ハウとケケンカニ

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 リリィタウン中央に設置された舞台から、ごうと火炎の柱が上がった。
 壇上、村の入口から遠い側の端に立つのはハウ。反対側で迎え撃つのはハラ。舞台の真ん中では、ハウのブースターがハラのオコリザルに対して炎の突進を決めたところだった。
 村民たちはにわかに始まった二人の試合にすっかり夢中で見入っていた。なにせメレメレ島の首長、しまキングハラとその孫の真剣勝負である。人だかりはさらなる人を呼び、舞台の周りは祭りの日のようなにぎわいを見せていた。高く火の粉を散らすブースターの突進を耐えきったオコリザルをたたえる拍手が沸けば、挑戦者ハウに対して発破をかける声も響く。
 しかしハウとハラはそれらの音に何の反応も示さなかった。二人はただ、互いと互いのポケモンを見据えていた。
「やりますな。しかしここまで。先の不発を怒りに変えよ、オコリザル! 地団駄!」
「後ろに飛んで距離を取って、ブースター!」
 オコリザルが大きく足を上げて構えた。ブースターはハウの指示通り飛びすさったが、直後、舞台を破壊せんばかりの強い衝撃に食らいつかれた。間近で技を受けることは防いだとはいえ、抜群の攻撃にブースターの足元は大きくぐらつく。
「ブースター!」
 それでもハウは諦めなかった。その闘志は叫びを通じてブースターの心に届き、激しい勢いで燃え上がって倒れかけた体を支えた。ちらりとハウを見たブースターの覚悟を、ハウはしっかりと受け止めてうなずく。
「フレアドライブ!」
 火炎をまとった突進がオコリザルの正面をとらえた。ブースターの血気そのものを具現化した爆炎が再び壇上を焦がし、熱い猛撃をまともに受けたオコリザルは倒れ伏して動かなくなった。同時にブースターもまた、諸刃の激突に気を失った。
 ハウとハラがモンスターボールをかざし、壇上からポケモンの姿が消えた。二体のすさまじい健闘に、大きな拍手と歓声が舞台を包んだが、向かい合うトレーナーたちは微動だにしなかった。
「お互い最後の一体ですな。」
「じーちゃんは最後にそのポケモンを残すって思ってたよ。だからおれもこのポケモンを最後まで残してたんだ。」
 ハラはわずかに眉を上げたが、すぐにモンスターボールを投げた。ハウもその動作にならった。ぽんとポケモン二体分の光があふれ、現れたのは全く同じ姿のポケモン――ケケンカニと、ケケンカニだった。
 少し意外そうな顔をしてハラは壇上を見つめた。ハラが最も育成を得意とするポケモンのうちの一種がケケンカニだ。見慣れた形の初めて会うポケモンに、ハラは思わずほほう、と息をこぼしていた。
「まさかケケンカニを育てていたとは。」
「うん! ついこの前ねー、仲間になったんだ。」
 そう。ハウがケケンカニを手持ちに加えたのは、ほんの数日前にさかのぼる話だった。


 氷の粒をはらんで激しく吹きすさぶ風。わずかな高山植物の存在しか許さず冷たく広がる地面。よほどの猛者しか踏み入ることのないこの土地、ラナキラマウンテンで、ハウはポケモンバトルの修行をしていた。ジャケットを着こみ、マフラーや手袋で肌の露出を覆っても、突き刺すような冷気が骨の髄まで侵入してくる。しかしここなら誰にも邪魔をされず集中できるし、空気が薄く厳しい環境はポケモンだけでなくトレーナーにも負荷をかけて鍛えてくれた。時々飛び出してくる野生ポケモンもレベルが高く、練習相手として申し分ない。
 今、ハウの傍らに立つアシレーヌが、歌声に応じて踊る無数の水泡を野生のニューラの上ではじけさせたところだった。敵わないと悟ったニューラはしっぽを巻いて逃げだし、ハウはアシレーヌの頭を軽くなでた。
「今のアリアすごく良かったよー。もう一回見せてもらってもいいー?」
 数メートル先にある手頃な岩を目標として指し示す。アシレーヌはうなずくと、歌うような鳴き声を高らかに響かせて水泡を呼んだ。ハウはその響きにじっと耳を傾け、いつ泡が現れ対象の前で破裂するのか観察した。
「よし。もう一度、うたかたのアリア!」
 響く声。現れる泡。いち、にの、さん! ハウが予想した通りのタイミングで泡が炸裂した。岩塊が飛び散り、はじけた水がすべて地面に染みた時には、あわれ標的となった岩は半分以上えぐれた姿を風雪の中にさらしていた。
「うーん、いい感じー! 強くなってるねー、アシレーヌ!」
 ハウが褒めると、アシレーヌも誇らしげに胸を張ってみせる。そんなアシレーヌをにこにことなでてやりながら、本当に強く育ってくれたと、ハウは感慨に浸った。
 島巡りを始めた頃は、まだほんの小さなアシマリだった。あれからいろんな道を走り回って、きのみを取ったり、試練を受けたり、様々なものに出会った。進化した時の感動も、仲間が増えた時の喜びも、みんな一緒に経験した。
 アシレーヌだけではない。ハウの手持ちポケモン一体一体が、ハウと共に島を巡った大切な相棒だった。広い海が夕日に染まって真っ赤に輝いているのを見た時も、新しい島に到着して初めての空気を胸いっぱいに吸いこんだ時も、ハウの側にはいつもポケモンがいた。
 バトルに勝った時も、負けた時も。アローラリーグ最初の挑戦者の座を賭けてに勝負を挑み、敵わなかった時も。メレメレ島の大試練――ハラとの試合結果に渦巻く思いを抱いて夜を過ごした時も。
 ハウはぐっと拳を握る。
(おれの島巡り、まだ終わってない。終われないんだ、このままじゃ。)
 一つ深呼吸をして、ハウはアシレーヌにもう一度「うたかたのアリア」を指示した。
 草むらが不自然に揺れ動いたのはその時だった。
 野生ポケモンか。ハウとアシレーヌは振り向いて身構えた。何がいるのか、いきなり攻撃してくるのか、見極めるための緊張の一瞬の後、現れたのは
「マケンカニ!?」
 この場所に生息しているはずのないポケモンの姿を見て、ハウは思わず大声を上げた。ひどく傷だらけで弱々しい歩みのマケンカニだった。マケンカニはハウに気がつくと、寒さのためか痛みのためか震えながらも右のはさみをかざし、独特の動きで振った。ぷるるん、ぷるるん。
 その動きには見覚えがあった。以前ウラウラ島――確かホクラニ岳の試練を受ける前だったから、十番道路だったろうか――で見たマケンカニと同じはさみの振り方だ。
「えーっ! きみ、あのマケンカニなの!?」
 マケンカニは、ぷるるんとはさみを振った。
 それでハウも、にわかには信じがたかったが、そのマケンカニがメレメレ島で出会い、アーカラ島とウラウラ島でも遭遇した、島巡りするマケンカニに間違いないことが分かったのだった。



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