9.クチナシの写真

中編






「コーヒー飲むか?」
 ポー交番に着いた後、クチナシはとハウをソファに並んで座らせ、そう尋ねた。二人のために渋々場所を空けてくれたニャースたちが、ちょっと不機嫌そうにごろごろ鳴いている。
 ニャースたちを気にしつつも、飲みます、と答える二人。しばらくすると、黒い液体が耐熱の紙カップに注がれて出てきた。
「ありがとうございます。」
 砂糖とミルクをたっぷりと入れ、ハウは早速コーヒーを頂く。直後、あちっと小さくのけぞった。はちょっと微笑むと、ふぅとひと吹きして熱を冷ましてからカップに口を付けた。カフェのグランブルマウンテンほど気取らない、素朴なインスタントコーヒーの味は、優しく体に染みいった。
 ウラウラの花園で合流したクチナシは最初、島巡りでもないのにこんな場所にやって来た客人をいぶかしんだ。しかしリーリエに手紙を送るためアローラの各地を訪ねているという事情を説明するとあっさり納得して、「もうすぐ日も暮れるし、こんな所で立ち話もなんだから」ということで交番まで連れ立ってくれた。クチナシ自身は「パトロール中」だったらしい(その詳細な中身については、もハウも深入りしなかったが)。二人のことも、スカル団とポケモンバトルを始めた辺りから見ていたようだった。
「大変だったな。スカル団のやつらに絡まれてよ。」
 クチナシは自分のコーヒーを片手に、二人の向かいのソファに腰かけた。せっかく居場所を追われた先で落ち着いていたのに、再び避ける羽目になったニャースが二言三言抗議していたが、クチナシがぽんぽんと頭を撫でてやると大人しくなった。
「見てたなら止めてくれても良かったのにー。警官でしょー。」
「だってあんちゃんら強くて、止める間もなくバトル終わっちまったんだもん。」
「スカル団は、まだこの辺りに多いんですか。」
 が尋ねると、クチナシは真っ黒なコーヒーを一口すすって、まあな、と答えた。
「ポータウンにはうじゃうじゃ残ってる。ポータウンだけじゃない。アローラのどの島でも、リーダーを失ったしたっぱどもが、明日も分からずうろついてるみたいだな。」
 そうですか……とはつぶやいた。
 ウルトラスペースから戻ったスカル団ボスのグズマは、その後、団から姿を消したらしい。なんとなく風のうわさで聞いていたことだった。
「やつらを見かけても、関わらないほうがいいぜ。」
 クチナシの忠告に、「でも」とハウは口を開いた。開いて、それきりだった。何がどう「でも」なのか、ハウ自身整理がついていないのだろう。クチナシは小さくため息をついて、うなだれるハウを眺めた。
「あんちゃんらは、もう十分巻き込まれただろうが。」
 それはたぶん、島巡りで遭った一連の事件のことも指していた。
 ハウは答えられないままだった。
 にゃーお、とニャースのあくびが一つ、部屋に響いた。
 スカル団員たちと出会ってからずっとの鞄の中に引っこんでいたロトムが、そっと顔をのぞかせて様子をうかがっていた。
「あ、そうだクチナシさん。写真撮らせてください。」
 重くなった空気をはらうようにが言った。それでロトム図鑑は、ようやく自分が出ても大丈夫そうだと、ぴょこっと鞄から飛びだした。
「そうそう、写真ー。あと寄せ書きも!」
 ハウも顔を上げた。
 クチナシはああ、とうなずいた後、ちょっと頭をかいた。
「こんなおじさんの写真やらメッセージやらもらったって、別に嬉しくもなんともないと思うけどねえ。」
「嬉しいかどうかはリーリエが決めることだからー。」
 そう言ってハウはクチナシに寄せ書きの紙とペンを渡す。クチナシはまだ渋々といった様子だったが、ざっと他の人の文面を眺めた後、紙の上にペン先を走らせ始めた。
 その間にとハウは、写真の構図を考える。
「なー、この辺から撮ればいいんじゃない?」
 ハウがソファから立ち上がって、とロトム図鑑を手招いた。レンズを向けて構えると、ちょうどソファに座っているクチナシの全身が画面の中に収まる距離だった。
「うん、いい感じ。」
「ばっちりロト!」
 そこでクチナシが寄せ書きを書き終えたので、はクチナシにニャースを抱えてほしいとリクエストする。返してもらったペンと寄せ書きを受け取ったハウも、それナイスアイデア! と賛同した。子供二人に囲まれてしまっては、さすがのしまキングも成す術がない。はいはい、と苦笑しながら隣のニャースをひざの上に乗せた。
「クチナシさん、もう少し笑って。」
「笑ってー。」
「悪いね。人相が良くないのは生まれつきなんだよ。」
 なんて皮肉を飛ばされながらも、シャッター音は軽快に鳴った。
「うーん、結構いい感じに撮れたと思うんだけど、どう?」
 何枚か撮影してから、はハウに写真を見せて意見を求める。画面に表示されているクチナシの笑みは、やっぱりちょっとぎこちない気がしたが、クチナシらしいと言えばクチナシらしいかもしれない。抱えているニャースはとても可愛い。
「うん。いいと思うよー。」
 ハウの返事も及第点だったので、は撮影を切り上げることにした。
「ありがとうございました、クチナシさん。いい写真が撮れました。」
「はいよ。お疲れさん。」
「寄せ書きと写真お願いして、コーヒーまでおごってもらっちゃってー、これは何かお礼をしなくっちゃねー。」
「いいっていいって。コーヒーはついでだし、そんな気ぃ遣わなくても……いや、待てよ。」
 はた、とクチナシが手をあごに当てた。
「そんなら一つ頼まれてもらうかな。」



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