宝珠の約束










 ついに夢色宝珠ゆめいろほうじゅを手に入れた。
 財宝トレジャーハンターだ。夢色宝珠は、が長い間探し続けていた宝だった。今まさにの手中にあるそれは、首飾りにはめ込まれ、光を受けて虹色に輝いていた。わずかな角度の変化で見える色がくるくる変わり、それが夢色と呼ばれる所以だった。なんて綺麗、とは満足げにため息をつく。
 最初は存在すら疑われていたその宝珠は、砂漠の果ての古代遺跡に隠されていた。太古の人々は宝を守るためそこに多くの罠を仕掛けていたが、そこは手練れの財宝ハンターである。入り口の落とし穴起動装置などはすぐに見破り、内部の様々な仕掛けも難なく突破していった。最後の鍵開けの謎解きだけは少し手こずったが、無事に夢色宝珠を手にした今となってはそれも感慨を深める一要因に過ぎなかった。
 は上機嫌で遺跡を去ろうとする。入り口の大階段まで戻って来たとき、は二つのことに気がついた。
 一つ目は、夢色宝珠が首飾りから取り外せるようになっていることだった。そして取り外された宝珠は、瞬時に色を失った。驚いてがもう一度宝珠を首飾りにはめ込むと、元通りの輝きを取り戻した。外すと、宝珠は無価値な石ころに変わった。どうやら宝珠が夢色なのは、首飾りの台座があってのことらしい。なかなか凝ったお宝じゃないと思いながら、はなんとなく財宝ハンターの勘がして、宝珠を外したまま鞄の内袋に、残った首飾りを上衣の内袋に、分けて収納した。
 もう一つが気がついたのは、誰かがこの遺跡にやって来たことだった。彼方の空から遺跡に向かって何かが近付いてくる。夕暮れの赤い空から迫り来る影の正体は小型飛行機か、いや、それは大きなカブトムシだった。カブトムシには、一人の少年が乗っていた。
「おっしゃあ! ここだ、カブト丸! ここが夢色宝珠が隠されてるっていう遺跡だぜ!」
 少年は叫び、階段を登らずして頂上の入り口まで飛んで来ると、カブトムシが着地するかしないかのうちに、ひらりと飛び降りた。
 年端もゆかぬ少年だった。栗色の髪と同じ色をした目はまだあどけなさを残していたが、その出で立ちと先程の言葉は、彼が立派な同業者であることを示していた。
 少年が遺跡の入り口に立つの存在に気がついた。二人はしばし無言のまま見つめ合った。の服装を見た少年の心には、一抹の不安がよぎったようだ。その予想を確信に変えてやるため、もちろん、多少の優越感にも浸りながら、はにやりと笑って言った。
「夢色宝珠なら、私が頂いたよ。」
「なんだって!?」
 悲痛な叫びに、ちょっと可哀想な言い方をしてしまったかなとが反省しようとした瞬間、少年は失望を怒りに変えその矛先をに向けた。
「やいテメー、適当なこと言ってんじゃねえぞ! お前みたいなやつが夢色宝珠を手に入れられるわけないだろ!」
「なっ……お前みたいなやつって、どういう意味よ!」
「そうでござるよ、ザックどの。そういう言い方はだめでござる。」
 カブトムシが諭したが、少年は聞く耳持たず、お前は黙ってろカブト丸と一蹴してのほうにずいと近付いた。
「そんなら証拠を見せてみろ。夢色宝珠をオレに見せてみろよ!」
「証拠、えっと……。」
 まさか光を失った宝珠だけを出して信じて貰えるはずもなかった。のわずかなためらいを少年は逃さず、勝ち誇って口端を上げる。
「どうした、さあ早く!」
 手の平を広げ見せ、彼はもう一歩に詰め寄った。そこでははっとする。少年が今足を置いた場所!
