とハウはオハナタウンを訪れていた。この町にはカキの家がある。
ウエスタン情緒漂うのどかな町中を歩きながら、とハウは島巡りの時、次の試練とまだ見ぬ景色に踊っていた心を思い出していた。 「初めてオハナタウンに来た時、ポケモンバトルしたよねー。西部劇っぽい雰囲気に浸ってさー。」 あの頃はおれの手持ちも、まだピカチュウとオシャマリでー、と語るハウの口元は、楽しそうに緩んでいる。そう遠くない過去のことなのに、どこか懐かしい気がするのは、自分たちの心身も隣にいてくれるポケモンたちの姿形も、島巡りを経てずっと大きく成長した証かもしれない。 絶えない話題にお互いうなずきあったり、笑みをこぼしたりしていたら、カキの家に到着するのなんてすぐだった。 玄関チャイムを押すと、出迎えてくれたのはカキの母親だった。カキに会いたい旨を伝えると、快く二人を招き入れた。 「来てくれて嬉しいわ。カキなら部屋で踊りの練習中だと思うから。」 と二階へ案内する道すがら、キッチンにいるブーバーに何か声をかけていた。調理中だったようだ。ポケモンだけに任せて大丈夫かとハウが問うと、 「最近とろ火の加減を覚えたのよ、あの子。何でもこんがりさせるのが好きだったんだけど、ここのところは全部成功させて……」 言い終える前にブーバーの大きな声が聞こえた。次いで漂ってきたのは香ばしい、というよりはちょっと焦げっぽい臭い。 「まあ大変! あ、ゆっくりしていってちょうだいね。カキの部屋はそこよ!」 扉の一つを指差した後、カキの母親は慌ただしく階下に戻っていった。とハウは苦笑いしながら、彼女の背中を見送った。 それから、ハウがカキの部屋の扉をノックした。返事はない。 「あれ? いないのかなー?」 カキー、と呼びながらもう一度ノックする。やはり返事はない。とハウは顔を見合わせて肩をすくめた。それから、ハウがドアノブを回した。 「カキー、アローラー。」 カキは、いた。姿見の前で一心にトーチ棒を振っていた。細長い棒をものすごい速さで回転させて、右に左に移動させる。よく引き締まった体の上で、キャプテンマークを付けたネックレスが躍っていた。 部屋に二人が入ってきたのに気がついて、カキはトーチ棒の動きを止めた。 「ああ、とハウじゃないか。アローラ。急に入ってくるから驚いた。」 「ごめんねー。ノックしたんだけど、カキ夢中で聞こえなかったみたいで。」 言われてカキは、タオルで汗を拭いていた手をはたと止めると、「そうか、すまない」と申し訳なさそうな顔をした。はハウと一緒に、にこやかに首を振った。 「たちこそ急にお邪魔しちゃってごめんね。ダンスの練習、頑張ってるんだね。」 「ああ。……そうだ。もし良ければおれらの踊り、見てくれないか。だいぶいい動きになってきたと思うんだが、鏡だけだと自己満足に陥ってしまいそうで。」 遠慮がちに依頼するカキに、とハウはもちろん! と答えた。直後、 「おれ『ら』?」 ハウが尋ねる。うなずいたカキの手にはモンスターボールが一つ握られていた。 カキが出したのはアローラの姿のガラガラ。手に持っている長い骨はトーチ棒そっくりだ。トーチ骨といったところだろうか。実際ガラガラは、それをカキがやっていたのと同じように体の前でぐるんぐるん振り回し、威勢よく吠えた。 「よしよし、やる気十分だな。一度通しで踊ってみようか。」 そう言うとカキは、クローゼットを開けてCDプレイヤーを引っ張りだした。 「とハウにはこれを。」 同じ所から、カキはクッションを二つ取り出して二人に手渡す。明るい黄色の、ちょっとぺたんこ気味になったクッションだった。 「わー、これ炎の石?」 クッションに描かれた模様を見て、ハウが歓声を上げた。布地の上には赤とオレンジの糸で刺繍が施されている。なるほど、確かに炎をあしらっているようにも見えると、がクッションを眺めている間に、ハウはもうブースターをボールから出していた。 「見てーブースター。炎の石のクッションだよー。」 ブースターは喉をくるくる鳴らして甘えた声を出しながら、クッションを差しだすハウの周りを跳び回った。進化した時のことを思い出しているのだろうか。いや、ただ遊べるのが嬉しくて跳ねているようにも見える。 「いいだろう、それ。昔からのお気に入りなんだ。」 CDの準備をしながらカキが笑った。 ガラガラはその傍らで、音楽が始まるのを今か今かと待っていた。リズムを取るように体を揺らし、トーチ骨をこっこっと頭骨に当てている。と思ったら、鋭い動きでトーチ骨の先端が額を擦った。間髪を容れず反対側の先端も同じ動きをし、あっという間に骨の両端に火が灯った。炎の石クッションに描かれた色とは異なる、緑と青の混ざった光だった。