ大きな鳴き声を上げた。 ゆっくりと歩を進めるバンバドロの怪力を、ハプウが農具を通じて上手くコントロールする。彼らが通った畑の土は、すっかりふかふかに変化していた。 パシャッ、パシャッ、とロトム図鑑のシャッター音が大きく瞬間的に響いた。それとは対照的にサッサッサッと細長く続くのは、マツリカが鉛筆を走らせる音。 「なんだか……ちとやりにくいのう。」 二つの音に挟まれて、ハプウが苦笑した。バンバドロがぶるると息を吐いた。 それを見たマツリカが、ふと筆を止める。 「そういえばこの間いただいたお野菜、」 紙に線を描く代わりに、空気に音を紡いだ。 「とても美味しかったですよー。おー、デリシャス、デリシャス。」 「そうか、それは何よりじゃ。あれは会心の出来でのう。肥料の配合を変えてみたんじゃよ。」 自慢の収穫物について話すハプウの顔は、輝いて見える。どんな調理をしたか、味はどうだったか、両親はなんと言っていたかなどをマツリカが続けて伝えると、ハプウはさらに嬉しそうな様子を見せた。自分の作った物で誰かが喜んでくれた。その事実はしまクイーンの肩書きも、厳しい自然と戦う農家という職業も超えて、ハプウのハプウらしい少女の微笑みをほにゃりと引き出した。 シャッターチャンス。とハウとロトムの心は、言葉にせずとも重なった。 マツリカも満足そうに、再び筆を走らせ始めた。 仕上がったスケッチと撮れた写真を、、ハウ、マツリカ、ハプウの四人はテーブルを囲んで交互に眺めていた。 畑を耕し終えたハプウはバンバドロを洗い、農具を片付けた後、自宅にたちを招いて茶を淹れてくれた。めいめい一仕事終えた後の一服にほっこりと息をつきながらの、成果確認である。 「おー、ナイスショット! これ、バンバドロを中心に据えつつ、あたしたちの笑顔もとってもよく写っています。」 「こっちのスケッチもすごいよー。本当に鉛筆だけで描いたのー?」 も見て、とハウはスケッチブックをこちらに手渡してくれた。 白い画用紙の上、黒鉛の濃淡だけで表現されたハプウとバンバドロが、生き生きと畑を耕していた。たちが撮った写真とは捉えた方向が違うから、というだけでは埋められない差を、はっきりとその絵から感じた。 「マツリカさん、すごいです。こんなに上手に相手の魅力を引き出せるなんて。」 スケッチ中にマツリカがハプウの気持ちをほぐしていたことも思い出して、はそう言った。マツリカはふふっと微笑んだ。 「ありがとー。でもあたしはくんにも、十分にその能力があると思うよー。」 「マツリカさんがハプウの笑顔を引き出してくれたからです。そうでなくてもの写真は、ハウやロトムにたくさん助けてもらっているので……。」 「いーえ。この写真だけの話ではなくてですね。」 首を振るマツリカに、はちょっと首を傾げた。ハウとハプウも、どういう意味かと彼女に注目した。 「くんはアローラにやって来て、島巡りでたくさんのものを見聞きしたよね。アローラの景色、アローラのポケモン、アローラの人。それは、くんがそれを目にするからこそ存在するんです。くんが一つ一つの場面をたどり、自分の心に情景として映すからこそ、くんのアローラはくんのアローラとして今ここにあるんです。あたしにはそう見えます。だからくんにも十分、上手に相手の魅力を引き出す能力があると思うのですよね。」 マツリカの言ったことは、正直よく分からなかった。ただ、マツリカを褒めたつもりが、なんだかゼンリョクで褒め返されてしまったことは分かった。はなんと返事をすればいいか思いつかず、黙って頬を染めた。 「おれものこと、ほんとにすごいと思ってるよー。」 ハウもきっとマツリカの言葉を完璧には理解していなかっただろうけど、大事な部分を重ねるためにそう言った。うむ、とハプウも賛同の声を上げる。 「はバトルでポケモンの魅力を引き出すのにも長けておるからのう。大試練を課したわしが保証するぞ!」 褒められれば嬉しいが、あまり一度に受け取っても胸がいっぱいになってしまう。はいよいよ照れて口ごもってしまった。 「あ、あ、そうだ、ハウ。ハプウとマツリカさんにも、リーリエへの寄せ書き、書いてもらおうよ。」 「そうだ、寄せ書きー!」 なんとか思いついてそらした話題に、幸いハウは乗ってくれた。 ちなみに寄せ書きを書きながら、結局とハウの島巡りの話が始まって、またもやが褒められることになったのは、その数分後のことである。 次(11.グズマの写真)→ ←前(9.クチナシの写真 後編) 目次に戻る |