雑踏の中










 赤、白、黄色、水色や紫の花が華やかに束ねられたブーケ。人の英知と創造をぎっしりと詰め込んだ本の山。香ばしい匂いが今にも漂ってきそうなコーヒーカップに、遊ぼうと元気いっぱいに誘う様々なスポーツ用のボール。
 勝堀商店街を飾るのは、そんな色とりどりの模型看板たちだった。各店の商売品を大きく目立たせるように作られたそれらは、そこにあるだけで商店街のにぎわいに貢献している。けれどもその日、商店街に人の往来が絶えないのは、それだけが理由ではなかった。
「さあさあ、ガラガラ抽選の会場はこちらだよー!」
 響く威勢の良い声と、カランカラン鳴る鐘の音。今日は豪華な賞品の用意された、福引の催しが開かれていた。
「一等賞は二人一組ハワイ旅行ですよ!」
 抽選会場に掲げられた賞品一覧表を見て、ミツオが声を上げた。すごいんだケド! と目を輝かせるフクタに、じいちゃんと姉ちゃんどっち誘えばいいんだーと、まだガラガラ抽選器を回してもいないのに悩んでいるカイト。ナガレは二等以下の賞品を確認して、結構いい物ばっかり揃えてるね、と感心していた。
 セキトは一番後ろでポケットに手を突っ込んで、興味なさそうに会場を眺めていた。普段は主婦たちのおしゃべり場になっている空きスペースに、今日はテントが張られ机や椅子が置かれ、非日常の空間を作り出している。ざわついた人だかり列の先頭で、八角形の箱がガラガラ回ってぽとりと小さな白玉を吐き出した。がっかりして箱のハンドルから手を離すおばさんと、笑いながらポケットティッシュを渡す抽選係のおじさん。
「オレたちも並ぼうぜ!」
 カイトの声にうなずいて、一同は列の最後尾に移動した。それぞれの手には、抽選券が一枚ずつ握られている。
 少し前に学校の授業で取り組んだ調べ学習で、ミツオは商店街の本屋をテーマに選んだ。本の入荷から販売の流れ、売上をアップさせる陳列の工夫など、調べたり聞き取ったりした内容がとてもよくまとまっていて、たまたま区で開催されていた調べ学習コンクールに応募したら優秀賞を取ってしまった。
 それで今日は皆で本屋の店主に報告とお礼に行ったのだが、受賞の話はすでに伝わっていて、かえって礼を言われたのはミツオのほうだった。なんやかんやと誉められたりお祝いの名目で本やらお菓子やらをもらったりしたその中に、抽選券が入っていた。
「今日まで商店街でガラガラやってるからさ。皆で行っておいでよ。」
「わあー五枚も! いいんですか?」
「ああ。俺は行く時間なさそうだし。君たち五人だからちょうど良かった。」
「ありがとうございます!」
 セキトは本当は、本屋を出た後ミツオが差し出した抽選券を、一度は断ったのだ。
「興味ない。お前がもらったんだ。お前が二回抽選すればいいだろう。」
「えっ、でも……」
「いいじゃんか、セキトー。」
 横入ってきたのはカイトだった。
「せっかくだし、皆でガラガラしようぜ。結構楽しいぞ!」
 そう言われて抽選券を握らされて、セキトは仕方なく、こうしてカイトたちと列に並んでいた。
 やがて自分たちの番が来て、最初に抽選器に手を出したのはカイトだった。
「当てるぜえ、一等賞!」
「頑張れよ、ボウズ!」
 頑張って回したところで当選の確率は変わらないんじゃないだろうかとセキトは思う。カイトはそんなことはお構いなしで、よーしっと元気に気合いを入れると、勢いよくガラガラ抽選器のハンドルを回した。あんまり速く回すものだから、それだと玉出てこないよと、ナガレと係員に同時に声をかけられている。そっか、とカイトが手をゆるめた直後に、抽選器からぽとんと転がり落ちた玉の色は白だった。
「あーっ、はずれかあ。」
「何言ってんだ。ニッコリ白玉一等賞なんだぞ? はい景品。」
 そう言ってカイトが渡されたポケットティッシュは、やっぱりどう見ても最下位のほうの一等賞だったが、カイトは係員の言葉には妙に納得したようで、そうだなニッコリゼロ円だ、などと満足そうにうなずいている。
 続いてナガレが抽選器を回した。ぽとり、と吐き出されたのは白玉。
「へへへ、ナガレもニッコリゼロ円だ。」
 自分のティッシュをひらひら振ってカイトが笑う。ナガレは係員からティッシュを受け取ると、そうだねとカイトに微笑み返した。
 続いてミツオが回した結果も、白い色の一等賞。そろそろ当たるんじゃないか、と皆の期待の眼差しを背負って、フクタが抽選器のハンドルを握る。その時、フクタの肩の上からプラチナがチュウチュウと何かを訴えた。
「そうですよ! フクタくんにはプラチナのお告げがついてます!」
 ハッとするミツオ。おお、とさらに期待の熱を高めるカイトとナガレ。フクタは語るように鳴き続けるプラチナにしばらくふんふんと相槌を打っていたが、やがて「分かったんだケド」とがっしりハンドルを握り直した。
「絶対に当てるんだケドー!」
 そう叫びながらフクタは、先のカイトよりも勢いをつけて抽選器を回す。ガラガラと八角形の中で激しく玉のぶつかりあう音が響き、カイトが頑張れフクタ! と拳を振り上げ、さすがのセキトもその気迫におされて、当選確率に応援の有無は関係ないことを忘れそうになった時、プラチナが一際大きく鳴き声をあげた。
「ビビッときちゃったんだケドー!」
 フクタが抽選器を回す手を緩めた。からんっと飛び出したのは黄色い玉。ああっと声をあげ息を飲む一行。係員が玉色を確認し、真鍮の鐘をカランカランと鳴らした。
「おめでとう!」
「やったあー!」
「はい、三等の高級おにぎりセットだよ!」
「……えっ。高級おにぎりセット?」
 景品一覧を振り仰ぐと、確かに上から三つ目、黄色く塗りつぶされた円の横に「三等 高級おにぎりセット」の文字が並んでいた。
「なんだあ、プラチナは旅行よりもおにぎりかあ。」
 へにゃりと苦笑するカイト。フクタもはあ、と笑いつつ、係員から立派な木でできた箱を受け取っていた。その表面に添えられた紙には「焼きはらす」とか「天然真昆布」とか書かれていて、確かに高級そうだね、とナガレがのぞきこんでいた。プラチナは嬉しそうにチュウチュウ鳴いている。
「最後はセキトくんですね。」
 ミツオに促されて、セキトは抽選器の前に立った。頑張れセキトー! とカイトがにっこり笑顔を向ける。だから抽選に応援の有無は、以下略。
 セキトはガラガラ抽選会に参加するのは初めてだった。抽選器のハンドルを握るのも、ゆっくりと動かしたそれを思ったより軽く感じたことも、セキトの手の動きに合わせて見えない玉がガラガラざあざあ合唱するのも、仲間たちにそんな自分をわくわくと見守られるのも、全部初めてだった。
 何色の玉が出てくるんだろうな、とセキトは思った。
 確率とか計算とか関係なく、色付きのが出てきたらこいつら喜ぶんだろうなと、ただ感じた。
 それがカイトの言う「楽しいぞ」の根拠だとセキトが認識するよりも早く、抽選器の口からころんと玉が転がり出た。セキトが知覚したその反射光の色は
「あー、白かあ。」
 カイトが大きな口を開けてため息をついた。セキトはちょっとだけ申し訳ないような気になって、係員からティッシュを受け取りながらカイトの表情をちらりと見やると、彼はあっけらかんとゼロ円の笑みを浮かべていた。
「なあなあ、ポケットティッシュの上手い開け方知ってるか?」
 フクタに話しかけている。なんですかそれ、とミツオが横から尋ねるので、カイトは開けた拍子に中のティッシュを破いてしまわないやり方を講釈した。こうするんだ、貸してみろとミツオの景品を預り、
「あー! 破れたじゃないですか!」
 失敗してしまったのでミツオに怒られている。くすくす笑うナガレに、次は成功させるから、とティッシュを貸してもらおうとして、自分の使いなよと断られた。
 ポケットティッシュ一個でわあわあできるなんて、幸せなやつらだなあとセキトは思う。だが、はたから見ればセキトもまた、そうしてはしゃいでいる小学生男児の一員に他ならないのだった。
 セキトは少しだけ口元を緩めてティッシュを上着のポケットに入れると、顔を上げ、直後、心臓に凍った針の突き刺さる心地を覚えた。