「ばか! そこには落とし穴の」
「えっ?」
 が言い終える前に、がこんと何かが動く大音がして、二人の足元の地面が消えた。響き渡ると少年の悲鳴。ザックどのー! とカブトムシが叫ぶ声が混ざり、の視界は真っ暗になった。

「あいたた……。」
 空気がひんやりしている。はるか上の方に灰色の四角が浮かんでいる。のが見えるということは、は今ひっくり返っている。あの灰色は、遺跡入り口の天井の色。四角はついさっきまで床だった部分。ずいぶん下まで落ちたようだ。よくもまあ命があるものだと自分の悪運に感じ入りながら、は痛む四肢を慎重に動かして体を起こした。と同時に、はあっと思い鞄の内袋に手を入れた。夢色宝珠を取り出して見ると、それは割れも欠けもなく無事だった。
「まずは手に入れた宝の心配たあ大した財宝ハンターだぜ。」
 背後から少年の声がして、は振り返りとっさに宝珠を鞄の中に突っ込んだ。取りゃしねえよと彼は暗がりの中で薄く笑う。
「その様子だと無事みてえだな。」
 うん、とがうなずいたのと、夢色宝珠は、と少年が付け加えたのとは同時だった。むっとするをははっと笑い、まああんたも無事で良かったじゃんと彼は言った。
「カブト丸がオレたちをかばってくれたんだ。感謝するんだな。」
 言われて周囲を見回すと、すぐ側にあのカブトムシがいた。はこんなに近くでこんなに大きな虫の顔を見るのは初めてだったので少しぎょっとしたが、カブト丸と呼ばれた彼の目はとても心配そうにをのぞき込んでいた。
「けがはござらんか?」
「ありがとう、えっと、カブト丸。私は何ともない。カブト丸は大丈夫? 私たちをかばってくれたって……。」
「うむ! せっしゃは全身堅い鎧に覆われているから平気でござるよ。おぬしもザックどのも無事で良かった。」
 にっこり笑ったのでも微笑んだ。
「改めて、せっしゃはカブト丸と申す。おぬしの名前をお伺いしてもよろしいか?」
「私は財宝ハンターの。よろしくね。」
 その後に続いて口を開くはずの人物を、とカブト丸が眺める一呼吸。
「……オレはザックだ。」
「ザックどのは甲虫使いムシマスター。せっしゃの相棒でござる。」
「甲虫使いはついで! 本業は財宝ハンターだからそこんとこ間違わねえようによろしく。」
 カブト丸は苦笑した。甲虫使いという存在はも知っている。札に封じられた巨大な甲虫の力を操り戦う人々をそう呼ぶのだ。
 今、目の前にいる少年、財宝ハンター兼甲虫使いのザックは、せっかくたどり着いた遺跡の宝が先取りされており、その上こんな罠にまではまってしまったことに対してぶつぶつ文句を言いながら、ふてくされてぺたんと座りこんでしまっていた。
「ちょっとザック。早いところここから脱出しようよ。カブト丸に乗って上まで飛んで行けないかな?」
「それは難しいでござるな、どの。せっしゃもどのとザックどのを助けるのに必死で、ほとんど一緒に落ちたようなものでござる。この縦穴の幅では、羽を広げられない。」
「あらら、そっか……。」
 面目ない、とうつむくカブト丸をは全然カブト丸のせいじゃないよとなぐさめた。
 なんとかして登れないものかと、は落とし穴の壁を調べる。カブト丸に足場になってもらって届く範囲、見える範囲まで観察したが、どうやらこの落とし穴は落とし穴という建造物。壁はしっかりと塗り固められており、よじ登ることができそうな取っ掛かりはほとんどなかった。上がだめならば横は、と思い今いる空間をぐるりと明かりで照らしてみれば、そこは一つの部屋ぐらいの広さはあるもののどこかにつながっている気配はなく、三人はまるで一輪挿しの花瓶の底に捕らわれたような形になっていた。
 どうしよう、ととカブト丸が思案している横で、ザックはやおら背のうを開き、携帯用の灯火を取り出して火を点けた。そのあまりにものんきな態度にはザック! と声を荒げる。
