4.ライチとマオの写真

後編






 料理を待つ間、ライチは寄せ書きを書いてくれた。ククイ博士が助手を取ったと聞いた時は驚いたとか、大試練を観戦するリーリエの眼差しにはあたしも感じるものがあったとか、いろいろ思い出しながらたっぷり文字をつづってくれたライチが筆を置いた頃、マオとアママイコが注文した料理を運んできた。
 まずはルガルガン用の特製定食が床に置かれる。あおんと発した声を最後に静かになったのは、ライチのルガルガンと同じだった。
 続いて人間用の定食の番。
「お待たせしました! Z定食スペシャルでございます!」
 ででんと自信たっぷりに各々の前へ置かれた定食は、見た目はそれほど不味くなかった。いやそれどころか、緑のサラダに茶色い蒸し肉、赤白黄色のピクルスなど、視覚で食べることを計算された配置に見える。
「わあーっ、美味しそう!」
 ふわりと漂う旨味の香りに、ハウが思わずそう言った。もごくりとつばを飲む。
「美味しいよー。さあどうぞ、スペシャル定食召し上がれ!」
「いただきまーす!」
「いただきます。」
 意気揚々とフォークを手に取り、とハウとライチは食事を開始した。
 まずは無難にグリーンサラダ。シンプルなオイルドレッシングがほどよくかかっていて、しゃきしゃきの食感が一口目として心地よい。二口目はどれにしようかと手元を見渡して、が気になったのは手前の椀に入っている薄紫色のピュレのような物だった。
「これは何?」
「それはポイ。カロって芋を蒸してペースト状にした食べ物だよ。アローラの伝統食なんだ。」
 マオが答えた。へえーとうなずきながら、スプーンでちょっとすくって食べてみると、とろっとした口当たりの中にほんのりと芋の甘みが広がった。
「それから、そっちの蒸し物は、カロの葉っぱに包んで調理したラウラウっていう食べ物。ラウラウも古くからアローラで親しまれてきた料理だよ。サラダやピクルスは、アーカラ島産の採れたて野菜をふんだんに使ってるの。」
 マオの説明の後、ポイとラウラウ一緒に食べるといいよとライチが教えてくれた。こうだよー、とハウが自分のラウラウをポイの椀の中にどさっと入れ、手本を示して見せた。もハウの真似をして食べてみる。すると、口の中でほろりとほぐれる蒸し肉の旨味をポイが優しく包んで、なるほど抜群の組み合わせだった。ねー、とハウはの反応を見た後、自分も大きな口を開けて頬張った。
「あたし、アローラの料理が大好きなんだ。」
 食事する一行の様子をにこにこと見ながらマオが言う。
「伝統食って、アローラの大地で生きてきた人やポケモンの知恵と文化がつまってるの。ドロバンコが耕した土地で育てるとより良い野菜が育つとか、ブーバーが吐く炎のこの温度が蒸し物にいい、とかね。そういうのをきちんと継承しながら、変えられるところはより良く変えていく。そうやってまた新しい知恵と文化を生みだしていく。それがすっごく楽しくって。」
 なにより、とマオは自慢の定食を口に運ぶみんなの顔を順番に眺めてから、言った。
「食べると元気になるでしょ。元気になれば幸せでしょ。だから今も昔も変わらず、ご飯を作るってことは幸せを作るってこと! 父ちゃんや兄ちゃんに比べたらあたしまだまだだけど、いつかきっと二人を超えて、たくさんの人とポケモンの幸せを作れる料理人になりたい。このアローラっていう土地で、ポケモンたちと一緒に。」
 アママイコがマオの言葉に応えて高く鳴いた。マオはありがとう、と言いながらアママイコの頭をなでてやった。
「素敵ね!」
 ライチが目を細めて言った。
「マオの料理、すごく美味しいよ。も幸せそう。」
 夢中で皿を空けているルガルガンの様子を少し眺めてから、もライチに同意した。うんうん、とハウの言葉も続く。
「おれも今、すっげー幸せー!」
 マオは嬉しそうに頬を染め、感謝を述べた。アママイコも楽しそうな声を出した。
 今は仕込みも一段落し、ピークタイム前でマオに少し余裕があるということで、たちが食事をしている間、マオにリーリエ宛の寄せ書きをお願いすることにした。マオは喜んで筆をとり、ついでにおしゃべりにも加わってくれた。
「次は誰の写真を撮るの?」
「そうだなー。せっかくコニコシティに来たから、スイレンの家に寄ってみようかな。」
「スイレンなら今はいないよ。せせらぎの丘に釣りに行くって。今朝すれ違ったわ。」
「えっ、ライチさんほんとー? うーん、じゃあスイレンを追いかけて、せせらぎの丘に行ってみよっかー。大物が釣れる瞬間、撮れるかもしれないしー。どのみちカキにも会いたいから、北へ行こうと思ってたもんね。どうかな、ー?」
「いいと思うよ。スイレンを探そう。」
「決まりー。ご飯食べたらせせらぎの丘ー!」
 それからたちはアローラの伝統と革新の調和したスペシャルな定食を心ゆくまで楽しみながら、アーカラ島の試練の様子はどうだったとか、島巡り中に食べたマラサダの味の違いのこととか、話に花を咲かせた。途中、ライチのルガルガンがのルガルガンの椀の中身を狙って小競り合いを始めそうになったので、慌てて止める場面もあったが、二頭のルガルガンがどの小鉢をより好むのか、マオには興味深い内容だったらしい。ポケットからメモ帳を取りだして、しきりに何かを書きつけていた。彼女の緑色の瞳がまるで宝石みたいにきらきらしていたのを見るに、きっと良いアイデアが浮かんだのだろう。
 マオの想いがこもったスペシャル定食が美味しいのはもちろんだけど、こうしてハウやたちと一緒に食卓を囲んでいることが、きっと何よりの隠し味なんだろうな。そんなことをぼんやり感じながら、は幸福を舌に溶かした。





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