ゆらゆらとした動きは確かに炎なのに、骨の上という燃えるはずのない場所で燃え、時に黄色っぽく時に紫っぽく色彩を変えるそれは、この世の物ではないような、見る者の魂を引き込むような、不思議な輝きを放っていた。 「綺麗な火だろう。」 がガラガラの火をじっと見ているのに気がついたカキが、話しかけた。はハッとしてカキに視線を移し、こくりとうなずいた。 「ガラガラの火はヴェラの女神から賜ったもの、という伝説がある。昔、あるカラカラが母を失った悲しみに嘆き、家族を持つ他のポケモンたちへの嫉妬に苦しんでいた時、ヴェラの女神がその心に寄り添い、慰みとして御身の炎を分け与えたのだそうだ。カラカラはガラガラに進化して、賜った炎を掲げて踊ることで女神への敬意を表すようになったらしい。そうしたガラガラたちの踊りを人間が真似たのが、アローラのファイヤーダンスの始まりだと言われている。」 あくまでも一説に過ぎないが、とガラガラの頭をなでた後、「だが」とカキは言葉をつなげた。 「伝説の中には真実があると、おれは考えている。古くから伝わる踊りの中に込められた人の心、ポケモンの心、それらの交わりから生まれる力……。それが自然や神と呼ばれるものとつながって、一つの表現として完成するファイヤーダンスは、アローラの誇れる文化の一つだと思うんだ。おれはその文化をもっといろんな人に知ってほしい。何よりおれが、ダンスを通じて人を、ポケモンを、世界をもっと知りたい! だからプロのダンサーを目指しているんだ。」 カキの心がヴェラ火山のように熱く燃えているのが見えるようで、もハウもにこにこと話を聞いていた。しかし、カキ自身はちょっと語りすぎたと思ったようだ。急にはっとして目をそらすと、照れくさそうに頭をかいた。いやあの、まだ全然未熟なんだが……なんてさっきよりずいぶん小さな声でもごもご言っている。助け船を出したのはガラガラで、「そんなことより早く踊ろう」と言いたげに、火のついたトーチ骨をぶんぶん振りながら、カキの服を引っ張った。助け船というよりは、単純にガラガラの希望かもしれない。 「おっと、そうだなガラガラ。それじゃあ踊りを始めようか。」 カキは姿見の横に置いてあった箱から新しいトーチ棒を取り出すと、とハウに尋ねた。 「せっかくだから火をつけようと思うんだが、どうだろう?」 「うわーやったー! 楽しみー! 万一の時はおれのアシレーヌがいるから、思いっきりやっちゃっていいよ、カキ。」 「はは、頼もしいな。そうならないよう頑張るよ。悪いがマットの外まで出てもらえるだろうか。」 はーい、と返事をしてとハウとブースターは言われた通りにした。カキに貸してもらった炎の石クッションを床に置いて、とハウはその上に、ブースターはハウの膝の上に腰を落ち着ける。 カキがCDプレイヤーのスイッチを押した。そしてトーチ棒の一端に火をつけると、ガラガラと共にマットの中央に並び立ち、深く息を吸った。 どん、と低く太鼓の音が鳴った。カキとガラガラの腕がゆっくりと上がり、下がり、弧を描く。太鼓のリズムが徐々に速くなり、それに応じてカキたちの動きも速くなる。火のついたトーチ棒を背中で持ち替え、股の下をくぐらせ、放り投げて一回転させ反対側の手でキャッチする。 太鼓の中に、金属を打ち鳴らす音が混ざり始めた。古代アローラの楽曲なのだろう、シンプルながらも力強いその調べに、さらに雄叫びのようなコーラスが加わった時、カキとガラガラの手の中でトーチ棒が激しく回転し始めた。 わあっ、とハウとブースターが息を飲む音が聞こえた。まるで炎に縁どられた盾を掲げているかのように見えるその動きに、も夢中で魅入った。だから最初は気がつかなかったのだ。の服のすそが、誰かに一生懸命引っ張られているのに。 「シャッターチャンス! シャッターチャンスロトー!」 ロトム図鑑だった。ファイヤーダンスにみとれて、危うくここに来た目的を忘れるところだった。は慌ててうなずいて図鑑のカメラを起動すると、画面の中にカキとガラガラを映した。ファインダー越しに見ても、迫力のある踊りだ。一心にトーチ棒を振り回すカキの瞳には、アローラの文化を継承する者としての誇りが、綿々と歴史を伝えゆくガラガラたちポケモンに対する敬愛が、そして何より、共に踊りを学び苦楽を分かち合う相棒への信頼が、輝いていた。 カキが隣にいるガラガラへちらりと眼差しを向けた。ガラガラは音楽に身をとっぷり浸し、共演者とトーチの回転が重なるのを全身で感じていた。カキが口角をふっと上げた。カキもガラガラも、心から楽しそうに見えた。 その表情を捉え、はシャッターを切った。 「すばらシ!」 ロトムがささやいた。いい写真が撮れた。画像を確認していると、ハウの視線に気がついたので、は微笑んでうなずいた。