「何のんびりしてるの! 一緒に脱出方法探そうよ。」
「……、とか言ったっけ。」
 ザックは多少の優越感に浸った表情を浮かべ、にやりと笑って言った。
「脱出方法はもう分かってるんだよ。」
「えっ。」
「本当か、ザックどの。」
「風。」
 風、とザックの言葉を繰り返しながら、は注意深く周囲の空気の流れを探った。わずかではあるが、一方向に空気が動いている……風が、吹いている。
「風があるってことは隙間があるってことだ。今日はもう日が暮れちまったけど、朝になれば日が射し込んでどこが隙間か分かるだろう。そこをカブト丸に突き破ってもらって脱出する。ま、大方あの大階段の途中にでも出てくるんじゃねえか。落とし穴を掘ったやつの脱出用か、この罠にはまったやつの死体回収のためかに、開けたことがあるんだろうよ。」
 冷静かつ合理的な判断だ。は何も言い返せなかった。罠を起動させたことや、幼い外見から、正直ザックのことは財宝ハンターとして甘く見ていたのだが、評価撤回、はザックに一目置いた。
 ザックの言った通り、日はすでに落ちていた。閉じ込められた三人と外界を唯一つなぐ四角い窓からは、古い遺跡のくすんだ灰色が見えるばかりだった。間もなくあの窓も、闇に沈むだろう。は視線を降ろし、自らも携帯灯火を取り出して火を入れた。暗く冷たい穴の底に、二台分の灯火が並ぶ。何もないよりは断然ましだった。は腰かけ、隣の少年を見た。ザックはいつの間にか毛布にくるまって横になっていた。各地を冒険する財宝ハンターとはいえ、やっぱりまだまだ子どもである。もう寝息を立て始めていた。カブト丸の方を見ると、寝かせてやってほしいでござる、と目で合図を送ってきた。そうしてカブト丸も足をくずし、目をつぶった。
 私ももう寝てしまおうか、と思った時ふとザックの帽子にの目がとまる。そこには一枚の札が挟まっていた。カブト丸の力を封じた札だ、というのはすぐに察しがついた。同じ財宝ハンターなのだから、とザックの持ち物装備品はほとんど似たような物になる。そんな二人のたった一つの大きな違い、ザックが持っていてが持っていないもの、それがあの札だ。欲しいとかうらやましいという気持ちは全くなかった。単純にその時のは、好奇心の塊だった。はザックの帽子に手を伸ばし、札をつかんだ。
 意外にもその札にはほとんど何も書かれていなかった。だが、端の方に金色の文字でカブト丸と彫ってあるのが読めたから、やはりこれがカブト丸の力を封じている札であることは間違いないのだろう。それから、よく分からない数字と文様。もしかしたら透かしで何か見えるだろうかとは札を持つ手を伸ばし、
「返せよ。」
 の手首が強く掴まれた。ザックだった。灯火が映り込んだその瞳にはらんらんと怒りが燃え、を真っ直ぐに見据えていた。はこくんと唾を飲み込み、ごめんと言葉を落として札をザックに返す。ザックはの手を離し、乱暴に札を受け取ると、元通り帽子に挟み込んだ。
 まさかこんなに怒られると思っていなかったは、息が詰まりそうな不安と後悔を感じながらそうっとザックの様子を観察する。彼は不機嫌そうに黙ったまま、と目を合わせようとしなかった。カブト丸は二人の出来事に気がついていて、困ったようにとザックを交互に眺めていた。とても変な雰囲気にしてしまった。あちゃあ、と思いながらは、なんとかザックの誤解を解きたかった。
「えっと……それが、カブト丸のカード? 甲虫使いが使うっていう?」
 ようやくザックがを見る。不信感にはあふれていたが。
「盗ろうと思ったのか?」
「違う! ちょっと見ようと思っただけ! 甲虫カードなんて本物見るの初めてだったから。」