 カイトたちがいない。
 カイトたちがどこにもいない。

 勝堀商店街に響くのは、人の声、足音、誰かが福引を当てたのを祝う鐘の音色。笑顔の人々の群れの中に、だが、セキトの見知った姿だけがない。
 カイト、と呼ぼうとして、セキトはできなかった。出した声がどこにも届かず、無に飲み込まれてしまうような気がしたから。にぎやかで人と物にあふれた空間に、セキトだけがぽつんと存在していて、
「セキト!」
 突然後ろからカイトに肩をつかまれた。
「セキト何やってんだよ。行こーぜ!」
「あ、ああ。分かってる……。」
 カイトの側にナガレもフクタもミツオもいた。彼らはめいめいに微笑んだり不思議そうな顔をしたりしてセキトを待っている。何のことはない、ただ人混みの中に皆の姿を一瞬見失っただけだ。それだけのことなのに。
(何だったんだ、今のは……)
 氷の針はもう溶けていた。しかしあるはずのない心臓に空いた穴は、芯から全身を凍えさせるようで、それに身震いするのを知られたくなくてセキトは、いつものように皆の一番後ろでポケットに手を突っ込んだ。その手にくしゃりと何かが触れる。ティッシュだった。皆そろって引き当てた、ニッコリ白玉一等賞。
 セキトはそのやわらかな異物を、誰にも見えない場所できゅっと握りしめた。


Fin.





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