ハウは口の動きだけで「ありがとう」を伝えた。それからはクッションの上に座り直した。 音楽も踊りも、最高潮に達していた。カキの激しく躍動する筋肉が、汗に濡れてきらりと光った。勢いをつけて回るトーチ棒を、カキはガラガラに向けて放りだす。ほとんど同時にガラガラのトーチ骨も宙を舞う。二人はキャッチした互いのトーチで鮮やかに円を描くと、再び相手に向かって投げ、宙で交差させた。キャッチして、回し、また空へ。トーチが飛び交うスピードは曲に合わせてどんどん速くなり、カキとガラガラの間にはまるで火の玉がいくつも浮かんでいるようで、 どおーーーーん! 演奏の終わりを告げる大太鼓が華々しく空気を震わせた時、炎はそれぞれの手中に戻ったトーチの先端で、静かにゆらめいていた。 カキとガラガラが深くお辞儀をし、とハウは惜しみない拍手を素晴らしい踊り手たちに贈った。ブースターは拍手の代わりに、わうわう吠えていた。 「すごかったよー! カキー!」 「ありがとう。部屋の中だから、控えめな演技ばかりで申し訳なかったが……」 カキはトーチの火を消すとタオルで汗をぬぐった。それからガラガラの体も拭いてやる。ガラガラは気持ち良さそうに目を細めた。トーチ骨の炎はいつの間にか消えていた。 「最後まで見てくれてありがとう。写真まで撮ってくれて。」 カキは気づいていたようだ。「黙って撮ってごめんね」とが言うと、カキは首を振って「光栄だ」と答えた。そこでハウが、なぜ今日カキを訪ねたのか理由を説明した。 「なるほど、リーリエへの手紙を……。ますます嬉しいよ。アローラの様子を伝える一人に選んでもらえて。寄せ書きもぜひ書かせてもらいたい。撮れた写真も、良かったら見たいな。」 「もちろん!」 が答え、ロトムはすぐさまカキの元に飛んでいった。おれも見たいー! とハウはロトムについていく。さらにブースターもハウについていく。カキとガラガラとハウとブースターが寄り添って画面をのぞくのを、はちょっと笑いながら眺めた。ロトム図鑑の前はぎゅうぎゅうだ。 「おお……これはよく撮れてるな。」 カキが感嘆の声をもらし、他の者もそれに同意した。ガラガラなどは喜びのあまり、再びトーチ骨に火をつけて、写真の中の自分と同じようにくるくる回し始めたほどだ。ずっとご機嫌で踊り続けるガラガラを、本当にダンスが好きなんだなあと、みんなでにこやかに見守った。 それからハウが寄せ書きの紙と筆記用具を取り出した。カキはそれを受け取って、しばらくの間リーリエへの思いを巡らせながら筆をしたためた。 「今日は来てくれて本当にありがとう。二人にはずっと会いたいと思っていたんだ。」 書き終えた紙をハウに返しながら、カキは親しげにそう言ってくれた。 「なにせアローラのトップトレーナー二人だからな。」 「いやいやー、確かにはチャンピオンだけど、おれはまだまだー。」 謙遜するハウに、「そんなことはない」とカキは力強く首を振った。 「テレビや新聞で見たぞ。例のスカル団のエーテルパラダイス襲撃事件。あれが収まったのは、とハウの功績あってのことなんだろう?」 二人への敬意がこもったカキの眼差しにはなんの嫌味も皮肉もなかった。だからこそもハウも、カキを真っ直ぐ見ることができなかった。 エーテルパラダイスでの事件は、島巡りの途中で巻き込まれた大騒動だった。その真実は、ルザミーネがウルトラホールを無理やり開けるために実行した計画だったのだが、世間一般の表向きには「エーテルパラダイスに侵入したスカル団たちが暴動を起こした」ということになっているらしい。とハウがあの場にいたことも公にはされていないはずなのだが、やはりどこからかうわさはもれ伝わっているようだ。 「いずれきちんと労いたいと思っていたんだ。お手柄だったな。スカル団にも負けず、ポケモンと共に正義を貫いた素晴らしい島巡りトレーナーたちに、キャプテンとして試練を課せたこと、おれは誇りに思う。」 カキの言葉に、先に微笑んだのはハウだった。「ありがとう、カキー」と普段通りの愛嬌のある表情を見せている。 確かに、真実を知らせることだけが正しいとは限らない。事件の首謀者が他でもないエーテル財団の代表だったことを下手に伝えれば、混乱や誤解を招くだろうし、財団の立て直しに奔走しているグラジオや職員たちの努力を踏みにじることにもなりかねない。 それよりも今は、カキの労いを素直に受け取るのが最善だろう。たとえ本当のことを知らないにしても、カキの好意に偽りはないのだから。 「カキにそう言ってもらえて嬉しいよ。」 もハウと一緒に笑って、カキと固い握手を交わした。 次(6.カキの写真 後編)→ ←前(5.スイレンの写真) 目次に戻る |