 必死に弁明する。ザックがその言葉の真偽を確かめるためじっとを見つめている。と、カブト丸がザックどの、と口を開いた。
どのは嘘をついておらぬとせっしゃは思う。そんなお人ではござらぬよ。本当にただ珍しかっただけなのでござろう。どのは甲虫使いではないのだから。それにもし盗もうと思っていたのなら、こんな逃げ場のない場所で盗ったりしないでござるよ。」
 は感激のあまり泣きそうになりながらカブト丸の名をつぶやいた。ザックはふーむと首を傾げた。
「……本当に、カブト丸のカードを盗ろうとしたわけじゃないんだな?」
「絶対本当! 世界中の財宝に誓ってもいい!」
 その表現はザックにとって悪くなかったらしい。何だよそれ、と言いながらようやく彼は表情を緩めた。もほっとして、照れ笑いした。でも、とすぐにはザックに向き直る。
「勝手にカードを触ったのは悪かった。ごめんなさい。」
 頭を下げられて、ザックも少し戸惑ったようだ。うん、とどもりながら、
「まあ、オレもいきなりあんなに怒って悪かったよ……。」
 そう言ったので、は微笑んだ。するとザックは、どうしたのか慌ててから目をそらした。
 仲直りをしたらお腹が空いてきた。の腹がくーと鳴る。直後隣からも似たような音が響いた。カブト丸も力のない声で、せっしゃも腹が減ったでござるよザックどの、と訴えた。あーとザックはうめいて、再び毛布にくるまって横になってしまった。
「よし分かった。じゃあ寝るぞ、おやすみ!」
「ちょっとザック。なんでそうなるの。食料は?」
 ザックは毛布から少し顔を出してを見、水しか持ってねえと答える。
「眠っちまえば空腹も治まるだろ。明日の飯のことは明日考える。」
「呆れた。それでも財宝ハンター?」
 そう言っては自分の鞄の中を探った。普通は非常食ぐらい常備しておくものだ。は小麦粉と木の実を混ぜて硬く焼き上げた保存菓子の袋を数個取り出した。そしてそのうちの一つを、世界一の財宝ハンターはすぐにお宝を手に入れてぜいたくできるんだから携帯食料なんか必要ないんでい、とかなんとかむにゃむにゃ言っているザックの頭に向かって放り投げてやった。
「いてっ。何すんだ。」
「いらなかったらいいよ。でも足りなかったらこっちにまだあるよ。」
 毛布の塊は少しの間じっとしていた。その後、頭の方がごそごそ動いて、またじっと止まり、むくりとザックが起き上った。
「しょうがねえな……余ってるって言うんだったら、もらってやるよ。」
 その手には空の袋が握られていたものだから、は怒りも呆れも通り越してぷっと吹き出し、おかわりを差し出してやった。袋を開けながら、何笑ってんだよ、とザックは真面目に聞いてきた。
 気の毒なのはカブト丸で、焼菓子をかじる二人をうらやましそうに眺めていた。
「いや、いや、どの心配ご無用。せっしゃなら大丈夫。武士は食わねどタカヨウジ、でござるからな!」
 カブト丸の様子に気がついたにかえってそういうことを言うものだから、はいたたまれなくなって、何かないものかと鞄をひっくり返した。すると奥底から、はちみつの瓶が出てきた。はちみつも非常食として良いと何かで聞いて、鞄に入れておいた当時の自分をは最高にほめてやりたかった。
「カブト丸! はちみつだったら食べられる!?」
「はちみつ……でござるか?」
 は水筒のふたを逆さにして、はちみつと水を入れてかき混ぜた。できたはちみつ水をカブト丸に渡すと、彼はおそるおそる口をつけたが、途端、きらきらと目を輝かせた。
「こっ、これは……甘いでござる! 美味いでござる!」
「そっか、良かった。まだあるからね、カブト丸。」
 はちみつ水を一気に飲み干してしまったところでがそう言ったので、カブト丸は瞳をうるませてどの……と言葉をこぼし、こらえきれなくなってに飛びついた。
どのー!」
「うわっ!?」
「わああん、どのぉ、せっしゃペコペコだったでござるよう!」
「ちょっ、カブト丸っ……重い! ふさふさくすぐったい!」
 が苦しい笑い声を上げているのに気がついて、カブト丸ははっと我に返りから離れた。
「これは失敬したどの……お許し願いたくそうろう。」
「ごほ……うん、うん。気にしてないよカブト丸。お腹すいてたんだね。」
 反省で顔を真っ赤にしているカブト丸に、は二杯目のはちみつ水を作ってやった。申し訳なさそうにそれを受け取ったカブト丸だったが、はちみつ水を口にすると、やっぱり幸せそうに微笑んだ。
「けっ、食い物に釣られて簡単になつきやがって、情けねえなカブト丸。」
 と、それまで傍観していたザックが言い放つ。焼菓子を口にして少しは心穏やかになってくれたかと思っていたのだが、なんだかまたにわかに不機嫌に戻っていた。だが、さすがのカブト丸もむっとしたのだろう。ザックどの、と少し語気を強めた。
「いくらザックどのの言うことでも、それは聞き捨てならんでござるよ。どのは別にせっしゃを釣ろうとしているわけではないし、大体ザックどのだってどのに食べ物を恵んでもらっているではないか。」
「オ、オレは別になついてねえし。それにまだこいつのこと完全に信用した訳じゃないぜ。隙を見つけて何か盗もうと思ってるのかもしれないからな。」
「ザックどの! どのに謝るでござる!」
 カブト丸の大声が穴の底に響きわたった。くらりと灯火の炎が揺れる。次いで、沈黙。まあまあ二人とも、とはやっとの思いで開口した。
「信用してくれても、くれなくても、どっちだっていいよ。私たち今日会ったばっかりなんだし。ただ、とりあえずここを脱出するまでは協力しよう。ね?」
どの……。」
 ザックは面白くなさそうな顔でを見、ため息を吐いた。が直後彼は形相を変え、突然に迫り来た!
「ひゃっ!?」
 ザックが襲いかかったのは、ではなくの足に這い上がろうとしていた毒虫だった。ザックの手によってはじき飛ばされた小さな黒い影が、地面の割れ目に消えていくのが確認できた。
「これで飯の分はチャラな。」
 ザックはそう言い、照れているような怒っているような、なんとも言えない態度で横になってしまう。
「ごっそーさん。おやすみ!」
 はまだ少しどきどきしながらカブト丸の方を見た。カブト丸もを見た。そして二人は、同時に苦笑をこぼした。
どの。ザックどのを悪く思わないでやってほしい。どののことを本気であんな風には思っていないでござるよ。ただ少し……」
 そこでカブト丸は声を落とし、だけに聞こえるように耳打ちする。
「素直じゃないのでござる。」
「うん。なんとなく、分かるよ。」
 は笑った。ザックが抗議か寝言か、毛布の下でうーとうなった。
 それからとカブト丸は少し食事を続けた。がザックとカブト丸の馴れ初めを尋ねると、カブト丸はザックに命を助けられたこと、それからの冒険や、二人がそれぞれに追い求めている夢について、語り聞かせてくれた。その生き生きとした瞳や口ぶりからは、カブト丸とザックの絆がよく伝わってきて、はちょっぴりうらやましかった。
 やがてカブト丸もうとうとし始めたので、はそろそろ寝ようかと促す。カブト丸はうむ、と名残を惜しみながらうなずき、
「では、おやすみなさい、どの。」
 と目を閉じた。
「おやすみカブト丸。」
 そしても毛布にくるまった。隣のザックはもうすっかり深い眠りに落ちている。その寝顔は幼く無邪気で、可愛いなとは素直に思った。これがひとたび目を覚ませば、相棒のカブトムシとたった二人で古代遺跡に挑む、やんちゃでちょっとひねくれた財宝ハンターなのだと思うとなんだか笑えてくる。そんな彼らとこうして出会ったのだから、この稼業はまことに数奇で面白い、などとザックを眺めながら考えているうちに、いつしかも眠っていた。

 翌朝、目を覚ますと、ザックとカブト丸はすでに脱出の準備を始めていた。
「お、起きたか。」
 壁を調べていたザックが、もぞもぞと動き始めたに気がついて、おはようさんと言った。はまだ少しぼうっとした頭で二人を眺め、おはようと挨拶を返す。
 ザックが調べている壁に、小さな光の点が見えた。昨日のザックの算段通りである。ザックとカブト丸はうなずき合った。
どの、今から壁を壊すから、下がっているでござる。」
 カブト丸がそう言い、壁に角を向けた。は急いで荷物をまとめると、ザックと一緒に反対側の壁際に避難した。
「そんじゃいくぜ、カブト丸!」
「おう!」
 ザックが右手を掲げた。その指先には、一枚の札が挟まれていた。次の瞬間、札から放たれた力がカブト丸と結び付き、一連の強大な動きになるのをは感じた。カブト丸が大きく踏み込み、次いで轟音が鳴り響いた。は思わず目を閉じたが、そうっと目を開けると壁は崩れ、まぶしい外の景色が見えていた。
「よくやったカブト丸! さあ行こうぜ、脱出だ!」
「うん!」
 穴を出た先は、ザックの予想通り、古代遺跡に続く大階段のど真ん中だった。ザックは朝日を浴びて大きく伸びをし、深呼吸した。
「はあー、やっぱり人間おてんと様の下が一番だな。落とし穴はもうごめんだぜ。」
「ふふっ。せっしゃは結構楽しかったでござるよ。なあどの!」
 壁を突き破った勢いでそのまま羽を広げ飛び出していたカブト丸が空中で笑った。へっとザックはを肩越しに眺める。
「……じゃあな、。お前とはここでお別れだ。」
 そしてザックはひらりと跳んでカブト丸にまたがった。
「縁がありゃまた同じ宝のもとで会うこともあるかもしれねえけどな。でも、オレ様は世界一の財宝ハンターになる男だ。次は絶対にお前なんかに先越されねえから、覚えとけ!」
 どこから湧いてくるのか分からない自信たっぷりに、ザックは笑った。
どのに頂いたはちみつのご恩は、せっしゃ決して忘れないでござる。お達者で!」
 も二人に別れの言葉を告げ、大きく手を振って空の彼方へと去って行く二人を見送った。まったくおかしな二人組だった。だが、彼らと出会えたことをは悪く思わなかった。
「夢色宝珠も頂いたし、今回のお宝探しは大収穫……っと!」
 はにんまりして、宝珠を取り出すため鞄の中をまさぐった。と、ここで彼女は異変に気づく。夢色宝珠が、ない。
「うそっ!? そんなはずは……!」
 慌てて鞄を引っかき回して探す。しかしが見つけたのは夢色宝珠ではなく、見慣れぬ一枚の紙きれだった。



「あんの野郎ザック許さん!!」
 が叫んでも、空にはただ一日の始まりを告げる美しい青が広がるばかりだった。
 ひとしきり地団駄を踏んだ後、ははっとして上衣の内袋に手を入れた。受け入れるべき石を失った台座だけの首飾り、夢色宝珠の片割れがそこにあった。
 ザックは夢色宝珠が首飾りとして存在してこその宝だと知っていたのだろうか。知っていて台座を探しきれなかったのか、あるいは知らずに石だけを持ち去り今ごろ片割れがあることを推察しているか、それとも――。
「縁があればまた同じ宝のもとで……。」
 ふっとは微笑んだ。いずれにせよ、ザックは世界一の財宝ハンターを志す以上、再びを探し出さねばならないのだ。ザックを探し出さねばならないと同じように。
「ま、それまでせいぜい元気でいてくれるといいけどね。」
 つぶやいては、今はまだ無価値な首飾りを身に着けた。そして、交わしていない約束の未来に向かって、歩き始めた。


Fin.



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